愛国者たち//マトリクス
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──愛国者たち//マトリクス
私たちはカンタレラさんにメッセージを送ってから彼女の家に向かった。
「いらっしゃい、リーパー、ツムギちゃん!」
「お邪魔します」
私たちはカンタレラさんに出迎えられて、彼女の家に上がる。
「それでミネルヴァについて新しいことが分かったんだって?」
「ええ。このファイルを見てください」
私はカンタレラさんにジェーン・ドウから貰ったパトリオット・オペレーションズについてのファイルを送信。
「アメリカの民間軍事会社? これがどうかしたの?」
「その民間軍事会社とミネルヴァが繋がっているかもしれないです」
「へえ」
カンタレラさんはそう言って私が送信したパトリオット・オペレーションズのファイルを読み込む。
「これはよくある政治的右派の民間軍事会社に見えるけど、こいつらがパラテックを扱っているミネルヴァにかかわってるという話がどこから?」
「以前の仕事で連中と交戦した。連中の狙いはメティスの工作担当官で、そいつはミネルヴァについて調べていた。そういう状況証拠から出された話だ」
カンタレラさんの質問に私に代わってリーパーがそう答える。
「なるほどね。それは興味あり、かな。少し調べてみよう」
「お願いします」
カンタレラさんはサイバーデッキのケーブルと繋ぐとマトリクスにダイブ。
「右派の民間軍事会社ってそんなに珍しくないんですかね?」
そこで私はさも当然のようにカンタレラさんがパトリオット・オペレーションズのことを受け入れていたことに、私は少し疑問を覚えていた。
「さっきも言ったが軍人が右傾化するのは別に珍しいことでもない。戦場に必要なのは規律と節制であり、リベラルが大好きな自由や公平な扱いとは程遠いからな」
リーパーはそう肩をすくめて答える。
『そうだね。別に珍しいことでもないよ。場所によっては極右の政治グループがそのまま軍の正規部隊になったりするから。第二次ロシア内戦時のロシアとか、第六次中東戦争中の中東諸国でもあったことだよ』
「そうなんですか?」
『そうそう。そこから生じた過激な右派の民間軍事会社も多々ある。軍隊ってのはよくも悪くもファシズムめいたところがあるじゃん?』
「そうなんですかね」
カンタレラさんがそこから会話に参加するのに私は首をひねる。
私のよく知っている身近な軍隊というのはかつての自衛隊と今の大井統合安全保障ぐらいのもので、あまり詳しくないのだ。
「トート系列の民間軍事会社であるZ&Eもその手の類だ。政治的右派の連中が国にリクルートされて軍隊で経験を積み、そのノウハウを生かして民間軍事会社をやっている。ま、民間軍事会社に必要なのは正規軍の経験だ。それさえあれば右派だろうと左派だろうとどうでもいいんだがな」
『右派でも左派でも本当なら国にとって軍隊は道具であり、その道具が思想を持つってのは望ましくないんだろうけどね。ここ最近では国のために喜んで死んでくれるのは、右派の連中ぐらいだからそうなっちゃうのかも』
「そういうこったな。俺はそういう政治には興味がない。今日日その手のことを唱えたところで何かが変わるわけじゃないしな。しかし、手ごたえがあるならファシストだろうとコミーだろうと大歓迎だ」
まあ、リーパーらしい意見ではあります。
彼が政治に興味があると言う方がびっくりですからね。
『さて、パトリオット・オペレーションズは民間軍事会社の中ではどうやらろくでなしの部類に入るみたいだ』
ここでカンタレラさんが調査結果を教えてくれる。
『契約相手が連邦捜査局にマークされているようなアメリカの反連邦主義者だったり人種差別主義者だったり』
やはりパトリオット・オペレーションズは政治的右派であることに間違いはないらしい。契約している相手から判断できる。
『他にも武器密売や麻薬の密輸入なんかにも従業員が関与していたって報道がある。金になる仕事なら犯罪だろうといとわないって感じかな』
「へえ。愛国者というわりには俗物だな」
カンタレラさんの報告にリーパーが嘲るようにそう言う。
『愛国心ってのは人によって違うから。で、他にもいろいろと犯罪歴は数あれど、今まで倒産したり、ブランドイメージ改善のために名前を変えたりせずに済んだのは、どこかのメガコーポが背後にいたからだろうね』
「それがミネルヴァかもしれないとか?」
『分からない。ミネルヴァがどれぐらい大きな組織なのかもまだ分かっていないから。けど、パラテックを噂される通りにかなりの規模で扱っているなら、メガコーポクラスの経済規模でもおかしくはないね』
私の質問にカンタレラさんはそう答えていた。
「それだけの規模だというならば、ジェーン・ドウやメティス情報部が把握できていないのも妙な話になってくるが」
『ミネルヴァが単独で行動しているならそうだけど、もしこいつらもどこかのメガコーポに雇われているとしたら? それも六大多国籍企業クラスのメガコーポによって』
「それなら大井やメティスから逃れられる可能性はあるか……」
六大多国籍企業がミネルヴァの雇い主ならば、これまでのことは別におかしくはないのです。
大井の所属であるジェーン・ドウやメティス情報部の人間であるユージン・ストーンが彼らを探していたにもかかわらず、これまで見つかっていなかったことの理由になるのですから。
『それからどういうわけかエリュシオンを襲撃した武装勢力については、公式発表は今も特定できていないってことになっている』
「パトリオット・オペレーションズの関与が判明すると困るというわけでしょうか?」
『そうかも。あのときホテルにはツムギちゃんたちもいたわけだし』
「まあ、それはそうですね」
エリュシオンでのテロの一件が公になると困るのは大井も同じか。
「メティスにとってもテロリストにいいように警備を突破されたわけだからな。公開しない理由にはなるだろう」
『真実よりもブランドイメージが大事。六大多国籍企業らしい』
リーパーのいうことも理由になるでしょう。
自分たちが主催したパーティがテロリストによっていとも簡単に襲撃されたというのは、メティスにとっても系列企業であるベータ・セキュリティにとってもブランドイメージに傷がついてしまう話ですから。
『分かるのはこれぐらいかな。ツムギちゃんの情報、こっちでも信頼できる人間に明かしていい? そうすれば調査はしやすくなるんだけど』
「うーん。どうでしょう、リーパー?」
私は判断に悩んでリーパーに尋ねる。
「ジェーン・ドウが絶対に公開するなって情報を簡単に渡すとは思えん。別にいいだろう。やつも織り込み済みのはずだ」
「分かりました。カンタレラさん、そういうことでお願いします」
私はそうカンタレラさんにお願いする。
『分かった。情報が集まる場所で引き続き調査を続けるよ。それから──』
カンタレラさんが続ける。
『私が集めたパラテック関係の都市伝説に興味ある、ツムギちゃん?』
「都市伝説ですか……。怖いやつですか?」
『割と』
怖い話は苦手なのですが、パラテックについては知っておきたい。
どうしたものかと頭を悩ませる。
「リーパー。一緒に見てもらえます?」
「都市伝説をか? 俺は興味はないぞ」
「一応情報の共有ということで」
「分かった。それなら一応見てやる」
「どうも」
怖い話を見るときは人数を増やすに限ります。
『では、送信しておくね』
「はい。ありがとうございました。また何か分かったら連絡ください」
私はカンタレラさんに改めてお礼を言って、彼女の部屋を出た。
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