VIPサービス//事実
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──VIPサービス//事実
私とリーパーはメイジーさんを病院に駆け付けた大井統合安全保障の警備部隊に任せて、すぐさま帝都大学に向かった。
帝都大学にメイジーさんから渡されていたビジターIDで入構すると、それからメイジーさんがドラッグを買った場所に向かう。
「いましたよ」
「ああ。ビンゴだな」
私とリーパーは今も暇そうに客を待っている売人の下に進んだ。
「よう。まだ仕事をやってるのか。熱心だな?」
「ああ。あんたらは朝の。メイジーの連れだったよな?」
リーパーがにやりと笑って話しかけるのに売人は客だと思ったのか笑顔で応じる。
「ところで、こいつに見覚えはあるか?」
リーパーは青い錠剤──ブルーピルを売人に見せた。
「知ってるぜ。俺たちが売ってる代物だ。それがどうかしたのか?」
「俺はこういうのをあまりやらなくてな。やって見せてくれないか?」
「そ、それはちょっと……」
リーパーが売人に向けてブルーピルを差し出すのに売人がたじろぐ。
「どうしてだ? 大学の氷にも引っかからないし、人に売るぐらいには安全なんだろう?」
「そ、そうなんだが……。しかし、その…………」
「何かできない理由でもあるのか?」
リーパーはそう言って売人にブルーピルを握らせてから、そう尋ねる。
私はそんなリーパーと売人のやり取りを見ながら、売人の思考を覗き見ていた。
『──……クソ。やべえ。俺たちが適当に混ぜ物して売ってるのがばちまったのか。だってチャイニーズ・マフィアの連中、妙に値を吊り上げやがったから……──』
あらら。そういうことですか。
「リーパー。どうもチャイニーズ・マフィアとのトラブルが原因のようです。もっと問い詰めてみてください」
「了解だ」
そこでリーパーは“鬼喰らい”を抜き、その刃を売人に突き付けた。
「そいつをキメるか、それとも斬り殺されるか、あるいは俺たちの質問に答えるかだ」
「こ、こ、答える! 何だろうと答える!」
「よろしい。まず聞くが前の売人がチャイニーズ・マフィアの構成員とトラブルになったのは事実か?」
リーパーはそう尋ねる。
「じ、事実です。チャイニーズ・マフィアと値段を巡って、その、トラブルに……」
「過剰摂取ではなく?」
「あ、ああ。過剰摂取の件は、そのう……」
「チャイニーズ・マフィアからの仕入れ値が値段が高くなったから、他のドラッグを混ぜでもしたか?」
「…………はい」
売人は素直に過剰摂取の件の責任がチャイニーズ・マフィアではなく、自分たちにあることを認めた。
「つまり、過剰摂取のことでチャイニーズ・マフィアとトラブルになって構成員を殺したってのも嘘ですね?」
「…………はい」
「で、死んだのがいいところの学生だったから、親からの報復が怖くて前の売人はシンガポールに逃げた。そういうことですか」
「…………はい」
はあ。しょうもない話でした。
最初からチャイニーズ・マフィアに狙われてなどいなかったのです。
馬鹿な学生がドラッグに手を出してトラブルを起こし、その罪をチャイニーズ・マフィアに擦り付けて逃走した。擦り付けたと言ってもチャイニーズ・マフィアはそれを認識すらしていませんが。
と、ただそれだけの話だったのです。
「このことを報告すれば仕事は終了ですかね?」
「そうだな。全くつまらない仕事だったな」
結局チャイニーズ・マフィアと戦うこともなく、仕事は終わったのだった。リーパーにとっては退屈極まりない話だったでしょう。
「けど、これだけ簡単な仕事で報酬は20万新円なんですからちょろい仕事じゃないですか。大儲けですよ」
「正直、儲けはどうでもいい。俺が仕事に求めているのは金だけじゃないんだ。求めているのはアドレナリンがどばどば出て、脳みそが煮えたぎるようなスリルに満ちた脅威だ」
「さいですか」
リーパーが口だけでないのは分かっている。
むしろこれぐらい頭がおかしくないと、この2050年代に生身で暴れ回るのは正気ではないのだ。アドレナリンジャンキーとして頭がいかれている方が、他の理由で頭がおかしいより安心できます。
「私はお金がもらえるのは嬉しいですので、喜んで受け取っておきますね」
「何に使うんだ?」
「貯金したりとか」
「明日死ぬかもしれないのに貯金や投資をするのか? 金融屋のいいカモだな」
「私は明日死ぬかもと思って行動しませんよ。実際に死ななかったとき困りますから」
「それもそうだな」
明日隕石が落ちてきて世界が滅亡するかも~と思って暮らしている人がいないように、私も明日死ぬかも~と思って明日への備えをしない暮らしはしないのです。
「さて、ジェーン・ドウに報告して終わりしましょう。チャイニーズ・マフィアにメイジーさんが襲われるリスクはないと」
「ああ。ジェーン・ドウに連絡する」
それからリーパーがジェーン・ドウが報告する。
『────つまりチャイニーズ・マフィア云々というは全部馬鹿な学生の狂言だったというわけですね。全く、お互いにつまらないことで煩わされましたね。呆れかえってしまいました』
「ああ。そっちからクライアントの親には伝えてくれるか?」
『そうします。危険がないと分かれば安心されるでしょう』
ジェーン・ドウはそうリーパーに言っていた。
『仕事の報酬は送金しておきました。確認してください。それでは』
「分かった。ではな」
ジェーン・ドウからは報酬が送られてきて、仕事は終了した。
「下らん話だったな」
「同感です」
珍しくリーパーと意見が一致した。
『リーパー? ツムギちゃん?』
ここで私とリーパーのARデバイスにカンタレラさんから着信が。
「どうした、カンタレラ?」
『今忙しい? 暇なら食事でも一緒にしない?』
「何か話でもあるのか?」
『ええ。ツムギちゃんの件というか、パラテックの件』
「分かった。どこで落ち合う?」
『セクター9/3の居酒屋で』
「了解だ」
カンタレラさんからの通話はそれで終わり、リーパーが私の方を見る。
「よかったな。何か分かったかもしれないぞ」
「ええ。ですが、そこまで期待はしていませんよ。企業の人間であるジェーン・ドウがまだつかんでいないんです。野良のアングラハッカーであるカンタレラさんがその上を行けるとは……」
「まあ、そういう冷笑的ともいえる冷静なところは嫌いじゃないぞ」
「それはどうも」
リーパーは褒めているのか、貶しているのか分からないようなことを言っていた。
「これから居酒屋に行くが、ただお互いに酒が飲めないのが残念なところだ」
「居酒屋でご飯食べる人が皆無なわけじゃないですから。お酒のおつまみはいいご飯のおかずにもなるんですよ」
「くだらん話に付き合ったせいで腹も減ったし、ちょうどいいか」
リーパーは私にそう言い、セクター9/3の居酒屋を目指す。
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