愛のある生活//セオドア・M・マグレガー博士
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──愛のある生活//セオドア・M・マグレガー博士
私とリーパーはトーキョーヘイブンに向かっている。
セオドア・M・マグレガー博士に会って、護衛の仕事を開始するためだ。
リーパーはSUVをトーキョーヘイブンの駐車場に止め、私たちは施設内に入る。
それからジェーン・ドウから与えられたビジターIDで通行許可を得て、トーキョーヘイブン内のマグレガー博士の部屋を訪問した。
リーパーが部屋のブザーを鳴らすと、ハイエンドモデルの家事ボットが姿を見せた。
「どうぞお入りください」
「ああ」
家事ボットに案内されて、私たちはマグレガー博士の部屋の中に。
部屋は豪華で広く、リーパーの自宅であるペントハウス並みのものだ。
「君たちが私の護衛かね?」
マグレガー博士は情報にあった通りのおじさんで、きっちとしたスーツ姿だった。
いかにもな学者先生という感じの風貌で、AIと結婚したと宣言したようなエキセントリックな人にはあまり見えない。
「そうだ。あんたがマグレガー博士だな。これからあんたの護衛につく人間だ。俺はリーパーで、あっちはツムギ」
「よろしく、リーパー君、ツムギ君。私がセオドア・M・マグレガーだ」
マグレガー博士は微笑んでそう挨拶した。
「さて、私についてはジョン・ドウ、ジェーン・ドウの類から聞いているだろう。その上で質問があれば聞くが、どうかね?」
「あの、AIと結婚していると聞きましたが、彼女はどこに?」
私は仕事における必要性というよりも、好奇心からそう尋ねた。
「ここだ」
そう言ってマグレガー博士が指さしたのは頭。
……脳内彼女……?
「脳埋め込み式デバイスか。随分とまあ」
「そう、脳の記憶媒体に彼女は保存されている」
リーパーが呆れたように言うのにマグレガー博士は小さく笑う。
「C-REA。彼女は私と常に一緒で、同じことを経験し、同じことを学ぶ。私にとって最良のパートナーだ」
マグレガー博士は自慢げだった。
「では、学会ではAI関係の発表を?」
「いいや。私の専門は脳神経学で、開かれる学会はナノマシンに関するものだ。私はそこで新しい記憶の保存を機械化するナノマシンについて発表する予定だ。この技術はマトリクスゴーストの作成や人格保存に役立つ」
「はあ。学会にもC-REAさんは連れていくんですか?」
「当然だ。君たちには私の身の安全は当然として、C-REAのことも守ってもらうよ」
「了解です。とは言え、頭の中にいるならマトリクスから攻撃されない限り、大丈夫じゃないですか?」
「世の中、何があるか分からないからね。以前、私は電子パルスガンを向けられてC-REAを殺すと脅されたこともある」
「あれま」
それはまた随分と妙なことが起きたものです。
C-REAさんが恨まれていたのか、それともC-REAさんを人質──ならぬAI質にして、マグレガー博士をただ脅すためだったのか。
「そういうこともあるので、君たちのことは頼りにしているよ」
「ああ。だが、実際のところAIならばバックアップなり何なりを取れるだろう? そうしないのか?」
リーパーの疑問はもっともだった。
人間ですらマトリクスゴーストと言うバックアップを取るような時代である。AIならばもっと簡単にバックアップが作れるのでは?
「愛する人はひとりだけだ。私が愛するのはひとりのC-REAであって、他に存在しない。バックアップは取らない」
マグレガー博士はそう語る。
「我々は今や量子の分野においてすら模倣を可能にしている。そこでだ。最新の技術を使ってミケランジェロのダビデ像と全く同一の複製を作ったとしよう。君は本物のダビデ像と全く同じ価値がコピーにつくと思うかね?」
「いいや。価値があるのはオリジナルだけだ」
「そういうことだ。私もオリジナルのC-REAだけを愛し、バックアップやコピーは決して取らない。それは彼女を侮辱する行為だからね」
「なるほどな。価値観としてはおかしくない」
マグレガー博士の話にリーパーは頷いていた。
「別の質問になりますけど、マグレガー博士自身は自分が狙われる心当たりとかありますか?」
「それは当然。メティスから大井に移籍したのはかなり荒っぽい方法だった。事実上、私はメティスから拉致されたのだからね。メティスは決してそのことを快く思っていないだろう」
「メティス以外には?」
「メティス以外、か。HOWTechはナノマシン分野に他社が進出することを忌み嫌っているから可能性はある。あとはアトランティスにも私の研究に類似するナノマシンの開発を行っていると聞いていた。そちらにも可能性はある」
「結構狙われていますね…………」
HOWTechもナノマシンを製造している企業だ。メティスとは違って産業用ナノマシンの分野で大きなシェアを握っている。
アトランティスは大井と同じ何でもありの企業複合体。
「仕方ないことだよ」
私がげんなりするのにマグレガー博士もうんざりしたように肩をすくめた。
「学会の出席する人間の中で、恨まれていたりは?」
「学会は大井が開くものだ。大井に敵対的な人間は呼ばない」
「そうではなく個人的な恨みの類だ。あんたが金銭トラブルや研究成果を巡った嫉妬などで恨まれているかどうかを聞いている」
「幸いにしてそれはない。保証するよ」
「分かった。では、護衛は早速今日から行う。アーコロジーを出るときは必ず俺たちがつくから、ひとりで外に出たりするな。いいな?」
「ああ。私もまだ死にたくはないからね」
こうして私とリーパーは変わった研究者であるマグレガー博士の護衛の仕事を開始した。
私とリーパーは暫くの間は家に帰らず、マグレガー博士に着くことに。
とりあえず、今日はアーコロジーのゲストハウスで過ごし、明日からは学会が開かれるホテル・ニューエンパイアに部屋を取った。
その部屋は当然マグレガー博士が宿泊する部屋のすぐ隣だ。
「リーパー。どう思います? 危ない仕事だと思いますか?」
「ああ。それなりのリスクはあるだろう。ジェーン・ドウが拉致されるぐらいならば殺せというぐらいだ。相手はそれだけ厄介な存在だということになる」
「では、どう動きましょうか……?」
「ツムギ。マグレガーと話したとき、やつは嘘をついていなかったか?」
「ええ。吐いていませんよ。どうして?」
「やつ自身がメティスに出戻ることに同意している可能性があったからだ」
「ああ……」
マグレガー博士自身がメティスに戻りたがっていて、企業亡命に同意していた場合、話は変わってくる。
その場合、私たちはマグレガー博士自身も今回の仕事の脅威として認識しておかなければならないのだ。
「それがないならばリスクは低くなる。難易度が下がるのは残念だが」
「いいじゃないですか。この間の仕事はベリーハードでしたし」
「難易度ってのは上がり続けることはよくても下がることがあってはならない。そうなると退屈だろ」
「そういうものですかね」
私はいまいちリーパーの主張には納得できなかったものの、リスクが低いかもしれないというリーパーの言葉には安堵しようとしていた。
「油断するなよ。この仕事は多少リスクが低くなっても、十分に危険だ。前にも話した通り、現実の死はハードコアモードの死と同じデスペナルティになる。キャラのロスト、だ」
しかし、リーパーはそう警告し、ベッドに横になった。
私はまだこの時点で仕事がどれほど困難なのかを把握していなかった。
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