都市伝説//悪魔崇拝と消える孤児
本日2回目の更新です。
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──都市伝説//悪魔崇拝と消える孤児
私とリーパーがカンタレラさんと落ち合ったのは、セクター9/3にある居酒屋“海鮮処『鯨腹』”という店でだった。
「おーい。こっち、こっち!」
「よう、カンタレラ」
カンタレラさんは以前とは別のアニメキャラのTシャツの上からモスグリーンの古い軍用のジャケットを羽織っていた。アニメキャラは目立ってるけど、全体的に、こう、お洒落にコーディネートしています。
「とりあえず店に入ろう。お腹も減ってるし」
「ええ。そうしましょう。このお店はどういう料理が?」
「店名通りクジラ肉が出るよ。合成品の」
「珍しいですね」
合成品でもクジラ肉とは珍しい。
大抵の店は合成食品の大手であるメティスから合成肉を仕入れており、メティスは鶏肉風味や牛肉風味、場所によっては豚肉風味のそれを供給している。
だが、彼らはマイナーな地方の料理のレパートリーを考慮しないところがあった。それによって世界から多様性が失われて行っている。
TMCでも、ニューヨークでも、モスクワでも、ケープタウンでも、南極でも、果ては月面基地でも出るのは同じハンバーガーというわけです。
良くも悪くもグローバル化とはこういうものなのでしょう。
「リーパーは酒は飲まないけど、ツムギちゃんは?」
「遠慮しておきます」
私もあまりお酒が好きなわけではないので。
「ま、食べながら、飲みながら話そう。あたしはクジラ肉のから揚げとポテトサラダ、それからビールね」
「俺はウーロン茶とクジラ肉の刺身というのを」
「私もクジラ肉のから揚げを。飲み物はリーパーと同じでウーロン茶を」
3名がそれぞれ接客ボットに注文。
「で、何が分かったんだ?」
リーパーは先に運ばれてきたウーロン茶を片手にカンタレラさんにそう尋ねる。
「あれからいろいろとパラテックについて調べてたんだけど、ある程度分かったことがあったんで教えておこうと思ったわけ」
「ぜひ教えてください」
カンタレラさんがせっかく調べてくれたのだから、聞いておきたい。
たとえジェーン・ドウより先に解決策を手にすることがなかったとしても、私のことをあくまで駒として扱っているジェーン・ドウに任せきりにするより安心できますので。
情報源は多ければ多いほどよいのです。
「あたしは主に都市伝説関係のサイトやトピックを回っているんだけど、そこで本当のことだと分かった話があってね」
カンタレラさんはそう語り始める。
「どういう話なんだ?」
「人体実験の噂。人体実験の都市伝説はよくある話だって思うでしょ? 特にメティスのメディホープは未だに頑固な陰謀論者たちが人体実験だって思っている代物だし」
メディホープというの六大多国籍企業の一角であるメティス・メディカルが全世界に展開している貧困層向けの医療サービスだ。
大勢が安価な医療が受けられるということなのだが、ただより怖いものはないの理屈で、メディホープは人体実験をやっているという噂は随分昔からある。
「けど、これはもっと生々しい噂だよ。このTMCの地下で人体実験が行われているという話。聞いたことはある?」
「その手の噂は腐るほどあるだろ。地下下水道に白いワニがいるとか、建築が中断されたジオフロントに秘密結社が拠点を構えたとか」
リーパーは私がいた研究所について知っているはずだが、それをカンタレラさんに明かすようなことはしなかった。
用心しているのかな?
「そうそう。TMCの地下に関する都市伝説なんて腐るほどある。でもね、リーパー。こいつはそれらと違って本当だと明らかになっている。これを見て」
カンタレラさんはそう言ってリーパーと私のARデバイスにデータを送ってきた。
「これは…………」
ARデバイスに表示されたのはニュース映像だ。
『──大井統合安全保障はTMCセクター12/11の地下クリニックで未認可の治験が行われていたとして、同施設を経営していた事業者を摘発したと発表しました。同施設では軍用グレードのインプラントが押収されており──』
ニュース映像にはそのAI読み上げのアナウンスとともに、大井統合安全保障のコントラクターたちが死体袋をトラックに積み込んでいる様子を映していた。
その死体袋の中身は明らかに子供のそれだ。
そんな死体袋が積み込まれている道路の面した建物には見覚えがあった。
「この建物、前にも……」
建物はTMCセクター2桁にある古びたそれだが、看板には『オウルクリニック』とあった。マスコットのようなフクロウのイラストとともに。
これは私が人体実験を受けた場所にもあった看板だ。
「地下で密かにインプラントに実験をしている。でさ、この事件が話題になったトピックには大井統合安全保障のコントラクターをやってる人間もいて、内部情報を少し教えてくれたんだ」
「どういう情報です?」
私は運ばれてきたクジラ肉のから揚げを食べるのも忘れて尋ねた。
「……地下にいた連中は悪魔崇拝をやっていたって話。変な魔法陣や翻訳アプリでも解読できないルーン文字みたいなのがびっしり描かれた部屋があったんだって。それも何かの血液で記されていたとか……」
「ひえっ!」
カンタレラさんが声を落としてそう言うのに私は思わず背筋がぞっとした。
「そのときの写真はこれだってさ」
それからさらにカンタレラさんからデータが届く。
「これが…………」
暗い部屋にろうそくが祭壇のようにいくつも灯され、そこにうっすらと赤黒い魔法陣が浮かんでいる。その周囲にはミミズののたうったような文字がびっしりだ。
私も翻訳アプリを使ってみたが、その文字はどの言語にも一致しない。
「へえ。何だかここからホラーゲームでも始まりそうでいい空気だな」
リーパーはそんな写真を見ても恐怖はなく、ホラーゲームの展開を期待していた。この人は全く……。
「さっきのニュース映像を見てるから分かってるだろうけど、地下には子供の死体がたくさんだった。トピックでは人体実験だけなく、悪魔か邪神への生贄として子供たちを殺してたんじゃないかとも言われてたよ」
「しかし、これは本当にパラテックに関係するものなので?」
「地下の研究施設、悪魔崇拝の痕跡、孤児の死体。パラテック関係でささやかれている噂がそのままだったから。関係あると思う。ツムギちゃんは心当たりはない?」
「ないわけではないですが……」
しかし、私がいた地下施設のことをリーパーは明かさなかった。ここで私が勝手にカンタレラさんに言ってもいいものだろうかと私は考える。
話す前にリーパーが何を考えているのか見てみると────。
『──……合成肉だがそこそこ美味い刺身だな。ただ醤油がいまいちだ。薬味を盛ればごまかせるか……──』
た、食べ物のことしか考えてない……?
もしかしてさっきのは単に私が地下にいたことを忘れてただけ……?
「ええっとですね、カンタレラさん。私もそういう地下でインプラントをインストールされたんです。それで注目してもらいたいんですが……」
私はニュース映像で建物が映っていた場面をキャプチャーして、オウルクリニックと書かれた看板を赤い線で丸く囲み、その映像を送信した。
「このオウルクリニックという名前について少し調べてもらえませんか? もしかすると偶然かもしれませんが、前にも見たことがあるんです」
「分かった。調べておくよ」
「ありがとうございます」
少しでも私にΩ-5なるインプラントを埋め込んだ連中のことを把握しておきたい。
「悪魔崇拝、か。その手の話は結構あるのか?」
「ないわけじゃない。リーパー、あんたエクソシストって映画見たことあるかい?」
「知らん。どんな映画だ?」
「ホラー映画だよ。結構昔のね。それには悪魔に取り憑かれた女の子が出てくる。実際にそういう話が起きたって怪談話はよく聞くよ。それから……」
カンタレラさんが続ける。
「悪魔がこの世界に存在して、私たちの中に紛れ込んでいるって話もある。六大多国籍企業の重役の中とか、軌道衛星都市で暮らす特権階級の中とか、あるいは犯罪組織の中に悪魔がいるってね」
「まあ、どいつも悪魔みたいな連中ですが……」
「この手の話は昔からあるからね。ゴルバチョフが別人に入れ替わっていたとか、レプティリアンがどーのこーのとかね」
「ああ。確かに昔からそう言う話はありましたね」
「悪魔もそのひとつ。けど、パラテックに関しては悪魔が与えた技術だって話は割と頻繁に聞くんだよね。地獄と接続されたポータルとか、悪魔と契約することで不老不死になる技術とか」
カンタレラさんは本当にいろいろと都市伝説を知っているようだ。
「都市伝説は全くのガセだったってオチもあるけど、民俗学的には何かしらルーツになる話があったりする」
だから、とカンタレラさんが言う。
「悪魔は本当にいるのかもね。それも割とあたしたちの近くに」
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今日の更新はこれにて終了です(/・ω・)/