愛国者たち//ジェーン・ドウ
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──愛国者たち//ジェーン・ドウ
ジェーン・ドウから仕事ではないとして呼び出しを受けたのは、私たちが夜のTMCでラーメンを食べた4日後のことだった。
「何の用事でしょうね?」
「さあ? 分からん。ジェーン・ドウと仕事以外でも話はするが」
「そうなんですか?」
「ああ。いろいろとお説教を受けたり、みっともない格好をするなって服やら靴やらを買い与えられたりな」
「何というか……ヒモみたいですね…………」
リーパーの傭兵以外への適性のなさをジェーン・ドウが補っているかと思うと、まさしくヒモではないでしょうか。
「ま、行けば何の用事かは分かるだろう。行くぞ」
「はいはい」
私たちはこうして車でセクター4/2に向かう。
ジェーン・ドウはやはりいつもの喫茶店の個室で私たちを待っていた。
「リーパー、ツムギさん。事前に連絡した通り、今回は仕事の話ではありません。以前あなた方がかかわった事件に関してのお知らせです」
ジェーン・ドウはそう切り出し、ARデバイスを介して私たちといくつかのファイルを共有する。
そこには────。
「パトリオット・オペレーションズ? 民間軍事会社ですか?」
「ええ。独立系民間軍事会社です。本社はアメリカのリッチモンド」
共有されたのはパトリオット・オペレーションズという名の民間軍事会社のデータだ。
「この民間軍事会社の最高経営責任者はアレックス・ウルフ元アメリカ陸軍中将。この人物を含めてパトリオット・オペレーションズは政治的に面倒なスタンスを取っています」
「政治的に面倒? 極右か極左かって話か?」
「そういう話です。この写真を見れば一目瞭然です」
そう言ってジェーン・ドウは数枚の写真を私とリーパーに見せる。
「これは……。南軍旗を掲げていますね……?」
その写真には迷彩服姿の老齢の男性が、数名の軍人らしき装備の男たちと一緒に映っており、その背後には南軍旗が翻っていた。
南軍旗────。
アメリカ連合国の旗だ。南北戦争で南北に分裂したアメリカの南部陣営がそれであり、最終的に敗れて歴史に葬り去られた国家である。
南北戦争に敗れたあともこの南軍旗は南部を象徴するものとして扱われていたが、歴史の流れで人種差別の象徴と見做され、今では使っている人はあまりいないはずだ。
「これで何が分かるんだ?」
リーパーの方は首を傾げている。
「いろいろと分かるのですよ。この写真はウルフ元中将のパトリオット・オペレーションズがアメリカ南部の民兵を訓練した際のものです。その民兵は反連邦主義かつ白人至上主義といううんざりするような組み合わせです」
「うへえ。つまりそういう人の支持者というわけですか」
「部分的にそうなります。もっとも彼らは本当に政治的理念があってそういうものを支持しているわけではなく、現状へのひたすらな不満をガス抜きするために、この手の思想にすがっているとも言えるのですが」
そう言ってジェーン・ドウはさらに別の情報を見せる。
「パトリオット・オペレーションズはアメリカが最後に大規模にかかわった第三次湾岸戦争以後の軍縮で軍を追い出された西側の将兵を積極的に雇用しています」
「その手のことは他の民間軍事会社も同様だろう?」
「もっと正確に表現しましょう。パトリオット・オペレーションズは軍を蹴りだされた挙句、生活に困窮している元軍人の雇用に熱心です。アメリカを含めた西側諸国は退役軍人に対して酷く冷淡になっていますからね」
リーパーの指摘にジェーン・ドウはそう返す。
「西側は多くの軍の任務を外注し、そのせいで正規の将兵への手当は激減しました。特に傷病除隊した兵士たちなどは、まともな治療も受けられず、ホームレスをして暮らしています」
「ウルフ元中将はそんな人たちを雇っているんですか?」
「そうです。彼らを治療し、戦線に復帰させ、高額の給与を与えて彼らが生活できるようにしているのです」
「なんだかいい人のように思えるのですが…………」
生活に苦しむ人たちを雇用して、生活ができるようにしている経営者と言うと、今の時代では優しすぎるとでもいうような人に思えます。
「自分たちを殺しかけた人間と知ってもそう思えるならば大したものですが、ね」
「殺しかけた……?」
「エリュシオン・プラザ・トーキョーで攻撃を仕掛けてきた武装勢力。その正体がパトリオット・オペレーションズだと判明しました」
「ああ! あのときの!」
そう、メティスの工作担当官であるユージン・ストーンを拉致するための仕事の際に、エリュシオンを襲撃した謎の武装勢力がいました。
彼らがジェーン・ドウがこれまで説明していたパトリオット・オペレーションズという民間軍事会社だったのですか……。
「エリュシオンやメティス相手にテロをやればモントルー条約締結国会議で厄介なことになるぞ。だろう?」
モントルー条約は民間軍事会社に正規軍と同等の地位を与えるものです。
ですが、それは条約内で認められた民間軍事会社に限られており、締結国会議で承認されたり、権利が剥奪されたりする。
もちろんエリュシオンのようなメガコーポ相手にテロをすれば正規軍と同等の権利というものは剥奪されるだろう。
「問題ないのですよ。彼らは最初からモントルー条約で認められた民間軍事会社ではありませんので」
「ほう。グレーの連中ってわけか……」
「そうです。正規軍と同等の権利がないにもかかわらず、権利があるように行動している民間軍事会社。一歩間違えばそれこそ国際テロ組織として認定されるような薄汚い連中ですよ」
リーパーが楽しそうに言うのにジェーン・ドウはうんざりした口調。
「しかし、民間軍事会社なら雇用した人間がいるはずですよね?」
「そうです。その人間を今現在探しています。誰がエリュシオンを相手にあんなテロをやらかそうと思ったのか。それを踏まえてあなた方にもう一度話を聞きたいのです」
ジェーン・ドウはそう言って私たちの方を見つめる。
「彼らの狙いは間違いなくユージン・ストーンだったのですね?」
「そうだ。ツムギが相手の狙いを読んでいたから間違いない」
「なるほど。そして、ユージン・ストーンはその場でミネルヴァに関しての報告を急かされていたことも間違いありませんね?」
「間違いない」
ジェーン・ドウはひとつずつ確認を取っていく。
「なるほど。私が個人的に入手した情報を含めて状況証拠はパトリオット・オペレーションズを雇用していたのはミネルヴァであると示しています」
確かにユージン・ストーンはミネルヴァについて調査していた。
そのユージン・ストーンを襲撃したパトリオット・オペレーションズがミネルヴァに雇われていたというのはおかしな話ではない。
「パトリオット・オペレーションズとミネルヴァの繋がりについて、私の方で調査を進めますが、あなた方も何か情報を手にしたら報告してください。期待していますよ」
話は以上だと言うようにジェーン・ドウが手を振り、私たちは席を立った。
「極右の民間軍事会社とパラテックを扱っている秘密組織が結託しているかもしれない、と。何だが怪しい話になって来ましたね」
「ああ。そうだな。だが、兵隊が右派思考になるのは珍しくない。愛国心がなければ戦場で命を懸けるってのは簡単じゃないからな」
兵隊は田舎のコンビニバイトとは違うとリーパー。
「それもそうです。理想と呼べるものもなく、純粋にお金のためだけに命を張れるのは私たちのような傭兵ぐらいでしょうね」
「ははっ。俺はそれでいいと思うがな」
私の言葉にリーパーは笑っていた。
「しかし、ミネルヴァが関係するとすればお前にも関係する。少しカンタレラの家に寄っていってこのことを報告しておくか」
「ええ。そうしましょう」
そして私たちはカンタレラさんの家に向かった。
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