リーパーという男
本日2回目の更新です。
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──リーパーという男
私に日本刀を向けるリーパーという男。
「…………お兄さん。あなたは研究所の人ではないですね?」
「そうだが? それがどうかしたのか?」
「なら、私の敵ではありません。そこを退いてください」
私は両掌を見せて攻撃する意思がないことを示した。
無駄な殺しをするつもりはない。そもそも無駄に争う必要もない。
それに私はこの男から猛烈に嫌な空気を感じ取っていた。
この男からはこの地下施設の警備員や研究者より濃い死の臭いがする。この男はその死神という名前に相応しい、どす黒く、不吉な死の予感がしていた。今の私にはそういうものが感じられるのだ。
「残念だが退かない。通りたければ俺を倒していくことだな」
リーパーは意地悪をするようにそう言い、私に刃を向け続ける。
「なら、無理やりにでも通らせてもらいます────!」
私は一斉に周囲に漂わせた金属片をリーパーに向けて叩き込む。
「面白いな。初めてやり合うタイプだ」
しかし、リーパーはどういう手品を使ったのか、全ての金属片を避けて私に肉薄してきた。金属片は空を切ってコンクリートの壁に突き刺さる。
「それなら!」
そこで私はテレキネシスで直接リーパーを攻撃しようとするが、本来見えないはずのそれすらもリーパーはパルクールでもするように身を翻して回避してしまう。
「なるほど。こういうのもありだ。結構楽しい。お前もそうだろう?」
「楽しくなんて────!」
次はファイアスターターとしての炎を生じさせるが、これも躱された!
落ち着け。思考を読むんだ。そうすれば相手の動きは分かる。
しかし────…………。
「そんな……! こいつ、何も考えてない…………!?」
少なくとも人間的な思考はそこに存在しなかった。
そこには野生動物染みた本能と確かな殺意、そして快楽の感情があるだけ。戦術的な思考も、殺しに対する躊躇いも、そういう人間的な考えは一切存在しなかった。
「さあ、次はどんな手品を見せてくれるんだ?」
そんな本能だけで生きているかのような男は子供のように純粋な喜びを示した笑みを浮かべながら私の方を見る。まるでゲームでもプレイしているような、さらに言えばゲームでハイスコアが出せたようなそんな笑みだ。
「そういうつもりなら────!」
私は周囲にあった自動販売機から椅子、テーブルまで全てをテレキネシスで持ち上げて、男に向けて叩き込んだ。点や線ではなく、面を制圧する攻撃だ。これならあいつでも回避のしようもないはず────!
「ほう。そういうのもありなのか。凄いな!」
だが、その攻撃すらやつには通じなかった。
やつが横一線に日本刀を素早く振るうと自動販売機も、テーブルも、何もかも易々と引き裂かれ、やつはそれによって生じた間隙から私に一気に肉薄した。
信じられない。そんなことができるはずないのに!
「まだまだ甘いな。採点はB+。成長の余地ありってところだ」
「しまっ────」
次の瞬間、私の首筋に衝撃が走り、私の意識が薄れていく。
ああ。ここまでか……。まだ生きたかったのに…………。
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………………。
…………。
……。
「聞けよ。面白いものを拾ったぞ、ジェーン・ドウ。お前もきっと興味を持つ」
そんな私の薄れゆく意識の中で、リーパーは子供みたいに喜びの声を上げていた。
* * * *
私の意識を覚醒させたのは、卵とベーコンが焼ける香ばしい匂いだった。
ひょっとして私は天国に来たのだろうかと思い、ゆっくりと目を開ける。
「お目覚めか、お姫様?」
私が目覚めたのはかなり広い部屋で、清潔感のある場所だった。高級ホテルのようなインテリアがあって、とても広い窓からはTMCに立ち並ぶ高層ビルや飛び交う航空機が見えていた。
だが、その何よりも、私を殺そうとしたはずのリーパーが何食わぬ顔をして、椅子の背を前にして座ったまま、こちらを見ていたのが衝撃的な光景です!
「な、な、何であなたが……!?」
「それはここが俺の部屋だからだよ。そんな変質者を見るような目で見られるのは、流石に俺もショックを受けるぞ」
不本意だと言うようにリーパーは肩をすくめる。
「リーパー様。お食事ができました」
と、ここでテレビのCMでしか見たことのない高級モデルの家事ボットが姿を見せた。白色と黒色の落ち着いた色合いのパーツで構築されたもので、その目はモノアイのカメラとなっており人と同じ顔の構成はしていない。
そんな家事ボットがスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、そしてパンを添えた食事をカートに乗せて運んできていた。
「ああ。ありがとな」
リーパーは家事ボットに手を振ると私の方を見る。
「飯、食うだろ?」
私はそのリーパーの質問にお腹の音で返事した。
「ほら。ゆっくり食えよ」
リーパーは苦笑してそう言い、家事ボットがベッドにいる私の方にカートを運んできて、料理を差し出す。
それを食べないという選択肢は私にはなかった。地下施設ではまともな食事は出ていなかったのだから。貪るようにがつがつと私は出された食事を平らげていき、オレンジジュースを飲み干して流し込むと、安堵の息を吐いた。
「──それで、どうして私を助けたのですか?」
私はまずは疑問になっているそれを尋ねる。
「お前が面白そうだからだ。俺は面白くて──強いやつは好きだ」
リーパーはその好戦的とも言える言葉とは裏腹に、爽やかな笑みを浮かべていた。
見た限りそこに邪心の類はなく本当に純粋にそう思っているようだった。私が強いから面白いのだと。だから、私を生かしてここに連れて来たと。
それが逆に怖い。
「……それだけ? それだけの理由ですか?」
「他に理由が必要なのか?」
私が再確認するように尋ねるとリーパーは怪訝そうに首をひねった。
「普通の人は私のような人間を生きて連れ帰ったりしませんよ。あの地下施設で何があったのか。それはもう調べたのでしょう?」
「ああ。随分と派手にやったな。そういうところも気に入った」
あの惨状を見て、その惨状の原因が私だと知って、なおリーパーは私を生かした。それどころか自分の家に連れ帰った。
このあまりに理解を拒むような状態に、私はまだ何かの実験が進行中なのだろうかとすら思ってしまう。
しかし、リーパーの思考を覗いても彼はそういうことは考えていなかった。ただ彼からは常に快楽の感情と──無邪気な殺意を感じるだけだ。
「まあ、拾ったからには俺のものだ。今さらどこかにやるつもりはないぞ」
「俺のものって……」
「そう心配するな。人ひとり飼えるぐらいの金は稼いでる。最低でも毎日三食ちゃんとしたものが食えることは保証する。あとは要相談だ」
まるで人のことを猫や犬みたいに扱うリーパーに何と言っていいか分からない。
「私はあなたに養ってもらうとして、あなたには何のメリットが?」
「ん。いい質問だ。まずお前には俺の仕事を手伝ってもらう。それが第一だ。俺の仕事ってのは何なのか分かっているよな?」
「傭兵、ですか?」
「当たり。俺は大井の傭兵だ」
大井──大井コンツェルンは六大多国籍企業の一角を成すメガコーポだ。このTMCを根城にしている連中で、私も連中が雇っている民間軍事会社のコントラクターにはよく嫌がらせをされた。
「それからお前にはしっかり成長してもらう。もっと強く、そして楽しく戦えるようにな。それが第二の仕事だ」
「戦えるように……?」
「お前の力は面白い。またやり合いたいが、今のままでは結局は前と同じ結果になる。お前は俺に倒されるだけ。それは退屈だ。だから、お前には俺を殺せるぐらい成長してもらい────」
リーパーが目を細め、口角を吊り上げて獰猛に笑う。愉快そうに。
「────また俺と殺し合ってもらう。それが最後の仕事だ」
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