映画鑑賞
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──映画鑑賞
「リーパー。少し出かけませんか?」
ある朝、私はリーパーにそう提案した。
彼はトレーニングルームで音楽を流し、筋トレをしている最中だったが、私が話しかけると振り返った。
「どこに?」
リーパーは何かを期待するように私を見てくる。
ですが、特に面白いことを隠しているわけじゃないんですよ。
「どこでもいいです。ここ数日、外食以外で外に出てないじゃないですか」
そうなのである。
このリーパーの自宅であるペントハウスの生活は快適ですが、私は家に籠り切りというのは不健康だと思うのです。
「しかし、行き先も決めずに出歩くのは退屈だ。何かやりたいこととかはないのか? 買い物とか、あるいは何か食いに行くとか」
「そうですね……。なら、ちょっとプランを練りましょう」
私はそう言われてARデバイスを使ってセクター3/1付近で楽しめることをARデバイスにリンクされたAIに検索させた。
「スポーツ観戦、映画鑑賞、サバイバルゲーム、皇居マラソン、博物館見学、猫カフェ、犬カフェ…………」
AIがお勧めしてくるものを順番に並べ替えていく。
「昔ながらのスクリーンシアターで映画を見て、そのあと猫カフェでお茶をして、そんでもってTMCセントラルパークを散歩して、それから適当な場所で夕食と言うのは?」
「へえ。悪くはなさそうだが、まるでデートみたいだな」
「デ、デ、デート…………!」
そうでした! 今の私は超絶美少女でリーパーは男だ!
男同士で遊びに行く感覚で設定したが、これでは本当にデートみたいですよ!
「何だ? 俺が相手じゃ不満ってわけか?」
「そういうわけでは……」
「冗談だ。お前のようなちびとデートを楽しむほど俺は特殊性癖じゃないし、それにデートってものに興味がない」
「ですよね」
リーパーはゲーム好きはゲーム好きでも、ストーリーのテキストを読んで楽しむノベルタイプのゲームは好まない人間だ。
つまり恋愛ゲームなんかには興味なし。
その彼がデートだと思ってうきうきするはずがないのである。
「じゃあ、行くか。車を出す」
リーパーがそう言って私たちは地下駐車場に向かい、SUVに乗り込むと、セクター5/4にある『シネマ・オールドファッション』という映画館に向かった。
「しかし、今日日スクリーンシアターがまだ現存しているとはな」
リーパーは感心したような、あるいは呆れたような口調でそう言う。
「今時の映画館は基本的にはBCI型でダイブ式ですからね」
「ああ。古い作品はダイブ式に変換できなくて、こういうスクリーンシアターでやっているとは聞いたことはあったが……」
映画館も昔のようにスクリーンで見るものではなく、BCIポートに接続して脳で体感するタイプのものに変わってしまっている。
それでもリーパーが言ったように昔の作品をそのような形式に変えることは難しかったりするため、少数ながらスクリーンシアターは残っているのだ。
「で、何を見るんだ?」
「そうですね。今やっているのは……」
私はリーパーに言われて問題のシネマ・オールドファッションで上映中の作品について検索を行う。
「『博士の異常な愛情』『トラ・トラ・トラ!』『プライベート・ライアン』だそうです。リーパーが好きだと言っていたプライベート・ライアンでも見ます?」
「他に興味がありそうなものもないしな」
何だか戦争映画が多いですが、そういうキャンペーンでもやってるのでしょうか?
それから私たちは無事に映画館に到着した。
映画館は何だかちょっと古ぼけた作りで、建物にも年季が入っている。
しかし、調べた限りこのシネマ・オールドファッションは歴史ある映画館というわけではないので、作り物の古臭さだろう。
わざわざAIに作らせただろう手書き風のポスターまで貼ってあり、そういう雰囲気づくりに余念がないようだ。
「いらっしゃいませ」
それでも受付カウンターにいるのは特に特徴のない汎用の接客ボットであり、その前にはホログラムで浮かび上がったタッチパネル式の券売機が置いてある。
「プライベート・ライアン、大人2名と。座席はどこがいい?」
「空いてるなら中央の通路側」
「了解だ」
リーパーは手早くチケットを購入し、映画館の中に入る。
「まだ始まってないようですね」
赤い座席がある昔ながらの作りの映画館の中を見渡して、私がそう呟く。
「リーパーは映画館でプライベート・ライアンは見たんですか?」
「まさか。どこかの動画配信サービスで見た。映画館なんて人生で1回来たことがあるだけだ。それも大昔に」
「へえ。そのときは何を見たんです?」
「覚えてない。最後まで見たかどうかすらも」
リーパーはそう言い席に座り、私も隣に座った。
私たち以外の客はほとんどおらず、いるのは2名ほどのカップルらしき人だけ。
これでは赤字なのではないだろうかと思われる映画館でした。
それから暫くして照明が落とされて、映画鑑賞の上でのマナーが説明されたのちに上映が開始された。
最初のシーンは戦後のアメリカの墓地で老人と家族がお墓参りに行くシーンだ。
「こんなシーンあったか?」
「ありましたよ」
「こんなキャラ、記憶にない」
「そりゃあ本当に冒頭のノルマンディー上陸作戦のシーンしか見てないなら分からないでしょうね…………」
この老人が誰か分かるのは、映画の最後である。
冒頭も冒頭であるノルマンディー上陸作戦で血まみれになるシーンしか見てないなら、分かるはずもないのです。
それからリーパー御待望のノルマンディー上陸作戦のシーンが始まる。
血に染まった海と砂浜でアメリカ兵が機関銃や砲撃でぼこぼこにされていく。手足があちこちに散らばり、臓物が腹からこぼれて実にグロテスクだ。
「ここは面白いな」
「さいですか」
リーパーはただ人が死ぬのを面白がる人間ではないと分かっている。
彼は前に言っていたように、この地獄の砂浜で自分ならばどう生き残るかをシミュレーションして楽しんでいるのだろう。
普通の人ならばこんな地獄は避けて通りたいだろうが、リーパーにとってはそうではないというわけだ。
彼にとっては地獄すらも難易度の高いだけのステージでしかない、と。
もしも、この世にカンタレラさんが言うような悪魔がいて、地獄があったとしよう。
それをリーパーが見つけたとしたら、彼は嬉々として刀を片手にそこに乗り込んでいくでしょうね。地獄の悪魔たちにとってはいい迷惑に違いないでしょうが。
それからアメリカ軍の勝利でノルマンディー上陸作戦のシーンが終わり、ミラー大尉たちのライアン二等兵を探す長い旅が始まる。
「あまり覚えていないシーンが多いな」
「本当に上陸作戦のシーンしか興味がなかったんですね…………」
結構有名なシーンがいくつもスクリーンに映されたが、リーパーは見覚えがないという顔をしていた。
2055年の今からでは50年以上前の古い映画だから仕方ないのかもしれません。
それから最後のシーンとなり、最初に出てきた老人の正体が分かる。
その名場面ののちに映画はクレジットが流れ始めて終わった。
「面白かったですか?」
「そうだな。久しぶりに見たが、やはり迫力があっていい。これに影響を受けたゲームがあるのも納得の出来だ」
「それは何よりです」
リーパーは一応は満足していたようだ。
「では、次は猫カフェに行きますか」
「残念だがその予定はキャンセルだ」
「え?」
何か気に入らないことでもあっただろうかと私はリーパーを見る。
「ジェーン・ドウからの呼び出しだ。どうやら仕事の時間らしい」
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