コロシアム//『コンモドゥス』
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──コロシアム//『コンモドゥス』
「で、どこから入るんだ?」
「どこからでしょうね?」
建物の場所は分かったものの、1階には寿司屋さんが入っており、地下への入り口など見当たらない。表から見えている階段も地下には通じていなかった。
『案内するからまずは寿司屋に入って』
「了解」
私たちはカンタレラさんに言われて寿司屋に入る。
「らっしゃい」
寿司屋は接客ボットが1台設置されているだけで、客はひとりもいない。お寿司も全く回っていない。板前さんも見当たらない。
……お寿司屋さんらしいものは回転寿司のレーンだけである。
『その接客ボットに偽造した会員証を送信して』
「おい、そこのポンコツ。こいつを見ろ」
リーパーはカンタレラさんの指示に従って、会員証を接客ボットに提示。
「いらっしゃいませ、お客様。こちらへどうぞ」
接客ボットは私たちを先導して、店の奥に案内する。
「これにお乗りください」
本来厨房だった場所に武骨な形の業務用エレベーターが設置されており、私たちはそれに乗るように促された。
ガコンと音を立ててエレベーターは降下を始める。
それなりの速度で降下していったエレベーターがついた先は────。
「ようこそ! 『コンモドゥス』へ!」
華々しいバニーガール姿の女性──と思ったが、よくみれば接客ボットに出迎えられ、私たちは地下闘技場である『コンモドゥス』のエントランスに立った。
この『コンモドゥス』は外観はナイトクラブのような見た目で、名前にあるようなローマ要素は全くない。
「会員証を」
ここで用心棒と思しき大柄な人間が私たちにそう求め、私とリーパーは会員証を提示した。
「楽しんでいってください」
用心棒はそう言い、私たちは『コンモドゥス』の中へ。
「さて。無事に潜入できたな」
リーパーはそう言って周囲を見渡す。
外観と違い『コンモドゥス』の内装は割と大雑把だった。
剥き出しのコンクリートの壁。合成酒の並ぶバー。質素なインテリア。
だが、その中央にあるものこそが目玉とすれば、それらは些細な事。
中央には猛獣でも飼育しているような巨大な檻があり、その檻の中のコンクリートの床には黒ずんだ血液の跡が生々しく残っている。
間違いなくここで殺し合いが行われているのだろう。
「ほう。面白そうだな」
リーパーは真っ先にそれに興味を示した。
「リーパー。その前にここが本当に例のインプラントが目撃された場所なのか調べないといけないですよ。どうします?」
「そうだな。聞いて回るわけにはいかないだろうから、ここは何試合か見てみるか」
「…………ただ単に見たいだけではないですよね?」
「馬鹿言うな。俺は他人が殺し合ってるのを楽しむ趣味はない」
確かにリーパーは目の前で殺し合いが行われていたら眺めているより、自分も嬉々として参加するタイプですが。
「それに、だ。どういう形式で殺し合いが行われているのか分からなければ乱入のしようもないしな」
「ですよね」
そんなところだろうと思いましたよ。
「しかし、どういう風に賭けたり、観戦したりするんでしょうか」
「聞けばわかるだろう」
「潜入中なのに目立つのは……」
「何もしない方が目立つ」
リーパーはそう言い、バーのカウンターにいる接客ボットの前に座る。
「なあ、試合はいつ始まるんだ?」
「次の試合は15分後に開始されます。試合に賭けたい場合には、向こうにいる専用の接客ボットにお申し付けください。賭けは試合開始5分前には締め切られます」
「ありがとよ」
「観戦のお供にお飲み物はいかがですか?」
「酒は飲まん」
バーテンダーを務めている接客ボットにリーパーはそう吐き捨て、バニーガールのコスプレをしている女性型の接客ボットに向かった。
「おい。賭けたいんだが、試合の内容を教えてくれるか?」
「もちろんです! 次の試合は注目の大激戦! アイアンアームのタイタンVS恐怖のモンゴリアンデスワームです!」
「へえ」
モンゴリアンデスワームって……。
まさかあの都市伝説の化け物が出てくるわけじゃないですよね…………?
「最近、連勝しているような、そんな面白いやつはいないのか?」
「それならば注目すべきは、この『コンモドゥス』の一番人気! 統一ロシアから送り込まれたモンスター────イヴァン雷帝です!」
バニーガールボットがそう言うと、彼女から私とリーパーのARデバイスにデータが送信されてくる。
「イヴァン雷帝。元統一ロシア空挺軍の特殊任務部隊オペレーター。第二次ロシア内戦で確認殺害戦果196名の殺人のプロ、と。へえ、面白いな……」
「イヴァン雷帝の試合は今日も目玉です! 是非とも観戦なさっていってください!」
「ああ。そうする。とりあえず次の試合はモンゴリアンデスワームに5000新円だ」
リーパーはそう言ってバニーガールボットに送金し、この場を離れた。
「しかし、イヴァン雷帝ですか。ヤクザの経営する場所でロシア人の殺し屋とは」
「グローバリゼーションってやつだな」
地下闘技場で戦う殺し屋すらも海外から仕入れる。
それもグローバリゼーションなのでしょうか。世界は小さくなったものです。
ところで、とリーパーが尋ねる。
「このモンゴリアンデスワームってトンチキな名前には何か意味があるのか?」
「そういうトンチキな生き物がいるって都市伝説があるんですよ」
未確認生物ってやつですと私。
「未確認生物か。トンチキな話だな」
リーパーはすぐに未確認生物にもモンゴリアンデスワームにも興味を失った。私も彼がこのことに興味があるなどとは思っていませんでしたよ。
「そろそろ試合が始まるみたいですよ」
「さて、嫌みな金持ちの密度も高くなってきたな」
「そうですね」
地下闘技場にはいつの間にかブランド物の衣服に身を包んだ人間が集まっていた。一着でTMCセクター1桁に家が建つようなブランド物だ。
男女のペアであったり、男だけ、女だけであったり、または性別が分からなかったりといろいろな人種ですが、恐らく全員が金持ちなのでしょうね。
「客の方を見ておけ。ジェーン・ドウは技術の漏洩を問題にしている。漏洩させた人間が呑気に試合を眺めている可能性もある」
「合点」
この地下闘技場で行われているのは賭けだ。ギャンブルだ。
それにイカサマをするために、無敵のインプラントを漏洩させた困った企業の人間がいるのかもしれない。
今も何食わぬ顔をして、金を賭け、試合を見ている可能性はあった。
私は適当にテレパシーでそれっぽい格好の人間の思考を盗み見るが、それらしい人間はヒットしなかった。
となると、モンゴリアンデスワームの試合は関係ないのかも?
「皆さま、お待たせしました! 本日の第1試合! タイタンVSモンゴリアンデスワームのマッチです!」
ここでバニーガールボットがそう宣言。
うおおおおおおっ──────と場が盛り上がり、控室から中央の檻の中にばちばちに機械化した2名の男性が姿を見せる。
ひとりは見るからに巨体のアフリカ系で、もうひとりは背中に巨大なミミズのような生き物──つまりモンゴリアンデスワームの入れ墨を入れたアジア系。
「皆さま知っての通り、当『コンモドゥス』ではただの喧嘩をお見せするわけではありません! 生きるか死ぬかの戦いをご覧になっていただくのです!」
バニーガールボットのその声にさらに歓声が上がる。
また悪趣味な……。
ここにいる人々はスポーツ観戦やスポーツ賭博というよりも、人が殺されるのを見に来ているのでしょうね。全く……。
「それではマッチ開始まで5秒!」
機械音声とARグラフィックで5秒のカウントダウンが開始される。
5、4、3、2、1────。
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