TMCから愛を込めて//拉致
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──TMCから愛を込めて//拉致
リーパーがオーウェン・リーの仕事部屋に押し入る。
「クソ。また変動したか。だが、予想通りってもんよ……」
オーウェン・リーはハイエンドモデルのサイバーデッキでぶつぶつと呟いていた。
何とまあ、あれだけの騒動があったのに、オーウェン・リーは全く気付いていなかったのだ。呑気と言うか、危機感がないというか…………。
「どうします?」
「ケーブルを引き抜け。叩き起こさないと拉致できない」
「了解です」
私はオーウェン・リーのBCIデッキに接続しているケーブルを強引に引き抜いた。
「わあっ!?」
オーウェン・リーは驚いて目を覚ます。
「よう、オーウェン・リーだな? 一緒に来てもらおう」
「な、何だよ、お前らは! 護衛はどうした!?」
「ああ。護衛なら死んだぞ。全滅だ。もうちょっと質のいい民間軍事会社の連中を雇うべきだったな」
「そんなっ……!?」
オーウェン・リーは表情に絶望の色を浮かべた。
「さあ来い。ここで首を刎ね飛ばしてもいいんだぞ」
「わ、分かった! 分かったよ! 同行する! 殺さないでくれ……!」
私たちは捕まえたオーウェン・リーを後ろ手に結束バンドで拘束して、ペントハウスから連れ出す。
オーウェン・リーはすっかり諦めており、私たちは無事にマンションを出た。
「さて、こいつはセーフハウスに監禁しておく。そして、パーティまでに持っている情報を全て引き出しておき、問題なくこいつに成り代わる準備をする」
リーパーはSUVにオーウェン・リーを放り込み、私にそう言う。
「私も手伝いますよ。確実に済ませましょう。パーティにはオーウェン・リーの知り合いがいないとは言えど、あまり外れた行動をしたら怪しまれてしまいます」
「分かってる。お前はこいつの姪に成りすますんだから、その情報も聞き出しておけ」
「ラジャ、ラジャ」
私は頷き、SUVの助手席に乗り込む。
そして、リーパーは車を出して、セーフハウスがあるセクター9/1に向かった。
セクター9/1は港湾区画であり、メティスの人工食料ターミナルや日本海軍の軍港、または商業コンテナターミナルなどが存在している。
リーパーのセーフハウスもそんな倉庫が多い港湾部にあった。
「ここだ」
何の変哲もないように見える倉庫だが、あちこちに監視カメラが存在して、キーも生体認証と物理キーの二段構造であったりと、怪しいぐらいにセキュリティが厳重だ。
リーパーはそんな倉庫の扉を開けて私とオーウェン・リーを招き入れた。
「へえ。ここがセーフハウスですか」
「ああ。主に来客用だがな」
なるほど。目につくのは内部にも監視カメラで壁は防音。
拉致監禁用のセーフハウスってわけです。
「さて、そこにお客を座らせておけ」
「了解です。ここに座ってください、オーウェン・リーさん。言っておきますが抵抗しないでくださいね」
スチール製の頑丈な椅子に私はオーウェン・リーを座らせ、それからリーパーが結束バンドで改めてオーウェン・リーを椅子に拘束した。
「まず確認するが、お前はメティスがエリュシオンで開くパーティに招待されている。そのことに間違いはないな?」
「パーティ? あ、ああ……! そうだが、それがどうかしたのか……?」
「オーケー。それに出席するつもりだったんだよな?」
「おいおい。そんなパーティに出たってさらに金をねだられるだけだ。出席しない」
「その旨を向こうに伝えたのか?」
「い、いいや。伝えてない」
私もテレパシーで思考を読んでいますが、今のところ嘘はないので、リーパーに向けて頷いておいた。
「さて、残りの情報も引き出そう。情報があればあるほど偽装は完璧になる。聞けることは聞いておくぞ」
「そうですね。オーウェン・リーさん、あなたには姪っ子さんがいますよね? それについて教えてもらえます?」
リーパーは言い、私はオーウェン・リーに尋ねる。
「め、姪? いるにはいるが……。もう何年もあっていないぞ…………。向こうも俺のことを覚えているか、どうか…………」
「年齢は?」
「ちょうどお前さんぐらい、だと思うけど……」
「それは何よりです」
成り代わるにはちょうどいい。
「お、おい! まさか家族に手を出すつもりじゃないだろうな!?」
「出しませんよ。安心してください」
まあ、こんな状況だと不安になるのは分かりますけれど。
「それより次の質問に答えろ。個人投資家の仲間で同じようにパーティに呼ばれている人間に心当たりはあるか?」
「な、ない、と思う。そもそも俺は現実では他の同業者とはあまり付き合わないんだ……。その、一匹狼気質というか……」
「そうか。そういうのは好きだぞ」
一匹狼とかカッコよく言ってるけど、ただのぼっちでは~?
「さて、他にもいろいろ聞かないとな」
それから私たちは数時間かけてオーウェン・リーを質問攻めにし、次々に彼の個人情報を得ていった。
幸いなのは本当にオーウェン・リーには知り合いと呼べる知り合いや親しい友人の類がいないということだ。
これでぼろが出る確率はぐっと下がった。
「カンタレラ。生体認証IDの書き換えを頼めるか」
質問攻めが終わり、リーパーは倉庫の外に出るとカンタレラさんにそう連絡。
『オーウェン・リーのIDをあんたのIDに書き換えればいいんだね?』
「ああ。よろしく頼む」
『任せて』
これでTMC自治政府と総務省のデータベースを参照してID認証を行う、エリュシオンのセキュリティは突破できるはずだ。
「私の分のIDも忘れないでくださいね」
私も潜入する以上、適切なIDが必要だ。
「そうだったな。カンタレラ、メグ・リーってIDをツムギのために準備してくれ」
『アイアイサー』
それからカンタレラさんが私のIDも準備してくれることに。
「さあて、俺たちは暫く待機だな」
「魔法使いがかぼちゃの馬車とガラスの靴を作ってくれるのを待たないとですね」
「かぼちゃの馬車……? ガラスの靴……? それは何かの隠語か?」
「はあ。そうでしたね。あなたはこういう話を知らないんでした」
まともな大人ならかぼちゃの馬車とガラスの靴で何を言わんとすることを理解できるのですが。彼は世界的に有名な灰被りの話も知らないんですね。
「身分を偽装して、パーティに潜入するおとぎ話のことですよ。私たちにぴったりではないですか?」
「へえ。そんなスパイみたいなおとぎ話があるんだな」
いいえ。スパイをする話ではないです。ロマンスのお話です。
「しかし、リーパー。ひとつ問題があります」
「何だ?」
「エリュシオンへの武器の持ち込みです」
「ああ。それがあったな……」
リーパーの“鬼喰らい”をエリュシオンへ持ち込むのは難しいでしょう。
普通、刀を下げてパーティに参加する人間はいません。それがまして個人投資家であるならばなおさらのことです。
「ジェーン・ドウに頼んで、さきにホテルに忍び込ませておくか……」
「ひとつアイディアがありますけど、聞いてみます?」
「聞かせてくれ」
リーパーはそう私に尋ねる。
「仕込み杖って知ってます?」
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