05.公園のベンチ
公園のベンチに座り、隣でほゆ先輩が炭酸オレンジジュースをラッパ飲みする。
「ぷはっ! ふー、生き返ったー!」
ぼくもスポーツドリンクを飲み、ひと息つく。
あれから2回、対戦をした。おたがいに疲れがみえたので、近くのコンビニまでひとっ走りし、飲み物を買ってきた。
「素晴らしいよ、晴くん! 経験者のわたしに勝つなんて」
「キャラクターの操作は先輩のほうが上手かったです。勝負を決めたのはリアルのスタミナでした」
「リアリティ系アクションにおいて、プレイヤーのフィジカルが一番のアドバンテージだからね」
試合中、ずっと身体を動かしつづけていた。体力が消費されると、コマンド技を出すためのポージングが上手く決まらず、ライフを削れない。試合の後半まで体力を残し、ポージングが決める集中力が持続していないと勝てなくなる。ゲームシステムは格闘ゲームを参考にしつつ、実際の操作はフィットネスゲームだった。
「面白かった?」
「面白ったです。想像より怖くなかったですし」
「そうか! なら、よかった」
ほゆ先輩はぼくの反応を見て安心していた。
「先輩、もしかしてぼくのためにエクスアーツ紹介してくれました?」
図星だったのか、ほゆ先輩は固まって言葉に詰まっていた。
「バ、バレちゃった?」
「超インドアの先輩がハマるには、ハードすぎますから。上手でしたけど、練習してくれたんですか?」
「ちょっとだけね。少し気になってんだ。晴くんは他の部活動に入部したほうがよかったんじゃないかって」
「……どうしてですか?」
「だって、晴くん。明らかに超アウトドア派の人じゃない? 毎朝ランニングしてるし、身体も大きいし」
ぼくの体格は平均よりは大きいかもしれない。身体測定だと180センチで、筋肉もつきやすい。
しかし、そんなことを気にしていたとは思っていなかった。
「ただの体質です」
「犬っぽいし」
「ワン」
「え、かわいい~~!」
「…………」
「ごめんごめん。こほん、では真剣に話すね」
ほゆ先輩はわざとらしく咳払いをする。
「わたしはただ一緒にゲームをする友達が欲しくて、同好会を作りたかったんだ。でも名前を貸してくれた幽霊部員が、他の部活に入って……。部員が足りなくなって、同好会存続のために、たまたま部室に顔を見せてくれた晴くんを強引に勧誘しちゃったんだ。晴くんは快く入部してくれたけど、本当はもっと活躍できる場所があったんじゃないかって思っちゃうんだ」
「そういうことですか。気にしないでいいですよ。同好会は気に入って入部しましたから」
「そ、そう?」
「心配しなくて大丈夫です。ぼく、楽しいですから」
ほゆ先輩の悩みは杞憂だった。ぼくは入部してよかったと思っているし、後悔もない。
運動部に入らなかったのは、勝負事を避けたかったからだ。
ぼくはどうしようもなく負けず嫌いで、負けると泣きたくなるほど悔しくなってしまう。
この気持ちは害悪だ。まだ強くもないくせに、プライドだけが高く、どこかで人を傷つけてしまいそうな予感がする。
人ひとり守れないのに、勝ちたいとか、強くなりたいとか馬鹿らしい。
何より、負けて心が折れてしまいそうになる、弱い自分をもう見たくない。
ほゆ先輩といると、勝ち負けの世界から離れ、楽しく遊べる。
感謝しかない。
「よかった~! 実は結構気にしてたんだ」
「心配かけさせてすみません」
「わたしが勝手に不安になってただけなのに、どうして晴くんが謝るの?」
「それも、そうですね」
「そうだよー!」
ほゆ先輩が笑みを浮かべ、ぼくは安心する。
「エクスアーツ、面白かったからまたやろうね」
「ぼくは普段からやってみようと思います。ランニングの途中でも、どこか広い場所で」
「体力お化けすぎる! わたしも運動しようかなー」
話題は他愛もない内容に変わり、体力が回復するまでベンチに座った。
エクスアーツは面白かった。中学時代の事件から、リアリティ系のアクションゲームは食指が動かなかったが、いざやってみると良い運動になった。
オンライン対戦はやらず、CPU対戦だけに限れば、普段づかいできそうだ。
ぼくのためにゲームを選んでくれた、ほゆ先輩、それに姉ちゃんにはお礼をしないといけないな。
「今日はぼくのために付き合ってもらいましたから、明日は先輩の好きなゲームをしましょう」
「本当!? だったら付き合ってもらおうかな! 前にやったMMO、大型アップデートして出来ること増えたんだ! えっとえっと、部活動だけじゃなくて、深夜もあり……?」
「はい! 徹夜で付き合います!」
「やったー!」
ほゆ先輩が両手をあげて喜ぶ。すると抱えて持っていた学生鞄が空へ飛んでいった。ベンチ裏の草むらに落下する。
「しまった! おててが汗でヌルヌルだった!」
「思ったことを口に出しますね……」
ほゆ先輩は草むらに入り、学生鞄を拾う。
「ああ!」
何やら不穏な声が聞こえた。
「どうしました?」
「壊れちゃったかも……」
ほゆ先輩の両手にはヘッドマウントディスプレイがあった。たしか、滅茶苦茶怖いホラゲーがダウンロードされてる機器だったはず。
HMDを抱きしめ、ほゆ先輩は泣いた。
「うわああん! 晴くんの悲鳴聞きたかったー!」
「やらせる気だったんですね……」
壊れかけた機器よりも、後輩の悲鳴が聞けなくて嘆く先輩の姿に、ちょっと引いた。