都市伝説//幻想と現実の境目
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──都市伝説//幻想と現実の境目
私たちはカンタレラさんの家からリーパーのペントハウスに戻った。
「さて、カンタレラさんから貰った都市伝説のデータを見てみましょう」
「都市伝説、か……。怪談話とはどう違うんだ?」
「いや……。そこは私も知らないですね…………。どう違うんでしょう?」
私にも都市伝説と怖い話である怪談話の違いはよく分からなかった。
「まあいい。そういうカテゴリーに特に興味があるわけじゃない。早いところ、どういう話なのか見てみるぞ」
「ええ。まずはこれから。『マーケットのジョンソン氏』だそうです」
私はカンタレラさんから受け取った都市伝説のファイルのうち、一番上にあったものを開いてリーパーと共有する。
「どういう話だ?」
「何でも為替や株式、先物の市場にジョンソンと名乗る男がマトリクスから連絡してきてやりとりをするらしいのですが、その直後にその市場に大変動が起きて、貧乏人から大金持ちが生まれ、お金持ちが破産して没落するという話です」
「なんだそれは」
「カンタレラさんによればジョンソンの正体はかつてパラテックによって開発されたAIであり、そのAIがユーザーであった死んだ大金持ちの資産を自動的に運用し、市場を操作しているって噂だそうです」
「死んでまで金稼ぎとはな。あの世に行くのには三文あれば足りるってのに」
「まあ、都市伝説ですから。別に事実ではないですよ」
逆にリーパーはお金に執着はなさそうです。
彼がお金持ちとしての地位を楽しんでいるのは見たことがないのです。このペントハウスの家賃や日頃の出費はしていますが、豪遊したり、貧乏人を見下したりしているところはあまりないですね。
「さて、次は『ブレイン・スナッチ』だそうです」
「中身は?」
「今の政治家やメガコーポの重役の中には、パラテックによって脳に親の人格と記憶を植え込まれ、事実上彼らの親が生き続けるための依り代にされているという話ですね」
「ふうむ。グロテスクは話ではあるが、そこまでやるならばクローンでも準備した方が確実じゃないのか?」
「クローン技術には制約がありますから。自分が成り代わる目的に完全な人間をひとり作るってのはクローン条約に違反するはずです」
「そうなのか?」
「カンタレラさんはそう注釈を付けています」
私もクローン条約なるものは初めて知りました。
あるんですね、そういう倫理を気にした条約。この倫理がまるでない2055年にも。
「しかし、仮にそれが成功しているとしても、元の人間とは同一とは言えないだろう。マトリクスゴーストと同じ理屈だ。本人のコピーはあくまでコピーであってオリジナルの存続ではない」
「そこら辺を含めてパラテックが関係しているのではないでしょうか?」
「ふむ。異常技術と言うだけはあるか……」
本当に奇妙な技術として噂されているのがパラテックなのですね。
「マトリクスゴーストですら作成できるのはまっさらなデータベース上にですしね。元からの人格や記憶がある人間の脳に他人のそれを移植するのは、相当高度な技術だって言えるでしょうね」
「まさにな。他には?」
「ええっと。『チャイナシンドローム』だそうです」
私はカンタレラさんの都市伝説ファイルの次を開く。
「チャイナシンドローム? 昔聞いたことがあるぞ。炉心融解に関するジョークじゃなかったか?」
「どうやら違う話のようです。これでは中国がパラテックで開発したオールドドラッグが存在し、それを過剰摂取した人間の疑似体験が電子ドラッグとして出回っているとか」
「よくある話だ。別に変わった話とも思えん」
「ええ。しかし、そのオールドドラッグは使用者の人格を改変して、中国に対する愛国心を持つようになるとか。その電子ドラッグバージョンでも同効果があって、中国共産党が世界を支配するために流通させている、らしいです」
「はあ。大層な偏執病だな。脳みそが溶けてなくなるって話にした方がドラッグジャンキーが減っていいと思うぞ」
「私が考えた話じゃありませんし。この話には別バージョンがあって、中国からアメリカやロシア、あるいはメガコーポに製作者が変わっているそうです。カンタレラさんはMKウルトラ計画が継続したのを想像した話じゃないかって指摘してます」
「MKウルトラ計画?」
「アメリカ中央情報局の洗脳計画ですよ。冷戦時代の」
「大昔だな」
この2055年から冷戦時代は確かに大昔と表現すべき時が流れています。
「次は、と。『マトリクスの亡霊』だそうです」
「どういう中身だ?」
「マトリクスには肉体が死んだあともマトリクスで生きているハッカーが存在していて、そういうハッカーの幽霊が漂っているそうです」
「へえ。マトリクスゴーストが自然に生まれたってことか?」
「そうみたいですね。ただマトリクスゴーストとは違って普通の幽霊みたいに祟ったり、呪ったりしてくるそうです……。中には知らないうちにマトリクスで知り合って、気づいたら相手が死人だったと分かり、そうしたら…………」
「そうしたら?」
「『お前もこっちにこい!』って」
私がリーパーを驚かすようにそう言ったのですが……。
「…………なあ、それは怖いのか?」
「怖いですよ! 滅茶苦茶怖いです!」
「よく分からんな。死んだ人間のデータだろう? 何ができるっていうんだ?」
「だから幽霊みたいに祟るんですよ」
「祟られたことがないから、どう恐ろしいのかが分からん。お前はあるのか?」
「な、ないですけど…………」
実際にマトリクスで祟られたらどうなるんでしょう?
そこら辺はカンタレラさんのファイルにはありません。
「そもそもそれはパラテックとどう関係しているんだ?」
「何でもパラテック製のブラックアイスを踏むとそうなるとか」
ブラックアイス────。
マトリクスの氷の中でも能動的な防衛を行うもので、侵入者の脳やデバイスを焼き切ると言われている。
一部の国ではブラックアイスは違法だが、ほとんどのメガコーポがサーバーを置く国では認められている。
「それが事実なら情報保全企業は残らず倒産だな」
リーパーはまるで信じていない様子でした。
私はかなり怖いですよ、マトリクスの亡霊。
「次は『クモ人間』と『人食いゴミ箱』だそうです」
「……そういうコミックがなかったか?」
「ありますけど、それとは関係ないです。これは半生体兵器の話ですね」
半生体兵器というのは生物と機械の便利なところを両得したようなもので、バイオマス転換による長期の活動や自己修復、または自己増殖すらも可能にする兵器です。
これ自体は普通に確立された技術であり、パラテックではありません。
「これによれば人間の遺伝子を利用した半生体兵器はあって、それは人間の手足がクモのように生えたものだとか。それがクモ人間だそうです」
「とにかくグロテスクさを前に出したいというのが透けて見えて、リアリティがおろそかになっているように思える。人間の手足をした半生体兵器に何の価値があるんだ?」
「カンタレラさんによればこれは悪魔崇拝に利用されるらしいです。悪魔の依り代になるのだとか」
「また悪魔か。カンタレラは悪魔崇拝者より悪魔に夢中なように思える」
「私のために調べてくださっているんですから、そういうことは言わないでください」
「はいはい」
リーパーは生返事をしていた。
「で、人食いゴミ箱の方は?」
「ああ。これは新型のバイオマス転換炉を搭載した半生体機械のゴミ箱をある街で運用したところ、最初は猫が消え、次に路上生活者が消え、それから街の人間が消え始め、不審に思った住民がゴミ箱を調べたら、そこから人骨が……!」
「スティーブン・キングの小説にありそうだな」
「え。スティーブン・キング、知ってるんですか?」
「昔、読んだことがある。古い紙媒体の本でな。ただでくれたから何度も読んでた」
「意外ですね……。そういうのはまるで興味がないのだとばかり…………」
「実際、興味があったわけじゃない。それしか暇つぶしがなかっただけだ」
リーパーはプライベート・ライアンの冒頭しか見ず、娯楽作品にはまるで興味がなさそうに見えたのですが、スティーブン・キングを映画でなく小説で知っていた。
しかし、この2055年代に紙媒体の本とは。
リーパーの子供時代がどんなものだったのでしょうか?
「で、次は?」
「最後は『TMCの地獄門』だそうです」
私は最後のファイルを開いた。
「これは文字通り、TMCの地下には地獄に繋がる門があるって話ですね。TMCの地下にはいろいろなものがあると噂されていますよね」
「そうだな。現実に地下闘技場はあったし、お前がいた怪しい研究所だってあった。探せば白いワニだっているだろう」
「そうかもです」
TMCの地下には第三次世界大戦前に建設が始まったジオフロント計画の名残が存在する。この都市の地下には人々に忘れられた未来の地下都市計画が存在するのだ。
「しかし、地下に存在する地獄門か。一番身近そうな都市伝説だな。場所や行き方は書いてあるのか?」
「ええ。TMCセクター13/6にある運び屋のトンネルから入り、指定されているルートを辿れば到着すると書いてあります」
「確かめた人間は?」
「都市伝説は確かめられたら、伝説じゃなくなっちゃいますよ」
私はリーパーの追及にそう答える。
そこでリーパーは目を細めて意地悪げに笑った。
「なら俺たちで確かめに行こうぜ」
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