地獄の門が開く//オープニング
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──地獄の門が開く//オープニング
カナダは西部ブリティッシュコロンビア州。
そこにかつてメティスの研究施設が存在したコールドハーバー島という場所が存在する。そこはメティスの研究施設が設置される前は、巨大な精神病院が存在した場所でもあった。
今やそこはミネルヴァ最大の拠点となり、サイト-オリジンと呼称されている。
そのサイト-オリジンもまた大井とメティスによるミネルヴァ分割に抵抗するための準備が進められていた。
「状況は危機的だ」
そんなコールドハーバー研究所でそう告げるのは、ミネルヴァのトップである男エミール・ネテスハイム博士だ。
「大井とメティスは我々への総攻撃を考えている。連中は我々の技術を、パラテックを欲している。だが、そうであったとしても我々と手を結ぶつもりはない。このままでは我々は皆殺しにされる…………」
大井とメティスがほしいのはパラテックだけであり、それに魅了された愚かな人間たちは必要ないのだ。
「もはやそれを防ごうとする全ての試みが失敗した。我々はどうするべきなのだろうか。教えてくれないか────」
ネテスハイム博士は目の前の人物に尋ねる。
「サロメ」
そして、その悪魔は口角を歪めて笑った。
* * * *
私とリーパーはセクター4/2にある喫茶店に入った。
「仕事の方、ご苦労様でした」
ジェーン・ドウはそう言って私たちを出迎える。
「随分とあっけない仕事だったが、こうも早く呼び出すということは続きがあるんじゃないか?」
リーパーはどこか期待するようにそう尋ねた。
「いいえ。続きはありません。別の仕事があるだけです」
そう言ってジェーン・ドウから何やら情報が送信されてくる。
「これは?」
それは衛星から撮影したと思しき地上の映像で、小さな島が映されていた。
「コールドハーバー島。かつてメティスの研究施設があった場所です。今はミネルヴァによって占領されています」
「ここで連中が何かやってるわけか?」
「ええ。富士先端技術研究所のことは覚えていますね?」
「地獄門を開こうとしていた件か?」
「そうです。彼らはここで同じことをしようとしています」
ジェーン・ドウのその言葉に私は愕然とした。
富士先端技術研究所で地獄門が開きかけたときには、大惨事だった。しかも、地獄門は危うく私たちの暮らす世界を飲み込んでしまうところだったのです。
それがミネルヴァの手によって再び行われようとしているということに私は目を見開いていた。
「我々もメティスも、この件は看過できません。そこで我々はコールドハーバー島を制圧するための軍事作戦を実行するつもりです」
「ほう。悪魔が湧き出る島を制圧か。そそるな」
リーパーは楽しそうですが、私はそうではありません。
「ツムギさん。あなたのΩ-5インプラントについてですが、コールドハーバー島に詳細なデータがあることが分かっています」
「え……!?」
不意にジェーン・ドウがそう言うのに私が驚く。
「コールドハーバー島における最悪の事態が避けられなければ、メティスとの秘密協定に基づき、我々はコールドハーバー島に対する核攻撃を実施します。そうなればデータは永遠に手に入りません」
「私がデータを手に入れるための時間を作るために核攻撃を待ってくれるんですか?」
「そんなところです。あなたはこれまで私の駒として有用性を証明してきた。そのことには報いなければならないでしょうから」
ジェーン・ドウが優しい……?
それとも彼女もデータがほしいから、私に餌をちらつかせることで働かせようとしてるのか。いずれにしても、私が助かるにはコールドハーバー島に突っ込むしかない。
「やりましょう、リーパー」
「俺は最初からそのつもりだぞ」
私が言うのにリーパーは不敵に笑う。
「現在、我が社が要請し日本海軍の空母“翔鶴”を中心とした空母任務部隊がコールドハーバー島に向かっています。あなた方はこれに合流して、コールドハーバー島への突入を行ってください」
「了解。空母まではどうやって?」
「横田空軍基地から輸送機が出ます。それに乗ってください」
ジェーン・ドウはそう言ったうえで私たちの方を改めてみる。
「いいですか。私はあなた方を高く評価しています。あなた方は私にとって最良の駒です。なので、死なずに戻ってきてください。あなた方が死ぬということは、私にとって大きな損害となり、許容できません」
「分かっているさ、ジェーン・ドウ」
リーパーはジェーン・ドウににやりと笑って見せると、席を立った。
私たちはそれからリーパーのSUVに乗り込み、横田空軍基地を目指した。横田空軍基地は第三次世界大戦後の在日米軍の撤退ののちに日本空軍が保有する基地となっている。
「しかし、カナダで地獄門が……」
「また悪魔を殺し放題だぞ。楽しみだな」
「いいえ。ですが、恐らく私にとってはこれがラストチャンスです」
ジェーン・ドウがコールドハーバー島のミネルヴァ施設を制圧することを計画したのは、そこにミネルヴァの研究データが多く眠っているからだろう。
もし、そこでΩ-5インプラントのデータを手に入れられなけば、私の頭の中にあるそれを安全に取り外すことはできなくなるに違いない。
これが正真正銘のラストチャンスだ。
「そうか。なら、気合を入れてかからないとな」
「お願いします」
私はリーパーにそう願う。
「ただ、だ。Ω-5インプラントを外す前に、俺と戦ってもらうぞ。それもこれまでずっと仕事の中に含まれていたんだからな?」
「はあ。本当に殺し合いたいんですか?」
「当然だ。お前は以前とは違って強くなった。俺はそんなお前とやり合いたい」
「…………本当にですか?」
私はリーパーと殺し合いたくはない。昔ならともかく今はリーパーについて知りすぎてしまっている。殺せそうにもない。
「ああ。マジだ。だから、生き残れよ、ツムギ」
リーパーはそう言い横田空軍基地を目指す。
TMCは全域が大井統合安全保障の警戒態勢下にあり、横田空軍基地も例外ではなかった。私たちの車が近づくのに正面ゲートに配置されていたリモートタレットや警備ボットが警戒する。
「ジェーン・ドウから指示を受けてきた。ID認証しろ」
「お待ちください」
警備ボットが私とリーパーをスキャンすると、すぐにゲートは開いた。
私たちの車両はゲートを潜って横田空軍基地内に入り、駐車場に止めると私とリーパーは横田空軍基地の施設内へと入る。
そして、リーパーは真っすぐビジター用のカウンターがある場所に向かった。
「ジェーン・ドウの使いだ。ここで空母に合流する輸送機に乗る手はずになっている」
「あんたらがそうなのか。話は聞いている。このIDの輸送機に乗れ。すぐに出るぞ」
「あいよ」
リーパーはカウンターにいた日本空軍の軍人さんからIDを受け取ると空軍基地の駐機場へと私と進む。無数の空軍機が並ぶエプロンから私たちは目的の輸送機を見つけ出すと、そちらの方へとさらに進む。
「そこまで大きくない輸送機ですね?」
「空母に着艦しなければならんのだから当然だろ?」
「それもそうです」
私とリーパーはそんな言葉を交わしながら輸送機へ。
「あんたらがジェーン・ドウが運べって言っている荷物か? さっさと乗ってくれ。すぐに出発することになっている」
「ああ」
私たちが輸送機に乗り込むと、輸送機はすぐに滑走路に入って離陸。
「TMCが遠くなっていく…………」
TMCの景色が急速に遠くなるのを見ながら私とリーパーは空母へと飛行する。
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