愛のある生活//そののちのこと……
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──愛のある生活//そののちのこと……
私が意識を取り戻したとき、私はリーパーの自宅にいた。
「お目覚めになりましたか、ツムギ様?」
家事ボットが私の方を多目的センサーで覗き込み、そう尋ねてきた。
「ええ……。水を持ってきてくれますか…………?」
「畏まりました」
喉と口の中がからからで辛い。
それにまだ頭痛が残っている。頭が殴らているみたいに鈍く痛む。
「どうぞ」
それから家事ボットがミネラルウォーターのボトルとコップを持って来てくれた。私はボトルのキャップを外して、ボトルから直接ミネラルウォーターを飲む。
水を飲み干すと頭の痛みがちょっとだけ緩和した。
「リーパーは……?」
「セクター4/2に出かけておられます」
「ジェーン・ドウと会ってるのか……」
セクター4/2でリーパーが他にすることが思い浮かばない。
私はポケットをごそごそと漁るとジェーン・ドウに貰った薬のボトルを取り出し、蓋を開けて錠剤を口に放り込んだ。
それから私はリーパーが帰宅するのをベッドの上で待った。
そして、1時間ほど経ったときだ。
「ん。ツムギ、起きてたのか?」
リーパーは何食わぬ顔をして、ベッドにいる私を見た。
「ええ。だいぶ良くなりましたから。今は耳鳴りがする程度です」
「それはよかった。お前が倒れたあとは酷い状態だったからな」
私がそう返すのにリーパーは肩をすくめる。
「ともあれ、仕事の方は完了した。マグレガーは無事にトーキョーヘイブンに戻り、例の民間軍事会社の方も掃討作戦を大井統合安全保障が開始した」
「それは何よりです。安心できます」
「ああ。だが、ジェーン・ドウから変なことを聞かれた」
リーパーはベッドの傍の椅子に座って私の方をじっと見る。
「ホテル・ニューエンパイアの監視カメラに、お前とマグレガーを襲った生体機械化兵が同士討ちをするのが映っていた。そうジェーン・ドウに言われた。お前がやったのか?」
「ああ……。あのときは他にどうしていいのか思い浮かばなかったので」
「ふうん。ジェーン・ドウはそのことにかなりの興味を示してたぞ。近いうちに何か言ってくるかもな」
「それは人間を洗脳して操る実験をやろうとか、そういうことですか?」
「他にあるか? ジェーン・ドウと六大多国籍企業にとっては喉から手が出るほど欲しい技術だろ」
「それはそうですね」
リーパーのいうことはもっともだ。
私が相手を洗脳して操れるとしたら、ジェーン・ドウの雇い主である大井はどのような悪行を思いつくだろうか。
少なくとも片手の指で収まる範囲ではないだろう。
「その能力、俺に試してみるか?」
「冗談でしょう?」
「いいや。興味がある」
リーパーはそう言ってぐいと私の方に迫った。
「あれは相当に疲弊するので面白半分でやりたくないです」
「面白半分じゃない。いざってときのためだ」
いくら言ってもリーパーは聞いてくれなさそうです。
「はあ。では、少しだけ試してみましょう」
私はそう言ってリーパーの思考に潜り込む。
相変わらず野生の本能があるくらいで、人間らしさの見当たらない思考だ。
その思考に深く、深く私は潜り込んでいくが────。
「……っ!?」
私は急に恐怖に襲われてリーパーの思考から脱出した。
「どうした?」
「あなたは……一体…………?」
リーパーの思考の奥底には何か得体のしれない化け物が潜んでいた。
純粋な殺意とでも呼ぶべきか。
そこに憎しみや敵意という人間的な殺意の理由はなく、ただただ殺意だけが化け物の形をして存在していた。そんな存在を私は認識していたのだ。
「どうやら無理だったみたいだな。ちょっと残念だ」
私がリーパーを見つめるのにリーパーは本当に残念そうに肩を落とす。
「晩飯は何がいい?」
そこで珍しくリーパーは私に夕食について尋ねた。
いつものは勝手に決めてしまうのに本当に珍しい。
「ラーメンが食べたいところです」
「病み上がりにラーメンか? 大丈夫なんだろうな?」
「心配してくれるんですか?」
「ああ。当たり前だろう。お前に今死なれた困る」
そうですね。リーパーはいずれ私と殺し合いたいのです。
「大丈夫ですよ。今日はがっつり食べたい気分なんです。頭痛も収まりましたし、食べに行きませんか?」
「分かった。いいぞ。車を出す」
リーパーはそう言い、私たちは車に乗り込む。
「ラーメンと言ってもいろいろあるが、どんなのがいいんだ?」
「麺が太くて、豚骨醤油のやつがいいです。あとはノリが乗っているやつですよ」
「細かいな……。ラーメンなんてどれも同じだろ?」
「ちーがーいーまーすー」
ラーメンはいろいろと奥の深い食べ物なのですよ。
「近くにその手の店はないな。普通の豚骨か中華そばだけだそうだ」
リーパーはARで検索したのかそう告げる。
「残念ですね。なら、ここは豚骨にしましょう」
「了解だ」
かつてはラーメン屋が激しい競争を繰り広げた首都圏ですらこのありさまです。
メティスがほどんど全てを牛耳る合成食料というものは、食の多様性を喪失させるグローバリゼーションってものなのでしょう。
TMCもいずれはラーメンは一種類だけしか生き残らないかもしれないです。
「着いたぞ」
私がそんなことを勝手に憂いていたとき、リーパーがそう言ってきた。
車はいかにもなラーメン屋の前に止まっており、看板には『龍龍亭』とある。
「もう口の中がラーメンですよ。早くいきましょう」
「ああ。俺はそうでもないが」
リーパーは豚骨の臭いが少し気になるのか、渋い顔をしていた。
「らっしゃいませ!」
元気のいい接客ボットの挨拶に出迎えられて、私たちはカウンター席に座る。
「がっつり食べたいところですが、ちょっと量が多いかもです……」
「残せばいいだろ」
「それは勿体ないじゃないですか。作ってくれた人にも失礼ですし」
「ちゃんと金を払えば問題ないと思うがな」
私は最終的にいろいろと食べるべく、子供向けメニューのラーメンセットを注文。今は子供なのでキッズメニューを頼んでも文句を言われる筋合いはありません。
リーパーの方はラーメンを単品で頼んでいた。
「リーパーはラーメンとかあまり興味はない感じだったんですか?」
「あまりな。食べようと思ったことも少なくて、以前数回食べただけだ」
「ちゃんとしたラーメンですか? カップラーメンですか?」
「同じようなものだろう?」
「全然違いますよ」
リーパーがどうでもよさそうに言うのに私は憤然とそう返した。
「ご注文の品となります」
「いただきます!」
それから注文した品が運ばれてきて私たちは食べ始めた。
「ん? これはなかなか美味いな……」
「でしょう?」
「なんでお前が得意げなんだ?」
リーパーはラーメンをすすってその味に満足そうにしていたので、思わず私もどや顔してしまった。
「でも、昔はもっといろいろなラーメンがあったんですよ」
「前世ってやつか? あれは本当なのか?」
「どう思います?」
私はリーパーに冗談めかしてそう尋ねた。
「ずるいな。お前には嘘と本当が読めるのに俺には読めないんだから」
リーパーはそう言いながらも腹を立てた様子はなく、ラーメンをすすっていた。
「怒らないでください。ほら、餃子ひとつあげますから」
「貰っておこう」
「あ! ふたつ取ったー! 私の餃子ですよ!」
「また頼めばいいだろ」
私とリーパーはそんなやり取りをしながら、TMCの夜を過ごしたのだった。
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