VIPサービス//オーバードーズ
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──VIPサービス//オーバードーズ
結局、メイジーさんがわざわざ大学に行って出席した講義はひとつだけで、残りの時間は大学の外で過ごしていた。
セクター1桁のお洒落なお店で友達と遊び、勉強をしている様子はない。
「今時の大学生ってみんなこんな感じなんでしょうか?」
「そうならいずれ企業が使える人材は枯渇するな」
「確かに」
リーパーの言葉に私は頷きながら、セクター4/2のカフェで友達とお喋りしているメイジーさんに視線を向けた。
みんながみんなメイジーさんみたいに遊び歩いて勉強していなかったら、将来において人材不足は深刻化するだろう。
ただでさえ教育に掛かる費用は上がっており、国公立、私立を問わず限られたお金持ちしか大学には行けないのだ。そうなってはちゃんと高度な教育を受けた人材は減っていくばかりですね。
「しかし、本当にチャイニーズ・マフィアとトラブルがあるのか? あの女の周りにいるのは同じような馬鹿ばかりで、連中の影は全く見えないが」
「どうでしょう。もうちょっとどういうトラブルがあったのか聞いておいた方がいいのかもしれません。チャイニーズ・マフィアの特定個人とのトラブルなのか、チャイニーズ・マフィアそのものと本格的にトラブっているのか」
「聞いておいてくれ。俺は面倒くさい」
「はいはい」
今回の仕事でリーパーがすることはないのかもしれない。
私は未だにカフェでお喋りに興じているメイジーさんのところに向かう。
「メイジーさん。少しいいですか?」
「何か用事? チャイニーズ・マフィアが来たとか?」
「いえ。そうではないのですが。まだ具体的なトラブルの内容を教えてもらっていないと思いまして。よろしければ教えていただけますか?」
「それ、知らなきゃいけないことなの?」
「想定される脅威を知るうえで役に立ちます」
「ふうん」
メイジーさんは少し退屈そうにしながらも、何があったのかを喋り始めた。
「あたしの元カレがチャイニーズ・マフィアからドラッグを仕入れてたのは言ったよね。で、一度連中から仕入れたやつを売ったんだけど、それが不良品だったらしくて客がひとり死んだの」
「何か混ぜ物が有害だったとか?」
「逆、逆。不純物が混じってなくて純度が高すぎたの。そのせいで過剰摂取になってね。そりゃあもう酷いものだった。だらだら鼻血出して、ぼたぼた泡吹いて学生ひとりがあの世行き」
「うへえ」
オールドドラッグには過剰摂取のリスクがある。電子ドラッグも強すぎる刺激のものは脳がダメになるとは言うが、リスクはオールドドラッグの方が高いと思われます。
「でさ。元カレがチャイニーズ・マフィアの売人と責任を巡ってあれやこれやと言い合いになって、その際に殺しちゃったみたいなの」
「え。殺しちゃったって、元カレさんがチャイニーズ・マフィアの構成員を?」
「そ。ヤバいでしょ~?」
「ヤバいですね」
得てして犯罪組織の人間はメンツを重んじる。
そのことは私もセクター2桁の長い路上生活で知っている。
それが学生とか言う一般人に組織の人間を殺されたとあっては、チャイニーズ・マフィアからの報復は必至だろう。ああ、シンガポールに逃げた元カレさんは長生きできないかもしれない。
「ま、あたしには何もないかもしれないし。別にあたしがチャイニーズ・マフィアの人間を殺したわけじゃないしさ。パパもいろいろと調べてくれてるから、状況が落ち着くまではよろしくね~」
「了解です」
それなりに危ない状況なのに何だか呑気なメイジーさんですが、脅威について分かったことをリーパーに報告しに向かう。
「リーパー。不味いです。メイジーさんの元カレはチャイニーズ・マフィアの構成員を殺してしまっているようです」
「へえ。度胸のあるやつだったんだな」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。チャイニーズ・マフィアにせよ、他の犯罪組織にせよ、金の持ち逃げと同じくらいにはこの手のことを憎みますからね」
「知ってる。楽しくなりそうだな?」
「全然」
チャイニーズ・マフィアがまず狙うのは直接構成員を殺した元カレさんだろう。だが、犯罪組織は見せしめのために関係者にも手を出すことがある。
まして元カレさんがシンガポールに逃亡した以上、TMCを縄張りにしている龍哭閣は手が出しにくい。
それでも彼らの振り上げた拳はどこかに振り下ろさなければならないため、元カノだったメイジーさんが狙われる可能性は十分なる。
これは全然楽しくなんてないですよ~!
「チャイニーズ・マフィアや他の犯罪組織が、これまで一般人相手にキレた事件は何件が知っている。いずれも派手に殺されている。流石にメキシコのカルテルほどではないもののな。メキシコの連中は今でもユニークで残虐な殺し方をしている」
「チャイニーズ・マフィアもなかなかに残酷ではありますからね。クライアントがそういう目に遭わないようにするのが、私たちの仕事ですよ。ちゃんとわかってますか?」
「あれは少しぐらい痛い目を見た方がいいんじゃないか? そうしたら少しは真面目に生きるようになるだろう」
「そういわないでください。世の中にはいろいろな人がいるのですから」
確かにメイジーさんはチャイニーズ・マフィアどころか、世の中を舐めて生きているような人です。けど、彼女にはそうできるだけの権力とお金があるのだからしょうがないではありませんか。
「ヘイ、お兄さん、ちびっ子!」
そこでカフェから上機嫌にメイジーさんが出てきた。
「今日の夜はセクター6/2にあるクラブで遊ぶから付き合ってね~!」
「はいはい」
本当にチャイニーズ・マフィアに狙われている自覚、あるのかなあ?
「今夜はセクター6/2で護衛をすることになるようですよ、リーパー」
「セクター6/2。眠ることのない夜の街か…………」
セクター6/2はリーパーの言う通り夜の街だ。
お酒、合法ドラッグ、それから男女問わぬ異性・同性との夜の楽しみ。TMCの中でもそういう快楽が味わえるのが、セクター6/2だ。
そのためどうしてもセクター1桁の中では治安が悪い。
お酒やクスリの入った人間に理性は期待できないのです。2050年代でも。
「リーパーはそういう場所で結構遊んでます?」
「あまり興味はないな。あの手の場所で得られる快楽は、結局のところ酷く制限されている。お上品なセクター1桁の治安に沿った程度で、当局に許可された範囲の快楽でしかない。快楽とはもっと壊滅的でなければ面白くない」
「そうなんです?」
「俺にとってはな」
「オーバードーズで死ぬような?」
「自らの死を体験するという意味では面白いかもしれないが、だがありきたりすぎる。俺はもっとレアなものがいい。死ぬほどっていう快楽ならばな」
「さいですか……」
私はありきたりで安全な快楽で十分です。
「それより、だ。やはり妙に平和すぎる。チャイニーズ・マフィアに狙われていると自称する女の話にしては、周りに不審な人間が少ない。少なすぎる」
「メイジーさんが嘘をついているかもしれない、と?」
「それか思い違いをしているか……。いずれにせよここでは何も起きないだろうな」
リーパーは酷く退屈そうにそういい、SUVのボンネットに寄り掛かった。
「今のうちに休んでおけ。あの女が特権階級の娘に相応しい門限を守るとも思えん。夜通し遊ぶということもあり得る」
「分かりました。暫くお任せしますね」
「ああ」
私はリーパーにそう言い、暫くの間SUVの後部座席で眠ることにした。
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