コロシアム//イヴァン雷帝
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──コロシアム//イヴァン雷帝
タイタンとモンゴリアンデスワームのマッチが開始された。
タイタンは腕全体に特殊なインプラントを入れているらしく、まるで杭打機のようなパンチを繰り出す。
モンゴリアンデスワームの方も高度に機械化しているのは間違いなく、ぬらりぬらりと不思議な動きでタイタンの猛烈なパンチを躱しては反撃を試みていた。
勝負が決まったのは試合開始から4分の時点。
タイタンが盛大にパンチを空振りし、すかさずモンゴリアンデスワームのカウンターが決まった。鞭のようにしなるハイキックがタイタンの側頭部に叩き込まれ、タイタンが地面に崩れ落ちる。
だが、そこで勝負は終わりではなかった。
モンゴリアンデスワームはタイタンに馬乗りになり、顔面を滅茶苦茶に殴り始めたのだ。ナノマシン入りの鮮血が舞い散り、観戦客たちの歓声が上がり、モンゴリアンデスワームが雄たけびを響かせる。
あーあ。タイタンの方は酷い状態です。顔面は原形をとどめていません。
「勝者は────っ! モンゴリアンデスワームッ!」
そして、進行のバニーガールボットが宣言して、モンゴリアンデスワームが檻の中でタイタンの死体を足蹴に勝ち誇る。
「勝ちましたね、リーパー」
「なかなか面白い代物だな。得物はなしで、自身の肉体とインプラントだけで戦う。勝敗は相手が死ねば勝利、と。そそられるな」
「はあ。とりあえずタイタンとモンゴリアンデスワームはインプラントの持ち主ではないということでいいですか?」
「そう考えていいだろう。それらしい動きはなかった」
戦闘に関してはプロであるリーパーの言葉だ。間違いはないでしょう。
「では、どうします?」
「もう何試合が見てみる。俺が直接相手をした方が分かりやすくていいんだがな」
「今は我慢してください。怪しまれてしまいます」
「はいはい」
リーパーと私はそれから『コンモドゥス』での試合を何試合か観戦し、その都度それなりの金額を賭けた。
「こいつじゃない」
「こいつでもないな」
「平凡すぎる」
「つまらん」
「はあ…………」
「違うな」
しかしながら、リーパーのお眼鏡にかなった人間はいない。
「最終マッチの時間です!」
ここでバニーガールボットが最終試合を知らせる。
「皆さま御待望のマッチでございます! そう、我らがヒィィーロォォォォ──!」
バニーガールボットが大音量で叫ぶ。
「イヴァン雷帝ェェェェ──────ィ!」
大歓声とともに現れたのは、2メートル以上は確実にある巨躯の人間。
恐らくはスラブ系の人間であることに間違いはなく、その顔には深い傷跡がいくつも刻まれている、そんな強面だ。
纏っている統一ロシア空挺軍の青と白のテルニャシュカに迷彩柄のズボンは、彼の人物像である元特殊任務部隊オペレーターというものを物語っていた。
「対するは今日のチャレンジャー! スゥゥーパァァァァーソニックッ!」
おお。こちらは明らかに軍用グレードの機械化ボディを装備した生体機械化兵じゃないですか?
こちらも元軍属でしょうか……?
「では、イヴァン雷帝VSスーパーソニックのマッチ開始まで5秒です!」
デジタル音声とAR映像でのカウントが再び開始される。
5──歓声が次第に落ち着ていく。
4──イヴァン雷帝が深く姿勢を構えて拳を握り締める。
3──スーパーソニックもしゅっしゅっと軽く拳を動かし構える。
2──観客たちが息を飲む。
1──イヴァン雷帝のインプラントの眼球が赤く輝いた。
0────開戦。
まるで瞬間移動でもしたかのようにスーパーソニックの方が動き、イヴァン雷帝の側面に一瞬で回り込んだ。
しかし、スーパーソニックから打撃が繰り出される前に、イヴァン雷帝は身を低くしてするりとスーパーソニックの間合いから逃げ出す。
それとほぼ同時にイヴァン雷帝は足払いでスーパーソニックの姿勢を揺さぶった。
スーパーソニックの機械化された巨体が揺れ、イヴァン雷帝が低姿勢からのアッパーをスーパーソニックの顎に決めた。
スーパーソニックは大きく吹き飛ばされるが倒れることだけは避けた。
「へえ。こいつはなかなか面白いな……」
これまであまり興味がない様子だったリーパーが試合の様子に声を上げる。
「興味があるみたいですね?」
「ああ。スーパーソニックの方はメティス製のテュポーン・コンバット・システムを改造したものだ。あれはかなり高度な機械化ボディで軍用品として採用している国や民間軍事会社が多くある」
「それを相手にしているイヴァン雷帝は?」
「ベースになっている機械化ボディは前に相手にした統一ロシア空挺軍のそれと同じはずだが、動きがかなり違うな。連中は射撃の精度ばかり重視していて、近接格闘はおろそかだったはずだが、こいつは違う」
リーパーはそう指摘してイヴァン雷帝の戦いぶりを眺める。
戦闘はあれからイヴァン雷帝による一方的な虐殺になっており、スーパーソニックは起き上がっては殴り倒されるのを繰り返していた。
スーパーソニックは血まみれになりながらも立ち上がり、イヴァン雷帝に挑むがイヴァン雷帝は強力なキックとパンチで相手をコンクリートの床に沈める。
もうこうなると猫がネズミをいたぶるのと同じことだ。
もはや完全にスーパーソニックは玩具にされており、イヴァン雷帝は観客が喜ぶようにスーパーソニックをいたぶっていく。
イヴァン雷帝のパンチでスーパーソニックの腕が取れて電気が飛び散り、同時にナノマシン入りの血液が噴き出す。
「た、助けてくれ!」
ついにスーパーソニックは悲鳴を上げた。
「おおっと! ここでスーパーソニックが白旗を上げました! ですが、皆さん! これはどうしますか!? 彼の運命はお客様たちの手の中にあります!」
バニーガールボットが観客に向けてそう尋ねる。
「殺せ!」
「殺せ、殺せ、殺せ!」
「殺せーっ!」
すると観客たちは口々にそう叫ぶ。
古代ローマのコロシアム、そのまんまですね……。悪趣味な…………。
「残念ながら観客の答えは死です! イヴァン雷帝──!」
バニーガールボットがそう言い、イヴァン雷帝は無表情にスーパーソニックの頭を掴むとそのまま彼の頭をねじ切ってもぎ取った。
鮮血が吹き上げ、コンクリートの地面が血に染まる。
「オオオオォォォォ────ッ!」
それからイヴァン雷帝は雄たけびとともにスーパーソニックの首を掲げた。
「おおおおっ!」
「いいぞー!」
「最高だ!」
イヴァン雷帝の残忍なパフォーマンスに悪趣味な観客も大満足のご様子。
「どうです、リーパー? 問題のインプラントに関わっている人でしょうか?」
「妙なインプラントをインストールしているのは間違いない。だたジェーン・ドウが探しているやつかはまだ分からん。このあとやつに直接聞いてみればいいだろう」
「え? 直接ですか?」
「ああ。楽屋に行くぞ。ロシア生まれのモンスターとお喋りの時間だ」
リーパーはそう言って席から立ち上がる。
「しかし、リーパー。何だかんだで、全ての試合で勝ちましたね?」
「ん? まあな。どうでもいいことだが」
「嗅覚ってやつですか?」
「そうとも言うな。あまり気にするな」
リーパーはこれまで行われた全ての試合でそれなりの金額をかけ、その全ての賭けに勝利している。
彼は勝負運が強いのでしょうか? それとも何か別の能力が……?
「ほら。いいから行くぞ。ツムギ」
「はいはい」
私はリーパーに連れられて『コンモドゥス』の控室に向かう。
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