野犬狩り//生体機械化兵
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──野犬狩り//生体機械化兵
私が殺意を感じ取った直後、素早く車を降りたリーパーがそのまま車の上に飛び上がり、“鬼喰らい”を振るった。
遅れて電気の弾ける音とリーパーが何かを弾いた音がする。
「なるほど。電磁ライフルの射撃だ。生体機械化兵がいるというのはガセではなかったんだな。吉報だ」
リーパーは車の上で“鬼喰らい”を構えたままそう言う。
「ツムギ。気を付けろ。敵は電磁ライフルで武装している。恐らくは韓国海兵隊が使用する口径25ミリの電磁ライフルだ」
「了解です!」
私はアパートを見渡し、敵の生体機械化兵を探す。しかし、私にその姿は見えない。発砲してきたことは確かなはずなのですが。
「ほう。熱光学迷彩を使っているのか。楽しませてくれる……!」
そう言ってリーパーは獰猛に笑い、車の上からトンと降りる。
「! さらに銃撃が来ますよ!」
敵の姿は見えないが、この付近に漂う思考はテレパシーで盗み取れる。私たちに殺意が向けられていることも、私は捉えた。
私の警告と同時にリーパーが再び“鬼喰らい”を振るい、飛来した大口径ライフル弾を叩き落とす。それからやはり遅れて発砲音である電気の弾ける音が響いた。
つまり銃弾は音速を越えて飛来しているということだ。
リーパーはよくそんなものを……。
しかし、驚いたのも束の間。敵に動きがあった。
『──……敵の傭兵だ。居場所がバレたようだ。すぐにここから出るぞ……──』
テレパシーで敵の交わしている言葉を私は聞き取った。
「リーパー。敵は逃げるつもりみたいです」
「逃げる経路は分かるか?」
「待ってください」
私はさらにテレパシーで周囲の思考を盗み聞く。
『──……裏の車だ。急げ……──』
よし。聞き取れた。
「相手はアパート裏の車に逃げ込むつもりです」
「了解。俺はアパートの中を突っ切る。お前は回り込め。挟撃だ」
「分かりました」
リーパーはそのままアパートの3階に向けて突っ込み、私はぐるりとアパートの裏に向けて回り込んでいく。
私がトトトとアパートの裏に向けて駆けると爆発音が響いた。何がと思ってアパートの方を見ると、3階にある部屋から炎が噴き出している。
あれはリーパーが突入した部屋では…………?
「ふんっ!」
そう私が驚いたのも一瞬のことで、次の瞬間にはその炎が噴き出している部屋から大柄な女性が飛び降りてきた。
その女性は2メートル近い巨体のアジア人で、明らかに高度な軍用インプラントを──いや、インプラントどころではない。体そのものを戦闘に適した機械化ボディに置き換えた生体機械化兵だ。
その肩には米俵を抱えるように別の小柄な女性が抱えられている。
そちらの女性の顔には見覚えがある。ニュクス17だ。
恐らくは生体機械化兵の方は元韓国海兵隊の傭兵だろう。まさか傭兵が女性だったとは意外だったですね。
「仕事をしますか」
私は周囲にあった自動販売機や車を持ち上げると、生体機械化兵とニュクス17に向けて放つ。
「ちいっ! 今日は妙なやつらばかり襲って来やがる!」
生体機械化兵は予備動作もなく凄まじい速度に加速し、私の攻撃を回避。
流石はリーパーも興奮する生体機械化兵ですね。この程度は通じませんか。
「てめえか。さっきの攻撃は」
そして、このアパート裏の駐車場にいる私に、その生体機械化兵が視線を向けてくる。
「そうですけど、取引をしませんか?」
「取引だと?」
「私が用事があるのは、そっちのあなたが抱えてる女性です。その人を渡してもらえれば、あなたについては見逃しますよ」
私はリーパーとは違って傭兵の方に興味はない。それに仕事はスマートに、最小限の流血で済ませるべきだと思っている。
殺さなくてもいい人間は殺すべきではない。そういうことだ。
殺した、殺されたという話にはもううんざりしている。
「はん。答えはノーだ、お嬢ちゃん。あたしの信用にもかかわるんでね」
生体機械化兵の傭兵は私の提案を鼻で笑うと、片手で電磁ライフルを構えて、私に銃口を向けた。
「そうですか。残念です」
こうなれば殺すしかない。
私はリーパーのような快楽殺人者ではないが、殺す必要があるのにそれを躊躇うほど純粋な人間でもない。
必要とあれば、殺すだけ。
「よ、傭兵の相手なんてどうでもいいよ! 早くここから私を逃がして!」
「黙ってろ。あれを殺さないと突破できない」
抱えられているニュクス17が叫ぶが、生体機械化兵の傭兵は相手にしない。電磁ライフルの銃口を正確に私に向けたまま引き金を引いた。
「とう!」
私は放たれた銃弾をテレキネシスで受け止めると、そのまま運動エネルギーを逆転させて送り返した。
「こいつ、やはり妙な手品を使いやがるな……!」
しかしながら、やはり生体機械化兵は舐めてかかれる相手ではない。敵は私の攻撃をワープしたような動きで回避し、すぐさま反撃の銃撃を繰り返してくる。
連続して電気の弾ける音が響き、私は放たれてくる銃弾を受け止め続ける。
「これは困りました……」
これでは攻撃を受け止めるので手一杯で、反撃に転じることが難しい。
先ほどの弾丸の撃ち返しは既に回避されている。それに今の敵の傭兵はぎゅんぎゅんとテレポートでもしているかのような速度で動き回り、私を狙っているのだ。
「どうにかして動きを制限しないといけませんね、と!」
ここで私は一面に炎を放った。ファイアスターターとしての能力で、アパートの駐車場を車ごと炎に沈めたのである。
「あちち! あちっ! た、助けて! 焼け死ぬ!」
「黙ってろ、ハッカー!」
生体機械化兵は戦闘用ボディとして高熱に耐えられる体をしている。だが、ハッカーのニュクス17はそうではないはずだ。彼女は普通に炎で大やけどを負って、死ぬ可能性すらある。
敵の傭兵がニュクス17を守らなければいけない以上、炎は避ける必要があり、行動可能な範囲は狭められる。そういうわけです。
しかし、この私の小手先はさほど必要なかった。
「楽しんでるみたいだな、ツムギ」
「全然楽しくないですよ」
ここでリーパーが炎上する部屋から飛び出してきたからだ。
「だが、ここからは選手交代だ。そいつは俺の獲物だからな」
リーパーは“鬼喰らい”の刃に炎を映らせ、ゆらりと揺れるとその姿が消える。
いや。消えたように見えただけだ。リーパーは熱光学迷彩のような戦術オプションを使用可能なインプラントを入れていない。
この近未来において彼は生身なのだから。
「あのサイバーサムライ野郎、どこに……!」
恐らく手品師という意味ではリーパーの方が正しい。私の手品は本物の超能力ずるだが、リーパーは人間にできる限りの技術を使っている。
どうしても人間に生じる死角を利用したそれは敵の傭兵にとって致命的となった。
「こっちだ、ブリキの人形」
リーパーは突然現れたように生体機械化兵の背後を取り、“鬼喰らい”の刃をまるで豆腐でも切ったように滑らかに振るった。
「────!?」
生体機械化兵の首が飛び、ナノマシン入りの血液が噴水のように噴き上げる。強化心臓のインプラントでも入れていたのだろう。動脈から吹き上げる血液は数メートルに及んだ。
「ま、こんなものか。ちょっと期待しすぎたな」
リーパーはもう退屈そうな顔をして、“鬼喰らい”から血を払った。
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