犬の世話は飼い主の仕事
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──犬の世話は飼い主の仕事
「とりあえず」
リーパーがそう切り出した。
「お前の世話をちゃんとしないといけないな。必要なのは……まずは服か」
私の今の服装は地下施設にいたときのままのオレンジの病衣。脱走した場合、すぐに見つけられるような色をしており、薄い布一枚の代物だ。
「まともな服がないと外にも連れていけない。出かけるぞ」
「は、はい」
リーパーは椅子から立ち上がり、私もベッドから降りて彼についていく。
「ところで、ここはどこなんです?」
「TMCのセクター3/1にあるマンションだ。そのペントハウス」
「セクター3/1って……。家賃は滅茶苦茶高いのでは?」
「稼いでいるから問題ない」
セクター3/1のペントハウスと言ったら、それこそメガコーポの重役ぐらいしか住めないような、そんな天の上の場所である。
リーパーはそんなペントハウスにひとりで暮らしているのだ。彼が自分がどれだけ大金持ちなのかを知っているのであろうか?
「それよりお前みたいな年齢の子供はどんな服を着るんだ?」
「さあ……?」
「俺も服はジェーン・ドウに選んでもらっているから分からんぞ」
「ええええ……」
何だかヒモみたいな男ですね、リーパー。
「まあ、最悪の場合、店員に選んでもらえばいいだろう。適当な服屋まで行って、そこで好きなのを決めろ」
リーパーはそう言い切って、私とともにエレベーターで一気に地下駐車場まで下りる。駐車場にはこのセクター3/1という富裕層が暮らす場所に相応しい高級車がずらりと並んでいた。
「乗れよ」
リーパーがそう言ってドアを開けたのは、テレビのCMでも見たことがある四輪駆動の高級SUVだ。白い塗装のされた車体はピカピカで新車も同然のように見えた。
「ごつい車ですね」
「見た目通りに頑丈だぞ。何度が人を轢いたが、それでも普通に動いた。こういう頑丈なのものは好きだ」
「ええええ……」
人を轢いたって……。運転を任せて大丈夫なんだろうか……?
とは言え、他に移動手段もなさそうなので私は助手席に乗り込んだ。
リーパーは車のナビに有名なブランド店の名前を告げると、車に搭載されている自動運転システムが独りでに車を動かし始めた。
「運転しないんですか?」
「ただの運転は退屈だからな。カーチェイスやレースは好きだが、相手がいなければカーチェイスもレースもできない」
「そうですね」
安全運転してくれるようで私はちょっと安心した。
それから車で30分ほど走るとセクター3/1にあるブランド店が並ぶ通りに着いた。ここはTMCの警察業務を委託されている大井統合安全保障のコントラクターががっちり警備している場所で、私のような孤児は来たこともない場所だ。
「適当に辺りを回ってろ」
リーパーは車にそう命じ、車は走りだして行った。
「子供服は、と」
リーパーはそう言って拡張現実デバイスを操作する動きを見せた。空中で指を動かす動作だ。
しかし、妙ですね?
「お兄さん。BCI手術は?」
ブレインコンピューターインターフェイス手術は機械化されている人間に必須のものだ。リーパーもあの私と戦ったときの動きからして、少なからずインプラントなどを入れ、人体を機械化しているはずだった。
そして、BCI手術を受けていればARデバイスは必要ない。
「BCI手術? 受けてないぞ」
「…………え?」
リーパーは平然とそう言った。
「で、でも、機械化している人間には必須の手術のはずでは?」
「ああ。だが、俺は機械化していないからな。必要ない」
「……嘘でしょう?」
冗談でしょう? あの動きを生身でできたって言うんですか?
「機械化ってのは退屈だからな。機械化した人間同士の戦いは、結局はインプラントの品質の差を争うだけになる。今時のゲームと同じで課金した額で勝敗が決まる。そういうくだらない札束の殴り合い」
リーパーは少し嫌悪を込めてそう語る。
「俺はそういうものに頼らず、自分のプレイヤースキルで勝ちたい。その方が楽しい。そう思わないか?」
「はっきり言ってどうかしてますよ」
彼の語った話に私は呆れに呆れ切った。リーパーは本当に頭がおかしい。
「それより服を買うぞ。こっちだ」
リーパーはそう言い、ブランド店のひとつに入った。私はそれに続いて中に入る。
「いらっしゃいませ」
「連れの服を選んでくれ。下着から何まで一式だ」
店に設置されている接客ボットが応じるのにリーパーが私の手を引いて前に出した。
「畏まりました。どうぞこちらへ」
接客ボットはそう言って先導し、私を奥の方に連れていく。
「お好きな服をお選びください」
鏡の前に立たされると、その鏡にオレンジ色の病衣ではなく、爽やかな白のワンピースを纏った私の映像が表示される。
私はワンピースを纏ったちょっと痩せて、地下施設の実験のせいで白髪になってしまっているものの、赤い瞳の整った顔立ちをしている美少女の自分をしげしげと見る。
なるほど。こういう店はこんな仕組みなのか……。
私は表示される衣類の中から、おすすめされたものと自分で可愛いと思ったものを選んでいった。最近の服屋はハイテクでカメラで得られた情報から、自動的に衣類をコーディネートしてくれるので楽ちんです。
「選べたか?」
「わあっ!?」
と、ちょうど私が下着を選んでいたときにリーパーが顔を出して、慌てて私は下着を隠そうとする。下着を選んでいるときは、下着姿がモニターに表示されているのです!
「はっ。別にお前の下着を見ても何も気にせんよ」
「私が気にするんです! 向こうに行っててください!」
「はいはい」
リーパーを追い払うと改めて残りの服を選び、選んだ服が店の奥から包装された状態で接客ボットによって運ばれてくる。
「決まりましたよ」
「ああ。会計は済ませておくから、着替えておけ」
「了解」
私はオレンジ色の病衣を脱いで選んだ下着と白いブラウスに灰色のジャンパースカートに着替えた。やはり女の子に生まれ変わったらお洒落がしてみたいものです!
いやあ。可愛い服はいろいろとあったけど、ブランド品だし高いんだろうな……。
などと思っていたら、リーパーはポケットから無造作にかなり大きな会社のクレジットカードを取り出した。しかも、あれは噂に聞く限られた人間だけが持つブラックカードではないですか……?
そのカードを見せるとこれまで応じていた接客ボットが引っ込み、わざわざ人間の店員が出てきて丁寧に会計を済ませてくれた。
凄いな、ブラックカード!
「凄いですね、それ……」
「ああ。ジェーン・ドウに貰った。これを出すだけで買い物は全て片付くから楽だ」
「……クレジットカードって意味わかってます……?」
「さあ? よく分からないが、使えるからいいだろ」
……ダメだ。この人に社会常識とか期待してはいけない。
「さて、服の次は何だ?」
「特に必要なものはないです」
「なら、飯にするか」
そこで近くを周回していた車が戻ってきて、リーパーと私が乗り込む。
「何でもいいよな。適当なところに入るぞ」
ブラックカードを持つリーパーなのでこのセクター3/1の高級なお店で奢ってもらえたりと私はちょっと期待した。そう、期待したのだが……。
「ハンバーガーですか」
入ったのは普通にチェーンのハンバーガー店だった。
「すぐに食えて腹にたまるからな」
「まあ、それはそうですが」
普通のハンバーガーでも私にはご馳走なので構わないのだが、庶民的なハンバーガー店でもリーパーはブラックカードで会計するので店員さんが可哀そうでした。店員さん、滅茶苦茶うろたえてましたよ。
これはもしかして、私の飼い主は結構な社会不適合者なのでは……?
「いつもこんな感じなんですか?」
「ああ。どこで何を食っても結局はオキアミと大豆と化学薬品の合成品だ。なら、手早く済ませたい。食事なんて退屈なものだろう?」
「どうでしょうね」
この近未来の地球では大規模な感染症の流行によって、自然環境で栽培される農作物や飼育される畜産が壊滅している。リーパーが言うように全ての食べ物は工場で作られたオキアミと大豆、そして化学薬品の合成品だ。
「しかし、ジェーン・ドウに信頼されているんですね。ただの傭兵にペントハウスやブラックカードまで与えるなんて」
「ジェーン・ドウに言わせれば俺は費用対効果がいいらしい」
「費用対効果?」
傭兵を評価する言葉としては妙な感じのする言葉に私は首を傾げる。
「俺は仕事で一度も失敗したことはない。ジェーン・ドウに殺せと命じられたものは何であろうと殺したし、強奪を命じられたものは必ず強奪してきた」
リーパーが安い合成品のハンバーガーをがぶりと大きく口を開けて貪る。彼は味わう様子もなく咀嚼するとコーラでそれを飲み下す。
「で、だ。絶対に仕事を達成する傭兵をひとり雇っておくのと、それより安く雇えるが仕事を半々の可能性でしか達成できない傭兵を複数雇っておくのと、どっちが費用対効果がいいと思う?」
「……なるほどですね」
私はリーパーの言わんとすることを理解して、手に握ったハンバーガーにかじりついた。お上品なセクター3/1のハンバーガーチェーン店でもチーズはほんのり有機薬品の臭いがしていた。
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