都市伝説//ミネルヴァ
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──都市伝説//ミネルヴァ
ミネルヴァ。
それが私に脳を破壊するインプラントをインストールした組織の名だ。
「カンタレラに調べてもらうか?」
ジェーン・ドウに会った喫茶店の帰りでリーパーがそう尋ねる。
「ええ。彼女にお願いしてみましょう」
「じゃあ、あいつの家に行くぞ」
「連絡してからですね」
私がARデバイスでカンタレラさんに連絡する。
『ツムギちゃん? どうかしたの?』
「カンタレラさん。お願いしたいことがあって連絡しました。例の私のインプラントに関わることで新しい情報があって」
『分かった。うちに来る?』
「そうします」
こうして連絡したのちに私とリーパーはカンタレラさんの自宅に。
「で、新しい情報って?」
カンタレラさんは私たちを自宅に招き入れ、すぐにそう尋ねる。
「まず、TMCでの非合法な治験の話は事実でした。その治験を行っていた組織は、私にインプラントを埋め込んだ組織と同一のものだということです」
「なるほどね。その点はあたしの読みは当たりだったわけだ」
「ええ。そして、その組織の名前はミネルヴァと呼ばれているそうです」
「ミネルヴァ……。だからフクロウのマークが…………」
そう、フクロウのマークがあるクリニックのことです。
「ミネルヴァだとどうしてフクロウが付くんだ?」
ここで疑問だとばかりにリーパーが尋ねる。
「そもそもミネルヴァって何か理解してます?」
「いや。何かの女神だとはジェーン・ドウは言っていたが」
「そこからですね」
私はリーパーに向けて説明を始める。
「ミネルヴァというのはローマ神話に出てくる知恵や魔術、戦争などを司る女神です。この女神は知恵の象徴としてフクロウとセットで描かれることがあるんですよ」
「へえ。戦争の女神か。そいつはご利益がありそうだ」
「あなたにはそうかもしれませんね」
リーパーの感想に私は肩をすくめた。
「ところで、カンタレラさんはこれまでミネルヴァという組織の話を聞いたことは?」
「ないね。そう言う噂は全く。調べてみても、それこそローマ神話のミネルヴァの話ばかり出てくると思うけど」
「そうですか……」
ここから何か分かっていき、事態が好転することをちょっととは言え期待していただけに落胆も大きい。
「まあ待ちなって。落ち込むのは早いよ。ミネルヴァという名前だけなら何も分からないかもしれないけど、先に摘発されたクリニックの件と合わせて探せば何か見つかるかもしれない。少なくともとっかかりにはなる」
「本当ですか?」
「あまり期待せずに待っていて」
「お願いします」
私はカンタレラさんにそうお願いしておいた。
「じゃあ、早速探してみるよ」
カンタレラさんはそう言い、マトリクスにダイブしていった。
「ミネルヴァも女神の名前だったが、メティスも女神の名前だったな」
「ええ。メティスはギリシャ神話ですね」
「何か関係あると思うか?」
「どうでしょう? 神様の名前を社名にする企業はさほど珍しくはありませんから」
「そうか」
私の言葉にリーパーはそれ以上何も言わなかった。
「しかし、ミネルヴァって連中を特定したとしたら、どうする?」
「それはまだ決めていません。ですが、この件はジェーン・ドウも気にしているはずです。彼女は私にインストールされているインプラントに興味を持っている人間がいると言っていたのですから」
あなたがあの施設に派遣されたのも、そういう理由でしょうと私はリーパーに言う。
「そうだったな。結局、収穫らしい収穫はお前を連れ帰ったぐらいだが」
「今度はもっと収穫があるといいですね」
「全くだな」
私としてもパラテックなる不可思議な技術で作られたインプラント──Ω-5インプラントについて早く理解しておきたい。
そうすることが生き残ることに繋がるのだから。
リーパーは生きようとすることこそ生命が生命である所以だと言っていましたね。そういう意味では私はまさに魂を有する生き物です。
そんな話をしながらカンタレラさんが戻ってくるのを待つと、マトリクスにダイブしている彼女から連絡がARデバイスに来た。
『ツムギちゃん。ちょっと調べてみたよ。フクロウのクリニック、非合法治験、そしてミネルヴァって組織の関係について』
「どうでした?」
『いろいろと整理はしなければいけないけど、生の情報としてまずは伝えるね。フクロウのクリニックはTMC及び日本のいかなる公的機関からも認められていないことが分かった。完全な闇クリニックだ』
カンタレラさんがそう説明する。
『彼らが検挙されたのはこの前が初めてではなく、以前にも摘発されている。そのときの様子の資料だと、やはり大量の身元不明の死体が見つかっているね』
「それについてもっと調べられますか? どこかのメガコーポがそれに関して動いたとか。些細な情報でもいいんです」
『難しいね。表向きに動いているのは大井だよ。けど、TMCは彼らの庭だから当然だと言える。他に動いているメガコーポの類は噂にすらない』
「そうですか……。私としてはこれは間違いなくメガコーポ絡みだと思っているのですが…………」
『私もそれには同意するよ。パラテックにはメガコーポが関係しているってのは、多くの都市伝説で語られているから』
前に聞いた限りでは他にパラテック関係の噂に上がったのはアメリカ中央情報局や他の諜報機関、あるいはエリア51といった軍の機関だ。
今はアメリカ中央情報局ですら情報活動をメガコーポに外注し、軍の任務の多くも民間軍事会社にとって代わられている。
そんな状況で諜報機関や軍に代わってパラテックという超常現象に関わっているのは、間違いなくメガコーポであろう。
少し前ならば馬鹿らしいと思ったオカルト染みたことも、今となっては真剣に考えなければいけないことだ。
生き残るためにも。
『で、マトリクス上にあるこれらの闇クリニックの情報と一緒にミネルヴァとそれに関係する単語を組み合わせて検索エージェントを走らせてみたところ、少しだけ情報が集まったよ』
カンタレラさんが続報を伝えてくる。
『これも都市伝説だけど『フクロウに関係するものがあるクリニックは患者を殺してる』とか『TMCの闇クリニックの中にはスナッフフィルムの撮影が行われている』とか。特にフクロウ関係の噂はいろいろあるあたり、胡散臭いね』
「ええ。フクロウとピンポイントで指定があるのは、やはりそういうことでしょう」
私がセクター13/6にいたころも闇クリニック関係の噂は聞いたことがある。
安い分、手術のときに臓器を取られるとか。企業が実験体として拉致していくとか。あるいは人間を殺してハンバーガーにしているとかいう噂まであった。
しかし、特定の闇クリニックを指定したものはなかったと思う。
「それでは今後も情報が集まればお願いします。報酬はお支払いしますので」
『いいよ。都市伝説の調査はあたしも趣味みたいなものだし』
「それでも報酬はしっかり払わせてください」
『じゃあ、また今度どこかに飲みに行く時に奢ってくれるぐらいで、よろしく!』
「分かりました」
カンタレラさんはいい人だ。
「オーケー。そろそろ帰るか?」
「ええ。そろそろ失礼しましょう」
退屈そうにしていたリーパーがそう言い、私も立ち上がる。
それからカンタレラさんのマンションを出て、私たちはセクター3/1の自宅へ。
「やはり不安か?」
帰りの車内でリーパーがそう尋ねてくる。
「不安と言えば不安ですよ。少し間違えば死ぬことになるんですから」
「そうだな。お前は生きようとしている。強く生存本能が働いているんだろう」
「そんな人が本能だけで生きてるみたいな」
本能で生きているのはあなたの方でしょうと私。
「本能も分解すれば数学と化学になると聞いたことがある。俺たちの全ての行動は結局は化学式と数式で表せるものであって、そこに獣と人間の区別はないとも」
「珍しく知的な話ですね」
「そうか? 俺としてはそんな話はクソ食らえだと思っている。化学式と数式で表せるから何だと言うんだ? ダヴィンチの作品だって絵具の化学式と色彩のパターンという数式で示せるが、だからと言ってダヴィンチの情熱が否定されるわけじゃない」
確かに数式と化学式で表せたとしても、そこにある感情を説明したことにはならないでしょう。
「ゲームだってそうだ。全てはプログラムのコードで示せるとしても、ゲームから受けた感情は人それぞれのものであり、本物だ。だから、俺はこの世界をゲームだと思っている。ゲームは楽しいからな。喜びの感情は俺が大事にしているものだ」
「さいですか」
珍しくリーパーが理性的な話をしているかと思ったが、彼はやっぱりゲーム感覚でいるらしい。
「お前も自分の感情に嘘は吐くな。決していいことになりはしない」
リーパーはそう言い、セクター3/1に戻っていった。
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