TMCから愛を込めて//工作担当官
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──TMCから愛を込めて//工作担当官
カンタレラさんがエリュシオンの無人警備システムに無事侵入できたという連絡が来たのは、それから5分後のこと。
「カンタレラ。早速だがユージン・ストーンを探してくれ」
『オーケー』
カンタレラさんはエリュシオンの無人警備システムを利用して監視カメラやセンサーの生体認証を使い、事前にジェーン・ドウから得ていたユージン・ストーンの生体認証データと一致する人間を探した。
広大なエリュシオンのホテル内を隅々まで、一瞬で調べ上げられる。
『ビンゴ。ユージン・ストーンを確認した。ホテルの95階にあるVIP向けのレストランのバックヤード。そこでもパーティをやってるみたいね』
「助かった、カンタレラ。引き続き監視を続けてくれ」
『任せて』
こうしてユージン・ストーンの居場所が分かった。
「行くぞ、ツムギ。ユージン・ストーンを拉致する。そして、どうにかしてこのホテルから連れ出さなければならない」
「ジェーン・ドウが準備した迎えはどうなんです?」
「まだ連絡がないが、ここは信じるしかないな」
「大丈夫ですかね……」
この民間軍事会社ががっちり警備を固めたエリュシオンからメティスの工作担当官であるユージン・ストーンを無理やり連れ出すのは、困難てレベルではないだろう。
「いざとなれば強行突破だ。楽しいぞ。こういう裏口を使用することを前提としている場面で、無理やり強行突破するってのはな」
「ジェーン・ドウから怒られますよ。彼女は静かにやれ、騒ぎは起こすなとあれほど言っていたでしょう?」
「あいつが手配する逃がし屋が遅れたら強行突破に切り替えるんだ。あいつのせいさ」
「そういうことにしてくれるでしょうか……?」
ジェーン・ドウがリーパーに対して甘くてもエリュシオンとメティスの間に大きな揉め事を起こすのは、流石に怒るんじゃ……?
「ともかくユージン・ストーンに会わないことには仕事は進まない。95階まで行くぞ。そこでも俺たちのIDが通じるといいがな」
「VIP用のレストランみたいですからね。警備はまた別かもです」
そんなことを話しながら、私とリーパーは再びエレベーターに乗り、そのまま95階を目指した。サーバールームがある80階と違って、95階に入るには特にカードキーなどは必要なく、私たちは無事に95階へと到着。
「さあ、おっぱじめるぞ」
リーパーは身構える様子もなく、ふらりと95階のフロアに入った。
95階のフロアは全てがVIP用のレストランになっている。
ここでもパーティが開かれているが、特に民間軍事会社のセキュリティがいるわけでもなかった。
「自然に振る舞え。ここにいるのは当たり前だって顔をしていれば、存外怪しまれないものだ」
「そういうものですか」
リーパーは不法侵入には慣れたものだという顔をしている。
「ここにいるのはさらにお金持ちって感じですね」
「みたいだな。ニュースで見たような顔がいる」
「ですね。私も見た顔がいます」
メティスに投資しているお金持ちの中のお金持ちが、このVIP用レストランでもてなされているらしい。
「カンタレラ。やつはまだバックヤードか?」
『イエス。誰かと喋っているみたいだけど、どうする?』
「喋り終えるのを少し待つか。会話は盗聴できそうか?」
『盗聴防止のノイズがかけられている。無理だね』
「ま、そうだよな」
メティスの工作担当官が社外でこそこそ話するのに、盗聴を警戒しないわけがない、と。
「ツムギ。お前なら盗み聞きできるんじゃないか?」
リーパーはそこで私にそう尋ねてきた。
そうです。私のテレパシーならば相手の思考を盗み聞きできます。
「やってみます」
私は無数の思考の中からユージン・ストーンの思考を探る。
「…………あった」
そして、無事にユージン・ストーンらしき人間の思考に潜り込んだ。
『──……分かっている。あの件はこっちでも探っているところだ。あれが公になることは理事会も望んでいないと理解している……──』
『──……しかし、現状君からいい知らせは全く聞けていない。TMCにやつらの拠点があるというのは誤情報ではないのか……──』
『──……我々は長期的な視点で作戦を行っている。今は待ってもらいたい……──』
『──……ミネルヴァはリスクだ。早急に対処しなければ……──』
ミネルヴァ……!?
「リーパー。彼らはミネルヴァについて話しています……!」
「ほう。メティスがミネルヴァについて、か」
これは私にとっても重要な話になって来ました。
『リーパー。目標と話していた人間が離れた。ひとりになったよ』
「了解だ。さあて、どうやってここから連れ出すか、だが」
『業務用エレベーターがバックヤード内にあるから、それを使ってみれば?』
「いいアイディアだ」
カンタレラさんからの提案にリーパーは頷き、堂々とレストランの厨房を抜けて、そのままバックヤードに侵入。
「ん。君たちは……?」
そこにはユージン・ストーンがいた。
彼はいきなりバックヤードに侵入してきた、明らかに部外者である私たちに警戒の視線を向けている。
「ユージン・ストーンだな。一緒に来てもらおう」
「…………冗談を言っているのか?」
「至って真面目だ」
リーパーはそう言って仕込み杖から超高周波振動刀を抜き、ユージン・ストーンに突き付けた。
「あなたがメティス情報部の工作担当官であることは把握しています。同行していただけるのであれば、命を奪いまではしません」
「なるほど。君たちはさしずめ大井辺りに雇われた傭兵かね」
「それを明かす必要はない。でしょう?」
私はユージン・ストーンの質問に笑みを浮かべて返した。
「通信は妨害している。警備は動かないぞ。さあ、来い」
「分かった。同行しよう」
それからユージン・ストーンは降参だというように両手を上げた。
「ツムギ。見張っていろ。こいつを拘束する」
リーパーはそう指示を出し、ユージン・ストーンを後ろ手に結束バンドで拘束。
「じゃあ、業務用エレベーターに向かうぞ」
「……待ってください、リーパー。業務用エレベーターが動いていますよ…………?」
私は業務用エレベーターが下から昇ってくるのに気づいた。
『リーパー。誰かが業務用エレベーターを使っている。警戒して』
「了解だ。敵だと面白いんだがな。スリリングで」
『あんたって男は……』
リーパーは業務用エレベーターの方を向き、超高周波振動刀を構える。
業務用エレベーターは機械音を立てて、上に上がってくる。
『──……目標を改めて確認する。目標はユージン・ストーン。速やかに始末してこのホテルを離脱する……──』
『──……了解だ。さっさと済ませよう……──』
不味いです。敵の狙いもユージン・ストーンですよ。
「リーパー。敵です。ユージン・ストーン狙いの、ですが……」
「ほう。随分と人気者だな。こいつは拉致のし甲斐がある」
リーパーは敵の出現にご満悦。
私の方でもバックヤードにあった刃物などを宙に浮かべ、迎撃準備を整えた。
確実に業務用エレベーターは上昇してきて────。
『──……3カウント……──』
「敵がカウントを開始。警戒してください」
そして、3秒のカウントののちに──。
『──……ゴー、ゴー……──』
業務用エレベーターから6名の武装したホテルの清掃員姿の人間が出てきた。小型の短機関銃やカービン銃で武装し、そのいずれの銃火器にも大きなサプレッサーが装着されている。
「接敵!」
それら銃火器の銃口が一斉にリーパーと私に向けられた。
「ツムギ、やるぞ」
「ええ」
そして、私たちは交戦状態に突入した。
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