飼い主の飼い主
本日3回目の更新です。
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──飼い主の飼い主
リーパーは頭がおかしい。
私はそう結論した。
この男は私とまた殺し合うために、私を生かして連れ帰ったのだ。これが頭がおかしくなかったら、何を頭がおかしいと呼べばいいのです?
「お兄さん。あなたは正直言ってどうかしてますよ」
「そうか? 俺は普通だと思っているけどな」
「自覚もなし……」
これはかなり厄介なタイプの狂人だ。
「俺の提案に異論はないだろ。あったとしても聞く気はないが」
「拒否権はないというわけですか」
「ない。それにお前はこのまま俺のところを離れても死ぬだけだぞ」
「…………え?」
リーパーがさらりと告げた言葉に私はぽかんと口を開く。
私がどういうわけか尋ねようとしたとき、来客を知らせるブザーが鳴った。
「お客さんだ」
リーパーはそう言い家事ボットを接客に向かわせる。
それから家事ボットが戻ってくると同時に連れて来たのは──。
「リーパー。随分と勝手な真似をしてくれましたね」
喪服のような真っ黒なビジネススーツ姿の若い女性だ。
ジャケットもスカートもネクタイも黒い。
リーパーに負けないぐらいの長身に女性的な体つきの人物で、濡れ羽色の髪を長く背に伸ばしている。そんな整った顔立ちの女性は、その血のように赤い瞳で責めるようにリーパーを見ていた。
「ジェーン・ドウ。そう言うなよ。仕事はちゃんとやったぞ」
「当たり前です。ですが、現場から余計なものを持ち帰ったでしょう」
次にジェーン・ドウと呼ばれた女性は私の方に視線を向ける。まるで道端に落ちていたネズミの死体でも見るよな、そんな冷たい視線だ。
「何も持ち帰るなとは言われてなかったからな」
「はあ……。面倒なことをしてくれましたね」
それからジェーン・ドウはしげしげと私の方を見てきた。
「この娘の名前は?」
「確か13番だ」
ジェーン・ドウのその問いにリーパーが軽く答える。
「……ツムギです。13番は地下施設の人間がつけた番号で…………」
「そうなのか?」
「そうですよ」
リーパーは初めて聞いたという顔をしている。あなた、あそこで私について調べたんじゃなかったのですか……?
「ところで、この女性は?」
「俺の飼い主だ。お前にとっては飼い主の飼い主だな」
「はあ。そうなんですか?」
私の問いにリーパーが『面白いことを言ってやったぜ』という風に笑って言うが、私にはまだその意味が呑み込めていない。
「ええ。私はそこの散歩に行くたびに他の犬を追い回す駄犬の飼い主ですよ、ツムギさん。ですが、今はあなたの話をしましょう。あなたの生殺与奪権は私が握っていると思ってください」
ジェーン・ドウはリーパーとは対照的に淡々とした口調でそういう。
「資料によればあなたが相手の思考が読めるそうなので、ここは正直に言いましょう。あなたはそう長くは生きられませんよ」
「それはどういう…………」
「あなたの脳のインプラント。Ω-5という未知のインプラントはあなたの脳を侵襲しています。今もなおです。それを安全に取り外さなければ、あなたはいずれ脳を完全に破壊されて、死ぬことになるでしょう。残念ですが」
ジェーン・ドウは全く同情などしていない冷淡な口調で、そう私に語った。
「そんな!」
「そんな、と言われましても。私があなたにそれをインストールしたわけではありません。そして我々は地下の研究所からデータを回収しましたが、あなたのその問題を解決できる手段は見つかっていません」
じゃあ、死ぬのか? あれだけ苦しい目に遭っても耐えたのに結局死ぬのか?
私は深い絶望に突き落とされていた。
「ジェーン・ドウ。お前がその話を話さなくてもいいのにわざわざ持ち出したということは、つまりこいつの働き次第ではどうにかしてやるってことだろ? あまり意地悪をしてやるなよ」
そんな状態の私を見かねたのか、ここでリーパーがジェーン・ドウの態度に呆れた様子ながらそう言う。
「まだそれは決まっていませんし、本当に解決策はまだ見つかっていないのです。ですが、そうですね。ツムギさん、私はあなたにふたつの選択肢を提案しましょう」
リーパーの言葉を受けてジェーン・ドウは私の方に人差し指と中指を立てて告げる。
「ひとつは私の飼い犬になって仕事に従事する道。これを選べば私はあなたの問題を解決するための手段を探してあげましょう」
「もうひとつは?」
「先の申し出を断ること。あなたの頭のインプラントは我々にとっても興味深いものです。再びあなたをモルモットにしたがっている人間は大勢いる。最悪、死体からそのインプラントを剥ぎ取るだけでもいいという話も出ています」
「抵抗したら?」
「リーパーに処理させます」
やや諦観を含んだ私の問いにジェーン・ドウはリーパーの方を見て、リーパーは肩をすくめて『仕方ないだろ。飼い主のいうことだし』という顔をしていた。
私がいくら超能力が使えてもリーパーに勝てないことは既に把握されている。抵抗した途端、今度はリーパーが私の首を刎ね飛ばすんだろう。
「選択肢はひとつしかないような気がするんですけど」
「では、決めたのですね?」
「提案を受けます。あなたの飼い犬になる。それでいいんですよね?」
「賢い選択です」
よくできましたとでも言うようにぱちぱちとゆっくりジェーン・ドウが拍手する。
「あなたのことはリーパーが管理します。リーパー、あなたが拾った犬なのだからちゃんと世話はしなさい。いいですね?」
「もちろんだ」
私の扱いは完全に犬猫のそれになっていた。
「あの、私がいた施設を調べたんですよね? 何か分かったことはないのですか?」
「仮に分かったことがあったとして、どうしてあなたにそれを説明する義務が私にあると思っているのですか?」
立ち去ろうとするジェーン・ドウに尋ねるが彼女から帰ってきたのは冷たい言葉。
「ジェーン・ドウ。少しぐらい教えてやれよ」
「犬を甘やかすとろくなことはありませんよ。しつけに失敗した犬ほど手に負えないものはありませんからね。私がそれを実感しています」
「へえ。お前も大変だな」
他人事のようにリーパーが言うのにジェーン・ドウが『誰のことだと……』と忌々しいげに小さく呟いた。
「地下施設の持ち主は我々が前から警戒していた組織です。詳しいことはまだ分かっていませんが、彼らはどこかのメガコーポの下請けだとみています。メガコーポのために非合法な人体実験をしている組織だと」
「それだけですか?」
「今のあなたに話せるのは、ですね。これ以上、私から情報を得たければ私のために働きなさい。働きに見合った対価は与えるつもりです。リーパーが仕事をこなして、この豪邸を得たようにですね」
「……分かりました」
「素直でよろしい」
ジェーン・ドウは本当にこれで最後というようにそう言い、それからリーパーの自宅を去った。家事ボットが見送りをし、リーパーは見送らなかった。彼は私の方をずっと見つめていた。
「ジェーン・ドウの言っていることは事実だ。俺もあの施設の資料で確認した。お前の脳みそは今も破壊されつつある。とは言え、明日明後日で死ぬわけじゃない。時間的な猶予はそれなりにある」
リーパーは私を安心させたくて言っているのか分からないが、彼の知っていることを語り始めた。
「見た限り連中は実験のほとんどに失敗していた。科学的な成果はほとんどなく、ただただ死体の山を作っていた感じだ。その頭に入っているインプラントも手当たり次第に集めた被験者に叩き込んでいたが、成功したのはお前だけ」
「私だけ……」
「ああ。だから、運に見放されたと考えるにはまだ早い。お前はまずひとつの運命の境目で運に恵まれて生き残った。そういう人間はそう簡単には死なない」
「……どうしてそう言いきれるのですか?」
「長年の勘だよ。修羅場を潜り抜けてきた経験者のな」
そうにやりとリーパーは笑って見せた。
「私も死にたくはないので、そう願いたいですね。本当に」
どの道、私には選択肢はない。
犬になってでも生き残れるならば、私はそうしよう。
私はまだ死にたくないのだ。
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