TMCから愛を込めて//ことの顛末
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──TMCから愛を込めて//ことの顛末
ジェーン・ドウからの呼び出しに応じ、私たちはセクター4/2にある喫茶店を訪れた。
「まずは仕事の達成、ご苦労様でした。報酬です」
「ああ」
ジェーン・ドウはそう切り出し、リーパーに送金する。
「お土産は無事に我々の下に届きました。これから尋問を行い、彼が握っている資産について洗い出すつもりです。そうなればTMCにおけるメティスの諜報網は大打撃を受けるでしょう」
そう言いながらもジェーン・ドウはあまり満足した様子ではなかった。
「あの、エリュシオンを襲撃した武装勢力については……?」
「調査中ですが、確認できた限りほぼ全員が以前アメリカにおいて軍籍にあった人間でした。だた、これに対してアメリカの軍及び諜報機関が連動して動いたという様子はありません」
「つまりアメリカ軍やアメリカ中央情報局の工作員ではない、と」
「そうなりますね」
一体どうして彼らはエリュシオンを襲撃し、ユージン・ストーンを狙ったのだろう。
「彼らの狙いもユージン・ストーンであったと聞いています。そのことから考えられるのは、彼がメティスの工作担当官として他のメガコーポを敵に回していたということです」
「ジェーン・ドウ。伝え忘れていたが、ユージン・ストーンはパラテックとミネルヴァについて知っていたぞ」
「ほう。それは面白い情報ですね。あなたはそれが臭いと?」
「ツムギはエリュシオンでやつが他の人間にミネルヴァについて調べることを急かされていることを聞いている。俺的には臭うな」
「そうですか。であれば、その件についても追跡して調査しましょう」
ジェーン・ドウは話は以上だと言うように手を振った。
なので私たちは喫茶店を出て、無人タクシーを捕まえた。
「カンタレラにも報告しておくか? 報酬も渡さなければならんしな」
「ええ。調べてもらいましょう」
「決まりだ」
リーパーはセクター8/4に向かう。
「やはり焦っているか?」
高速道路をタクシーが駆け抜ける中で、リーパーがそう尋ねてくる。
「それはまあ……。だって自分の生死がかかっているんですよ?」
「なら、薬は飲んでおけよ。鼻血、出てるぞ」
「え?」
気づかなかったが、私はいつの間にか鼻血を出していた。
「ちょっと能力を使いすぎたかもしれません。暫くは休みます」
「そうしろ。俺と殺し合う前に死なれたら困る」
「もうちょっと心配してくれてもいいのに…………」
私はジェーン・ドウに貰った錠剤を飲み下し、ハンカチで鼻血を拭う。
「心配はしてるぞ。お前が俺のことを心配してくれるくらいにな」
「ええ。私はあなたを心配してますよ。自分の生活のために、ですね」
「そうだろう。お互いにそれぐらい軽い関係がいいってものだ」
「深くなりすぎるのは心配ですか?」
私はリーパーが関係が深くなりすぎる相手がいるのだろうかと思って尋ねる。
「昔、かなり昔、猫を飼っていた。飼っていたというか世話していたというか。まあ、俺のものではなかったが、俺にとってはいい子分みたいなものだった。大切にしていたが、最後はよく分からない病気で死んだ」
「猫を…………」
「そのときは割とつらかったな。だが、死ぬってことの意味が理解できた気もした。死んだものはどうやっても取り戻せない。プレイヤースキル云々で解決できるものじゃない。失ったものは、失われたまま」
リーパーは遠い目をしてそう語る。
「現実の死は、ゲームでいうハードコアモードの死に等しい。デスペナルティはキャラのロストだ。キャラクターのデータが失われ、永遠に蘇生できない。コインを入れても出てくるのは別のキャラクター」
愛猫の死の話だろうとリーパーはゲームにたとえた。
「だってのにNPCはあっさりと死んでしまう。だから、NPCにいちいち感情移入して、死ぬ度に感傷に浸るのは馬鹿らしいと思い始めた」
「その他人をNPCとしか見ないのも、感情移入しないため?」
「いいや。純粋にプレイヤーは俺ぐらいだと思っているからだ」
「どうしてそう思っちゃうんです?」
「逆に聞くが、お前ならどうやって俺に周りの人間がNPCではないと証明できる? 他の連中に本当に中身があると証明できるんだ?」
リーパーは純粋に理解できないというようにそう尋ねてきた。
「それ悪魔の証明ってやつですよ。NPCではないことを証明しろというのはずるです。あなたが周りの人間がNPCで間違いないということを証明しなければいけないのです」
「そうなのか?」
「そうです、そうです」
「悪魔の証明、か……」
リーパーは少し考え込むようにしていた。
「俺にとって周りの人間は自分ほどの価値はない。自分が死ねば全てが終わるが、他人が死んでもゲームは続くからな」
「それを言うならば私にとっても自分が一番大事です。当たり前ですよ」
「それでもお前は俺の子分だった猫程度には気をかけてやるさ」
「前は犬って言ってませんでした?」
「ああ。猫は特別だからな。お前は犬から猫に格上げだ」
「それは嬉しいことで」
そう言われても私の立場は犬みたいなものですけどね。
「着いたぞ」
そんな話をしている間に、私たちはカンタレラさんのマンションに到着。
「カンタレラ。報酬の話とパラテックに関するもっと楽しい情報が手に入った」
『へえ? 聞かせてもらおうかな。上がってきて』
「ああ」
リーパーはカンタレラさんに言われてエントランスを通り、エレベーターで上がる。
「いらっしゃい、リーパー、ツムギちゃん。入って」
カンタレラさんに迎えられて、私たちは彼女の部屋に。
「カンタレラ。まずは報酬の分け前だ。送金する」
「オーケー。随分な大金じゃん。いいの?」
「ああ。約束していたからな」
今回も莫大な報酬がジェーン・ドウからは支払われている。
まあ、私たちが犯した危険を考えれば当然のことですがね。
「で、パラテックに関する面白い情報って?」
「ツムギ。聞いたことを話してやれよ」
ここでリーパーが私に話を振った。
「パラテックのことをユージン・ストーンは知っていました。ミネルヴァについても。彼曰く、メティスからミネルヴァに技術の漏洩があった可能性があるということで調査をしていたようです」
「へえ! それは凄い情報じゃない!」
「他にもユージン・ストーンはパラテックはオカルトだと言っていました。魔導書に記されているような、そんなものだと」
「メティスの工作担当官がそう言ったってことは…………」
「ええ。本当なのでしょう。少なくとも尋問したとき嘘はついていませんでした」
カンタレラさんが考え込むのに私はそう告げた。
「面白くなってきたね。メティスは前々から胡散臭い話が聞こえる企業だった。ハートショックデバイスの話の他にも経営陣がカルトに嵌っているとか、ゾンビを作る研究をしているとかね」
カンタレラさんがそう話す。
「ゾンビだって? マジなのか?」
「噂、噂。都市伝説だよ。何せメティスはこれまで夢のような薬を生み出してきた。それだけにその技術力を悪用しているんじゃないかって話は出るものなんだよ」
「妬みみたいなものか」
「どうだろうね。面白がっているだけで本気で六大多国籍企業の一角であるメティスを妬めるほどの人間はいないと思うよ」
一般庶民にとってはもはやミジンコからみたクジラみたいな存在が六大多国籍企業だしとカンタレラさん。
「だけど、そんな巨大なクジラが不可解なものに興味を示していた。オカルト、都市伝説、そして────パラテック」
カンタレラさんはそう言って私の方を見た。
「メティス周りには怪しげな噂がいろいろとある。魔術についても昔そんな話を聞いた覚えがあった。けど、今回の話を鑑みるにただの都市伝説って笑いとばすには、やや笑えない真実味が出てきたね」
「これからも調査を続けてもらえますか?」
私はカンタレラさんにそう頼み込んだ。
「もちろん! 私としても面白くなってきたところだから」
「では、お願いします」
「何か分かったら、また居酒屋で話でもしよう」
「ええ」
私はそうカンタレラさんと約束して、彼女の部屋を出た。
「少しばかり突破口ができたと思うか?」
「どうでしょうね。あまり期待はしすぎません」
「そうした方がいいだろうな。期待や希望ってやつほど人間を裏切ってきたやつはいない。連中は裏切りの常習犯だ」
リーパーはそう言い、私たちはカンタレラさんのマンションを去った。
希望が偽りのものであったとしても、今の私はそれにすがるしかないほどに弱い。
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