TMCから愛を込めて//個人投資家
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──TMCから愛を込めて//個人投資家
私とリーパーは喫茶店を出ると、早速オーウェン・リーの拉致に向けて動き始めた。
「まずはカンタレラさんに連絡しておきましょう」
「そうだな」
今回の仕事ではハッカーが必要で、カンタレラさんに仕事を頼むのは確定している。
先に連絡して大丈夫か確かめなければ。
「カンタレラさん。ツムギです」
『ツムギちゃん? どうかした?』
私がARデバイスから連絡すると、すぐにカンタレラさんが応じる。
「仕事の依頼なんですけど、今は手は空いてますか?」
『大丈夫だよ。けど、受けるかどうかは中身次第かな』
カンタレラさんは慎重にそう言った。当然ですね。
「エリュシオンを相手に仕掛ける。付き合えよ」
と、ここでリーパーが通話に割り込んできた。
『エリュシオン? 高級ホテルの?』
「ああ。面白い仕事だぞ。やるだろ?」
『へえ。また随分な大物を相手にした仕事だね。報酬は?』
「ジェーン・ドウからの半分でどうだ?」
『乗った』
カンタレラさんはもうちょっと用心するかと思ったがあっさりと同意。
「じゃあ、そっちに行って仕事の中身を話す。今からいいか?」
『待ってる』
というわけで、私たちはまずはカンタレラさんの自宅へとゴー。
いつものようにエントランスの警備ボットの脇を潜って私たちはカンタレラさんのマンションに入り、エレベーターで12階に昇る。
「来たね、リーパー、ツムギちゃん」
カンタレラさんは玄関で私たちを出迎えてくれた。
「今回もお願いします」
「一緒に楽しもうぜ」
私はリーパーが頭を下げないので、その分頭を下げておきます。
「で、エリュシオンにいる要人がターゲットなんでしょ? どこのどいつ?」
「メティス絡みだ。こいつがターゲットの情報になる」
リーパーはそう言い、ユージン・ストーンの情報をカンタレラさんに。
「メティス情報部の工作担当官ね。楽しそうじゃない」
おっと。カンタレラさんもノリノリのようです。
「まず必要なのはパーティ会場になるエリュシオンに乗り込むためのIDだ。というわけで、オーウェン・リーという個人投資家を拉致して成り代わる」
「オーケー。オーウェン・リーね。調べてみましょう」
そして、カンタレラさんがサイバーデッキからマトリクスにダイブする。
『オーウェン・リーはTMCのセクター4/1のマンション在住だね。そっちに住所のデータを送った』
「受け取った。セキュリティの方はどうだ?」
『かなり厳重。マンションの警備とは別にオーウェン・リーが個人で民間軍事会社と契約している。元フランス外人部隊の生体機械化兵が配置されているみたい』
「へえ。それはいい知らせだ。やりがいがある」
うへえ。また生体機械化兵の相手ですか……。
「その民間軍事会社と大井統合安全保障の間にリンクは?」
『ないね。このマンションで暴れても大井統合安全保障は来ないよ』
「それは何より」
ジェーン・ドウからくれぐれも静かに仕事をやるように言われている。
本番の前にドンパチして目立ってしまっては困るのですよ。
『一応こっちで通信妨害もやっておくから、多少はごり押ししても大丈夫。リーパーはそうしたいんでしょう?』
「まさに。流石は俺のことが分かっているな」
『あんたとの付き合いももう長いから』
カンタレラさんは少し呆れたようにそう言っていた。
「さて、やつの居場所は分かった。早速仕掛けるか」
「作戦は?」
「必要ない」
「また押し入ってドーンって感じですか?」
「不意打ちはするぞ」
またこのパターンですよ。またリーパーはタイムアタックをするつもりのようです。
「では、私は可能な限り支援します。あなたに死なれると困りますから」
「そうしてくれ」
いずれ殺し合う関係だとしても、今リーパーに死なれるわけにはいかない。
彼にはこの仕事の成否と私の生活がかかっているのだ。
「しかし、オーウェン・リーのIDを奪ったとして、ちゃんとオーウェン・リーの振りできますか? 個人投資家らしく振る舞えます?」
「個人投資家なんてただのギャンブラーだろう。ギャンブルをやる連中の特徴は知っている。一時の衝動に人生を賭ける大馬鹿野郎どもだ。何せ俺自身も自分の命でギャンブルをやってるしな」
「さいですか」
それから私たちは車でセクター4/1に入り、そこにある高層マンションの前でリーパーは車を止めた。
この高層マンションにオーウェン・リーは暮らしている。
『マンションの構造物を制圧。通信妨害を始めたよ、リーパー。いつでも始めて』
「オーケー。殴り込みだ」
マンションのエントランスには警備ボット2体が配置されており、自動小銃を持ったそれらがリーパーと私の接近に反応した。
「止まってください。IDをスキャンします」
「お断りだ」
リーパーは警備ボットに向けて残忍な笑みを浮かべてそう言い放つ。
その直後2体の警備ボットは分解されたようにばらばらになり、残骸だけがエントランスに散らばった。
「さあ、タイムアタック開始だ。行くぞ」
「はいはい」
私たちはエントランスの扉を蹴り破ってマンションに乗り込む。
それからすぐにエレベーターに乗り込み、そのままオーウェン・リーがいるペントハウスを目指した。
『ペントハウスのキーはハックしているから問題なく開くよ。無人警備システムも乗っ取ったから中を見ているけど、敵はまだ襲撃に気づいていない』
「カンタレラさん。敵の規模とオーウェン・リーの居場所は分かりますか?」
『もちろん。オーウェン・リーは自分の仕事部屋にこもっている。敵の規模は生体機械化兵が4名。旧式ながら全員が電磁ライフルで武装しているよ。気を付けてね』
「了解です」
私たちのARにカンタレラさんがハックした無人警備システムの情報が送られてくる。
ごつい軍用機械化ボディを装備した男女が4名。その手には大口径電磁ライフルだ。
「ノーアラートでボーナスだな」
「隠密でもやるんです?」
「ああ。素早く、静かに」
リーパーはそう言いながらARデバイスに映る監視カメラの映像をマークする。
「ベランダと階段にいるのはお前が殺れ。俺はリビングと仕事部屋前にいるのを殺る」
「作戦、ですね」
「作戦と言えば作戦かもな」
大雑把とは言え、どう行動するべきかは示された。
私はベランダとその近くにある階段に配置された敵を。
リーパーはリビングとその奥にある仕事部屋に配置された敵を。
エレベーターは急速にペントハウスに向けて登っていく。
カンタレラさんがハッキングしているおかげでペントハウスまでは直通であり、私たちは無事にペントハウスのある最上階に到達。
「やるぞ。3カウントだ」
「了解」
3──────リーパーがエントランス前で“鬼喰らい”の柄を握る。
2────私は内部の人間の思考を読んで警戒されていないことを確認。
1──リーパーが私の方を見て不敵に笑って見せる。
ゼロ。
「そらっ!」
エントランスを蹴り破り、リーパーが駆ける。
「何だ、お前たち──」
手前にいたリビングの敵をリーパーが一瞬で斬り捨て、彼はその奥に向けて疾走。
「えいやっと!」
私は視界に入ったベランダと階段の敵の首をテレキネシスでねじる。金属の断裂する音が響いて生体機械化兵の首がねじ曲がった。
この攻撃手段は敵が無警戒かつ動く様子がない場合には使える。
瞬く間に敵戦力が半減し、最後の敵にリーパーが迫った。
「貴様、襲撃者かっ!」
生体機械化兵が電磁ライフルの銃口をリーパーに向けて引き金を引く。
電気の弾ける音が響いて口径12.7ミリの大口径ライフル弾が極超音速で放たれた。
「ぬるい」
リーパーはそれを“鬼喰らい”であっさりと弾くと、敵に肉薄。
「こいつ、サイバーサムライ────」
「あばよ、ブリキの兵隊」
その首を刎ね飛ばした。
ナノマシン入りの血液が仕事部屋の扉に吹き付けられ、生体機械化兵は音を立てて崩れ落ちた。
「残念だがノーアラートとはいかなかったな」
「十分では? オーウェン・リーを確保しましょうよ」
「ああ。仕事を果たすか」
リーパーは“鬼喰らい”から血を払うと、仕事部屋の扉を蹴り破った。
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