コロシアム//ジェーン・ドウ
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──コロシアム//ジェーン・ドウ
私たちはジェーン・ドウに呼び出されて、セクター4/2の喫茶店に向かう。
いつものように個室に入るとジェーン・ドウが待っていた。
「今日は映画鑑賞をしていたとか。有意義な時間は過ごせませたか?」
「ほどほどには」
ジェーン・ドウが尋ねるのにリーパーはそう返す。
「結構です。映画鑑賞は素晴らしい娯楽であり、有意義なものです。ですが、世の中にはしょうもない娯楽に夢中になる人間がいるものでして。そういう人間は人生の限られた時間を無駄遣いしていると言っていいでしょう」
「ドラッグ絡みの仕事か?」
「いいえ。リーパー、ツムギさん。あなた方はスポーツ観戦は好きですか?」
不意にジェーン・ドウがそう尋ねてくる。
「スポーツ観戦か。正直、趣味じゃない。やるのはそれなりにだが」
「ルールが分からない競技が多くて、あまり見ないですね」
リーパーも私もスポーツ観戦はあまり趣味ではなかった。
「世の中には様々なスポーツがあり、それを巡っていろいろな商業事案が動いています。プロのスポーツ選手というのは単なるアスリートなのではなく、ある種のビジネスマンであるのです」
彼らは宣伝広告として企業の技術を宣伝することがあるとジェーン・ドウは私たちに言い、彼女は話を進める。
「スポーツ賭博もそんなスポーツの商業的な側面のひとつです。言っておきますが、私はギャンブルというものは大嫌いです。それに関係する物事を軽蔑すらしています。が、仕事においては関わらざる得ないことがあります」
「ほう。ギャンブルでのトラブルか?」
「まさに。TMCセクター13/6の地下には犯罪組織が運営する闘技場があるという話を知っていますか? 地下でルール無用の殺し合いが行われており、それが賭博の対象になっているという話です」
ジェーン・ドウは私たちにそう尋ねた。
「噂には聞いたことがありますが……」
「あるのです。そこで出回るべきはない企業の最先端技術が見つかったという話があります。あなた方にはその調査をお願いしたい」
スラムの地下闘技場に最先端技術? どうにも変な組み合わせです。
「まずはその技術とやらの情報をくれ。それから見つけた場合にどうするかも指示しておいてくれるか」
「これです。大井医療技研の試作型強化脳インプラントです。これには通常の強化脳としての脳神経の演算処理の高速化以外に、高度軍用グレードの戦闘支援AIが組み込まれている、と聞いています」
「で、見つけたら脳みそから引き剥がしてくればいいのか?」
「インプラントをどこから入手したかが分かれば、インプラントを入れている人間に用はありません。速やかに殺してください。死体とインプラントは私の方で回収しますので、インプラントを摘出する必要はありません」
「了解だ。すぐに取り掛かった方がいいな?」
「そうしてください」
リーパーが確認し、ジェーン・ドウはお使いにでも送り出すようにそう言った。
私たちは喫茶店を出て、リーパーの車に乗る。
「さて。まずはセクター13/6で地下闘技場とやらを見つけないといけない。ツムギ、お前は知らないか?」
「私は噂を聞いただけで、実物を見たわけではありませんので。どうします?」
「ふうむ。なら、カンタレラを頼ってみるか」
「そうすべきかもです」
私もリーパーも地下闘技場について情報はない。
で、この手の情報を集めるならマトリクスが一番です。今日日マトリクスで宣伝していないものはありませんから。ドラッグ取引から殺人依頼まで、あらゆるものがマトリクスで宣伝されている。
しかしながら残念なことにマトリクスについても私とリーパーは能力不足だ。
ここは専門家であるカンタレラさんを頼るべきでしょう。
「では、カンタレラのところ向かう」
「その前に行くことを連絡しておいてください。いきなり訪問したら迷惑ですよ」
「そうなのか?」
「そうです」
前にも連絡してから来なさいと言われたではないですか。
「じゃあ、メッセージを送っておく」
リーパーはカンタレラさんにメッセージを送り、そのまま車をカンタレラさんがいるセクター8/4に向けて進ませる。
「カンタレラから返信が来た。大丈夫だと」
「それは何より」
カンタレラさんに断られてしまうと、困ったことになりますから。
私たちはそれからカンタレラさんが暮らすマンションに入り、カンタレラさんの部屋がある階層までエレベーターで昇る。
「いらっしゃい、リーパー、ツムギちゃん」
「よう、カンタレラ。仕事の依頼がある。聞いてくれるか?」
「いいよ。さ、まずは上がって」
カンタレラさんに許可を得て、私たちはカンタレラさんの部屋に上がる。
「で、メッセージでも仕事の内容を全く聞かされてないんだけど?」
「ツムギ。説明を頼む」
リーパーは私の方に説明を投げた。
「カンタレラさんはセクター13/6の地下闘技場って聞いたことあります?」
「噂程度には。かなり滅茶苦茶なことをやってるって噂だね」
「その地下闘技場でどうやら出回るべきではない高度軍用グレードのインプラントが確認されたとかで。クライアントからは出所の調査と回収を指示されています」
「そいつはまた大変な仕事だ」
「ええ。私たちはそもそも地下闘技場とやらがどこにあるのかすらも分かりませんから。そこから始めなければいけないのです」
「オーケー。じゃあ、それから取り掛かろう」
カンタレラさんはそう応じ、サイバーデッキに向かった。
『リアルタイムで調べ上げた情報をそっちに送るから、情報を精査しながら行動して』
「了解です」
マトリクスにダイブしたカンタレラさんから、私とリーパーのARに通信が繋がる。
『地下闘技場はセクター13/6にあるものだね?』
「そうです。ジェーン・ドウはそう言っていました」
『よし。なら、ある程度絞り込めそう。TMCにはあちこちに大小の殺し合いを賭博にしている場所があるからね』
「ろくでもない街です」
殺人が仕事としてしっかりと成立している都市TMC。
自分たちも殺人を仕事にしているとは言え、うんざりさせられます。
『この街が終わっているのは今に始まったことじゃないから。けど、セクター13/6に限っても地下闘技場はそれなりの数があるね。ここからどういう要素を入れて、検索結果を絞り込むか、だけど』
「高額な会員制で掛け金も高額。ルールは無制限の統合格闘。これでどうだ?」
『あんた、目的の地下闘技場について知ってるの、リーパー?』
「いいや。ただの勘だ」
『そう。じゃあ、一応それで検索してみる』
リーパーの上げた条件に従ってカンタレラさんが検索エージェントを走らせた。
『それっぽいのがヒット。『コンモドゥス』って言う地下闘技場。これを運営しているのはヤクザだね』
「忍び込めるように手配してくれるか?」
『やってみるよ。待ってて』
それから暫くカンタレラさんからの連絡が途切れる。
「忍び込んだとして、どうやって問題のインプラントを見つけます?」
「殺し合いに飛び入参加して、それらしい人間を探す」
「冗談で言ってますよね?」
「いいや」
マジですか。
『リーパー、ツムギちゃん。会員証を偽造した。これを使って』
「助かる、カンタレラ。問題の地下闘技場の位置を教えてくれるか?」
『オーケー。ナビするから従って』
カンタレラさんのナビが始まり、私たちはセクター13/6へ入ると、地下闘技場『コンモドゥス』がある建物に向かった。
『そろそろだよ』
カンタレラさんからそう連絡がきたとき、私たちの視界の中のごみごみとしたセクター13/6の街並みの中から、ARデバイスで強調された建物が見えた。
それは古い雑居ビルで、1階には安っぽい回転寿司の店が入っていて、2階以上はよく分からないテナントがあれこれ入っている。
『そこの地下に地下闘技場はある』
カンタレラさんはそう言った。
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