都市伝説//パラノーマル・テクノロジー
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──都市伝説//パラノーマル・テクノロジー
「カンタレラのところに行くぞ」
ジェーン・ドウとの話を終えて、リーパーが私にそういう。
「ああ。ちゃんと忘れてなかったですね」
「当たり前だろ」
ベイクドチーズケーキは忘れてたくせにと思いながら、私はリーパーと車に乗った。
リーパーは車を出し、TMCセクター8/4に向かう。
「ところで、私は金額を見ていませんが、さっきの仕事の報酬っていくらだったんです?」
「ん。80万新円だ」
「え。マジですか」
1新円は一部物価や為替の変動で正確ではないものの大体100円。
そう考えると80万新円というのがどれだけの大金か分かるだろう。
「半分は約束通り、カンタレラに渡す。残りは俺とお前で分けることになる」
「つまり20万新円?」
「そうだな。何か使う予定はあるのか?」
「いえ。特には」
金額が金額過ぎて何に使っていいのか分からない。
昔ならば喜び勇んで買い物に行っただろうが、今はそういう気になれない。
衣食住はリーパーに面倒を見てもらっていますし、私はいくら大金を手にしても脳のインプラントをどうにかしなければ死んでしまうのだから。
せいぜい死が避けられなくなり、最後の晩餐をするときにとっておくぐらいだ。
「リーパーは何か買いたいもの、あるんですか?」
「ゲームだな。昔ながらのデスクトップパソコンや家庭用ゲーム機でプレイできるもの。これがどれも面白いやつはプレミアム価格になってるから、手に入れるのには結構な大金がかかる」
「へえ」
「俺にとってはそれが現実の仕事に退屈したときの癒しだ」
そういえば私も前世ではゲームでよく遊びましたね。入院している時期が長かったので、京都の有名な会社の携帯ゲーム機でずっと遊んでいたものです。
「けど、ブラックカードがあるじゃないですか?」
「ジェーン・ドウからはゲームに使う金は自分で稼いだ金にしろと言われている。そこまでは面倒を見る義理はないし、俺が金を稼ぐモチベーションがなくなるからだと」
「筋は通ってますね」
ゲームはお小遣いで買いなさい、と。
ジェーン・ドウがますますリーパーのお母さんに見えてきました。
「ゲーム以外に趣味は?」
「ない。ある意味では俺はワーカーホリックだな。ひたすらに仕事に熱心」
「……世間のワーカーホリックの人に謝ってください……」
自分の趣味みたいなことをエンジョイしながらやっててワーカーホリックを自称するのは、他のワーカーホリックの人に失礼ですよ…………。
「さて、そろそろ到着するぞ」
リーパーの運転するSUVはカンタレラさんのアパートに到着した。
エレベーターでカンタレラさんの部屋まで登り、部屋の前の警備ボットのスキャンを受ける私たち。
それから部屋の扉が開いた。
「リーパー、ツムギちゃん。入って、入って」
私たちはカンタレラさんに促されて、彼女の部屋に入る。
「カンタレラ。報酬の40万新円だ。送金しておく」
「どうも。結構な金額だね」
リーパーはARデバイスでカンタレラさんに報酬を送金。
「俺の用事はこれくらいだが、お前がわざわざ呼んだということは何かあるのか?」
「……ツムギちゃん。何か特別なインプラントを入れていたりする?」
カンタレラさんの質問に私はびくりとする。
「…………どうしてそれを?」
「やっぱりか。あの近くを通った宅配ドローンの映像を過去にさかのぼってみてみたら、ツムギちゃんが戦っている場面が映っててさ。車や自販機を持ち上げたり、銃弾を空中で止めたり、炎を出したりと。そんなところが見えてたから」
「なるほどですね」
カンタレラさんには私の秘密について隠し通すのは難しそうだ。
「ええ。私の頭には特殊なインプラントが入っています。そのせいで超能力のような力が使えるのです。同時にこのインプラントは私の脳を侵襲して、私を死に追い詰めているのですがね」
「あれま。しかし、超能力が使えるインプラントか。今の技術ではそんなインプラントを作ることはできず、存在するはずがないってことは分かってる?」
「けど、こうして……」
「そう、それがおかしいんだよ。どうにもおかしいんだ。不可能であるはずのことが実現されている」
カンタレラはそういって考え込む。
「あたしにひとつ心当たりがあるんだ。と言っても、確かな情報じゃなくて都市伝説の類だけどね」
「都市伝説?」
「そう、パラテックという都市伝説」
ぱらてっく…………?
「異常技術。現在の科学では説明不可能な技術のこと。超能力や心霊現象、それから宇宙人云々までの幅広いオカルト分野でささやかれているもののことだよ」
「そんな都市伝説があるんですか? 実在も?」
「あるある。マトリクスだとそれ専用の電子掲示板があるくらい」
「いや。それは噂として話題性が高いだけですよね? 実在はするんです?」
「ツムギちゃんの頭に入ってるのがそうじゃない?」
そう言われてしまうと何も返しようがない。
確かに私の頭に入っているインプラントは起こりえないことを起こしている。超能力というこの世界の科学で説明された覚えのないものを使用可能にしている。
「しかし、興味深いな。都市伝説では宇宙人がメガコーポに与えた技術だとか、悪魔と契約して作られたものだとか、そういうオカルトな方法で達成された技術がパラテックだって話だったけど……」
「宇宙人に悪魔、ね。そいつは随分と愉快そうだ」
「リーパー。あんたが信じないのは分かってるよ」
「まだ信じないとは言ってないだろう」
「馬鹿にするような顔をしてた」
リーパーが反論するが、カンタレラさんはさらにそう言い返す。
「あの、カンタレラさん。その都市伝説では発明されたパラテックというものはどう扱われているんですか?」
私は疑問に思ってそう尋ねた。
「いろいろな話があるね。メガコーポの重役たちを不老不死にしているとか、メン・イン・ブラックって別の都市伝説で不都合なことを知った人間の記憶を消してるとか。ただ表向きに堂々と『これはパラテックです!』って言って取引していないってところは共通しているかな」
「そうですか。それならやはりパラテックを研究している組織についても噂があるんですよね?」
「あるよ。古い噂だとアメリカ中央情報局のMKウルトラ計画を行っている部署だと言われていたり、エリア51で研究されているとかで、比較的新しいものだとメガコーポの極秘部門だったり」
「もっと詳しい情報はありませんか?」
私は少し必死だった。
というのも、私の頭に入っているインプラントがパラテックによるものだったとすれば、パラテックを研究している組織が取り外す方法を知っているかもしれないのだ。
「あたしもオカルト好きだから調べたことはあるけど、そこまで真剣に調べてなかったからこれ以上詳しい情報はないね。気になるなら調べておいてもいいけど?」
「お願いします。お暇なときでいいので何かありそうなら調べてください」
「分かった。引き受けた」
私が頼むとカンタレラさんは快諾してくれた。
「ところで、都市伝説ってなんだ?」
リーパーはここでそう尋ねる。
「聞いたことない? TMCの地下にはあの世に繋がっている道があるとか、マトリクスにはハッカーの幽霊が現れるとか、メティスのナノマシンにはハートショックデバイスが組み込まれているとか」
「ああ。ハートショックは聞いたことがある。他は知らん」
「まあ、こういう陰謀論とも怪談ともつかぬ話が都市伝説だよ」
「そういうものもあるのか」
都市伝説はオカルト好きな人じゃないと知らないでしょうし、今回はリーパーが世間知らずということではない。
「昔はいろいろとありましたよね。一族を呪殺する呪いの箱だとか存在しないはずの駅に着いたとか、巨大な女性の幽霊に襲われるとか」
「なになに? 結構古い話題なのに詳しいじゃない。ツムギちゃんもオカルト好きだったりする?」
「怖いのは苦手ですが、ちょっと興味があって」
私は怖い話とかは比較的苦手だ。ビビりなので。
けど、怖い話や都市伝説には人を引き付けるものがあると思うのです。
「そっか。よければ今度一緒にそういう話しよう」
「ええ」
まあ、今の私の状況が一番のオカルトであり、運が悪ければ死んでしまう下手な怪談より怖い話なのですが。
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