TMCから愛を込めて//エリュシオン・プラザ・トーキョー
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──TMCから愛を込めて//エリュシオン・プラザ・トーキョー
メティス・メディカル極東支社が開く、出資者向けのパーティ当日。
私たちはリーパーのSUVではなく、タクシーでパーティ会場に向かった。
AI制御の無人タクシーは私たちを乗せて、パーティ会場であるエリュシオン・プラザ・トーキョーのゲートを潜り、エントランス前に停車。
『到着いたしました、お客様』
「どうも」
『ご乗車ありがとうございます』
AIの丁寧な運転に感謝し、料金を支払うと私たちはホテルのエントランス前に立つ。
今日はメティスという六大多国籍企業の一角が開くパーティのためか、テロに警戒してエリュシオン側でも相当な警備が動員されていた。
事前にジェーン・ドウから渡された情報やカンタレラさんが集めた情報によれば、会場を警備しているのはメティス系列の民間軍事会社ベータ・セキュリティと独立系民間軍事会社であるD-3プロテクト。
両者のコントラクターと警備ボットがホテルのエントランスには展開しており、重武装の彼らの姿は豪奢なホテルの外観からは浮いていた。
今日はメティスがエリュシオンを貸し切っており、パーティに参加する客以外にエリュシオンを訪れる人間はいない。
「準備はいいか?」
「ええ。ばっちりですよ」
リーパーはいつもはラフに着こなしているスーツをちゃんと着ており、個人投資家に見えるような恰好をしている。
私の方は赤い子供向けのドレスで、子供向けにしては割と露出が多いがなかなかに可愛い。ふりふりしている。
しかし、特筆すべきはリーパーの持っているものだろう。
彼は杖を所持していた。足の衰えを支えるための、そんな杖だ。
「失礼。IDを確認させていただきます」
私とリーパーがエントランスに入るとD-3プロテクトのロゴを付けたコントラクターに止められて、ID認証を求められた。
「ああ。いいぞ」
「では」
コントラクターがスキャナーでリーパーのIDを読み取る。
「ようこそ、オーウェン・リー様。パーティ会場はあちらです」
「どうも」
リーパーはスキャンされたが同伴している私は特にスキャンされることもなく、そのままパーティ会場に向けて通された。
「気づかれませんでしたね」
「情報のリテラシーの欠如ってやつだな。IDが正しければ問題ないと思い込む。機械を信用しすぎて、生き物としての警戒心がなくなっている」
リーパーの杖の中には“鬼喰らい”に似た超高周波振動刀が隠されている。いわゆる仕込み杖というものだ。
X線検査などをすればばれただろうが、警備を行っている民間軍事会社のコントラクターはIDを認証しただけで許可してしまった。
リーパーの言う通り、情報のリテラシーの欠如ってやつですね。
情報が簡単に得られる時代になった分、そうして得られる大量の情報をどう処理するのかが重要なのです。
「まずはリトルスパイダーでサーバールームに侵入し、それからバックドアの作成を」
「ああ。サーバールームの場所はジェーン・ドウから情報を貰っている。さりげなく会場を抜けだして、近くまで向かうぞ」
「ええ。そうしましょう」
私たちの目的はパーティに参加することではない。
パーティ会場にいるメティスの工作担当官であるユージン・ストーンを拉致することなのだ。
そのためにはエリュシオンのサーバーに侵入し、無人警備システムをジャックする必要があるのです。
ともあれ、まずは怪しまれないようにパーティ会場へ。
「おお。豪華ですね~」
パーティ会場には色とりどりのドレスを纏った人々が、提供されている豊富な料理やお酒を味わっている。
「お客様。シャンパンはいかがですか?」
私たちの方にも接客ボットがやってきてシャンパンを勧めてきた。
「いらん。向こうにいっていろ」
「失礼しました」
リーパーはシャンパンを持った接客ボットを追い払い、別の接客ボットが持っていたミネラルウォーターを分捕った。
「さて、退屈そうなパーティだな。この手のNPCが馬鹿みたいに多いイベントはNPCの数に対してイベントが少ない」
「NPCではないですよ……」
「似たようなものだろ」
リーパーは退屈そうにパーティ会場を見渡したのちに肩をすくめる。
「俺たちには挨拶すべき人間も名刺交換をすべき人間もいない。適当に時間を潰して、パーティが終わらないうちにサーバールームへ向かう」
「少し何か食べておきましょう。せっかくですし」
「好きにしろ」
私はせっかくなので出されている美味しそうな料理を味わっておくことに。
う~ん! このカマンベールチーズのカナッペは合成品とは思えなぐらい美味しいですね! こんなチーズは転生して初めてです!
お! お寿司もありますよ!
あ! あっちにはパスタも!
美味しい、美味しい~!
「おい。食べ過ぎだ。そろそろいくぞ」
「は、はい」
思わず食事に夢中になってしまった。仕事の最中なのに油断しちゃいましたね。
名残惜しいですが、そろそろいかなければ。
「こっちだ」
リーパーはさりげなくパーティ会場から抜け出し、そのままホテルのエレベーターで上階に向かう。
「サーバールームは80階に位置している。しかし、エレベーターで行けるのは79階か81階だ。カードキーがなければ80階でエレベーターは止まらない」
「このセキュリティだとカンタレラさんでも無理ですよね」
「あいつがエリュシオンの構造物に簡単に忍び込めるなら、そもそも俺たちがサーバールームをどうこうする必要はない」
そうでした。これはエリュシオンのセキュリティを制圧するために、エリュシオンのサーバールームのセキュリティを潜り抜けるという作戦でした。
「こちらは物理で侵入している。それを活かすだけだ」
リーパーはそう言い、エレベーターは81階で停止した。
「ここにある8105号室を取ってある。そこに入って、まずは換気口にリトルスパイダーを侵入させるぞ」
「了解。周囲に人はいません。手早くやりましょう」
私はテレパシーで周囲を索敵して敵がいないことを確認し、リーパーがエレベーターを降りるのに続いた。
リーパーは真っすぐ8105号室に向かい、生体認証でキーを開ける。
「換気口はこっちだな」
ARの映像でホテル室内の見取り図を確認しながら、リーパーは立派なホテルの室内で換気口を探す。
「しかし、立派な部屋ですね」
「そうか?」
「そりゃあなたのペントハウスと比べたらあれですけど」
私はダブルのベッドが置かれた、広々とした室内を見渡しながら、換気口を開けようとしているリーパーの傍にリトルスパイダーが入ったバッグを運んだ。
「はい、どうぞ」
「ああ。早速始めるとしよう」
リトルスパイダーをバッグから取り出してリーパーに渡し、リーパーは換気口にリトルスパイダーを忍び込ませる。
「作戦開始だ」
リトルスパイダーは事前のプログラムと手動操作で動かされる。
手動操作はARデバイス経由でリーパーが行う。
私はその間、部屋に警備が接近しないか監視を行うのが役割だ。
「リトルスパイダーは順調にサーバールームに近づいている」
少し楽しそうにリーパーはそう言う。
「それ、面白いですか?」
「ああ。こういうミニゲームは好きだぞ。ストレスなく楽しめる」
「さいですか」
まあ、ロボットを操作するとか子供みたいなリーパーが好きそうなものです。
「オーケー。サーバールームに侵入した。警備はいない」
「じゃあ、サーバーに無線端末を」
「分かってる。ちょっと待て」
私がリーパーに促すのにリーパーがARデバイスからリトルスパイダーを動かす。
「…………よし。サーバーに無線端末を接続。これでバックドアができたはずだ」
「カンタレラさんに確認してみます」
「頼む」
私はカンタレラさんにメッセージを送る。
『エリュシオンへの侵入準備完了』
それからすぐにカンタレラさんから返事が来た。
『今から突入を開始する。待ってて』
問題なさそうですね。
「リーパー。カンタレラさんがマトリクスから突入します」
「順調だな。スコアは高そうだ」
リーパーはそう言って笑っていた。
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