愛のある生活//医療と微小機械に関する学会
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──愛のある生活//医療と微小機械に関する学会
そして、翌日。
「では、よろしく頼むよ」
マグレガー博士はそう言ってリーパーの運転する車に乗り込んだ。
さらにもう1台、SUVで護衛を行う大井統合安全保障の護衛が付く。そちらの車両には4名の武装したコントラクターが配置されていた。
「ツムギ。周囲を警戒しておけ」
「了解です」
私は助手席で周囲を走行する車両の運転手などの思考を読んでおく。
もしかするとすれ違いざまに機関銃を乱射されたりする可能性もあるのだ。
会場であるホテル・ニューエンパイアは大井統合安全保障が厳重に警備しているしても、そこに至るまでの道のりはそうではない。
だから、今が一番危ないといえば危ないのだ。
「何事もなく終わるといいのですが」
「全くだよ。私もそろそろ安心して外を出歩きたいものだ」
マグレガー博士は私の意見に同意してくれた。
「何も起きなかったら詐欺だぞ。退屈だ」
リーパーだけはこんな感じです。全く……。
「そろそろホテルが見えてくるはずだが……」
今日の天気はあいにくの曇り空。
ときどき小雨が降っては、リーパーのSUVのフロントガラスに滴る。
そんな中でホテル・ニューエンパイアが見えてきた。
エリュシオンに比べればこじんまりとしたホテルだが高級ホテルらしい外観をしている。そして、そこには既に多くの車が停車し、学会に出席する人々が集まっていた。
リーパーはSUVをホテルのエントランス前に止め、カギを接客ボットに預けた。すると、自動運転で車は駐車場に向かって行く。
「さて、到着だ」
リーパーはエントランスの前に立ち、ホテルを警備する大井統合安全保障のコントラクターに近づいた。
「学会の参加者ならばID認証を」
「俺はこっちにいるセオドア・M・マグレガーの護衛だ。このIDを認証してくれ」
リーパーは大井統合安全保障のコントラクターにそう言い、コントラクターはリーパーが提示したIDをスキャンした。
「民間人協力者……? 傭兵か?」
「護衛だ。セキュリティの状況が知りたい」
「分かった。あんたのIDにはアクセス権限があるようだからな。これが現在のセキュリティの情報だ」
リーパーは大井統合安全保障からセキュリティのデータを受け取った。
「ふむ。セキュリティに問題はなさそうだな。だが、完璧に思えるものこそ抜け道が存在しているものだ。油断はできないし、何も起きないのはつまらん」
「何も起きないことは私が祈ってますよ」
大井統合安全保障がばっちり守っているならば、私たちはすることはないかもしれません。それが一番望ましいでしょう。
「マグレガー。あんたもID認証を済ませろ。学会に参加するんだろう?」
「もちろんだとも」
それからマグレガー博士もID認証を済ませて、ホテルに入った。
「では、まずは部屋のチェックだ」
私たちはリーパーが先導してマグレガー博士の部屋に向かう。
部屋に盗聴器などが設置されていないかをリーパーは手早く確認し、セキュリティに問題ないことを彼は確認した。
「慣れてますね、リーパー」
「それは当然だろ。これが俺の仕事だからな」
当たり前という顔をしているリーパー。こういう時には頼りになります。
「セキュリティに問題はないかね?」
「今のところはな。エントランスも大井統合安全保障が見張っている」
「それならいいのだが」
大井統合安全保障がエントランスを固め、マグレガー博士には私たちがついている。これならば問題ないように思われますが、はてさて。
「それでは早速だが会場に向かおう。問題はないかね?」
「大丈夫だ」
マグレガー博士の言葉にリーパーが手を振り、私たちは学会の会場へ。
学会の会場は1階の大ホールで、そこで開かれていた。
3Dホログラムプロジェクターが設置された演台に向かって椅子と机の並べられたそこに参加者である研究者と思しき男女が腰かけていた。
「私はマグレガー博士の隣に座っておきますね」
「そうしろ。俺は座らない。いざってとき動けるようにな」
リーパーは会場の壁にもたれ、会場全体を見渡すように位置に着いた。
「プロっぽいですね」
「傭兵ごっこをしているつもりはないぞ」
私も周囲の人間の思考を盗聴して、マグレガー博士が襲撃されないよう警戒。
「お集りの皆様、お待たせしました。これより第12回先端医療と微小機械に関する学会を開催します」
学会はすぐに始まり、司会の人がアナウンスする中で、発表者が演台に昇る。
私は発表の内容を聞いても1ミリも理解できないので、思考の盗聴を続けた。今のところは周囲に襲撃者らしき考えを持った人はいません。
発表は穏やかな空気の中で行われており、マグレガー博士が登壇する番が来た。
演台に昇る人は大井統合安全保障のコントラクターが守っているので、私たちが動く必要はなかったのですが────。
『──……目標を確認。いつでも始められる……──』
『──……よろしい。開始準備に入れ……──』
ここで不穏な会話を私が会場の外から傍受した。
「リーパー。動きがあります。会場の外に怪しい連中が」
「ふむ。見てくるからマグレガーを見てろ」
「了解」
リーパーはここで会場を出た。
私は演台でよく分からない話をしているマグレガー博士を見守り続ける。
* * * *
リーパーは会場である1階の大ホールの外に出た。
ツムギが言っていた怪しい人間というのをぐるりと見渡して探すが、それらしき人間は見えない。
しかし、彼の勘も外に緊迫した空気が漂っているのを感じ取っていた。
何かが始まる前兆だ。戦場が戦場になる寸前の張りつめた空気だ。
「いいね。やろうってやつらがいるみたいじゃないか」
リーパーはそんな戦いの空気を感じ、にやりと笑う。
それから彼は張りつめた空気の原因を探る。
1階の大ホールのどこに戦争の犬が潜んでいるかを探っていく。
『リーパー。男子トイレの方です。警戒してください』
「了解だ」
ツムギにそう言われてリーパーは男子トイレへと向かう。
「清掃中、ねえ」
男子トイレには黄色い清掃中の看板が出ていたが、リーパーは看板を蹴り飛ばして中に侵入した。
「…………!?」
男子トイレの中には武装した男たち6名がいた。
黒いスーツの上からチェストリグやプレートキャリアを下げ、サプレッサーが装着された自動小銃や短機関銃で武装した男たちが、トイレに侵入してきたリーパーの方を見て目を見開く。
「おやおや。どうやら清掃されるべきゴミが溜まっているらしいな」
リーパーはそう言って獰猛に笑い、“鬼喰らい”を抜いた。
“鬼喰らい”の刃がLEDライトの明かりを反射して剣呑に光る。
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