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03.ゲーム同好会

 放課後の部室で、ほゆ先輩が暴れていた。


「ほりゃ! うおりゃ! りゃー!」

「あぶなっ!」


 小さい拳が当たりかける。距離をとってから、ぼくは部室に入った。


 部室内でひとり大暴れしてる二年の女子生徒は、頭に旧式のヘッドマウントディスプレイを装着し、両手にグローブを着けている。

 小さな体躯を一生懸命動かし、虚空に向かって腕を振り回していた。


「先輩、ほゆ先輩! 天川(あまかわ)です!」


 しゃべりかけるが、聞こえていなかった。耳にイヤホンをしているようだ。


「またか。仕方ない」


 ぼくは鞄から菓子パンを出す。未開封の菓子パンの袋を持ち、引っ張る。

 袋から甘ったるい香りが放たれた。バターとホイップクリーム、チョコレート、バナナ、イチゴの濃厚な匂いが部室内に充満した。


「はっ! この匂いは……晴くん!」

「ぼくの匂いではないんですけどね」


 ぼくは菓子パンをかじる。一口食べただけで1キロ太りそうだった。


「ちょ、ちょっと待ってて! いま外すからね。んっしょ!」


 ほゆ先輩が頭からデバイスを取り外し、目が合う。


「晴くん! 待ってました! タッチ!」

「どうも、タッチっ」


 ほゆ先輩の身長に合わせて屈みながら、ぼくらはハイタッチした。


 吉田(よしだ)穂由(ほゆ)先輩。ゲーム同好会の部長であり、立ち上げた張本人だ。レトロゲームから最新ゲームまで幅広く遊び尽くしてるゲーマー。同好会はゲーム友達が欲しくて作り、ぼくと幽霊部員合わせて合計四人が在籍している。基本、ほゆ先輩だけか、ほゆ先輩とぼくしかいない。


 ぼくらはひとまず部室を元の状態に戻す。VRゲームのために確保した中央のスペースに、折りたたみテーブルとパイプ椅子を置かれた。


 部室は、ほゆ先輩の私物であふれている。雰囲気づくりで適当に家から持ってきて、造作に置いているだけというが、ゲームハードは一通り揃い、ソフトも大量に本棚に並んでいた。


「どんなゲームしてたんですか?」

「ホラーゲーム! 襲いかかってくるゾンビを倒していくんだけど、リアルすぎる肉体破損描写と最悪な鬱展開で発売から三日で配信停止されて、当時ダウンロードした機器でしか遊べないんだ! レッツプレイ、晴くん!」

「遠慮しておきます」


 相変わらずマニアックなゲームをしていた。そんな危ない物を後輩にやらせようとしないでほしい。


「冗談だよー。今日遊ぶゲームは別。知ってるかな、最近人気のリアリティ系のアクションゲームなんだけどー」

「もしかして、エクスアーツですか?」

「正解! ゲームに(うと)い晴くんの耳にも届くってことは流行ってる証拠だね!」

「人を流行知らずのおじいちゃん扱いしました?」

「うんっ!」


 ほゆ先輩は悪気なくうなずく。ひどいや。けど、ゲームに(うと)いのは本当だ。エクスアーツも早朝に姉ちゃんから聞かされるまで知らなかった。


「というか、先輩が運動なんて珍しいですね。超インドアなのに」

「ふっふっふっ、ゲームをインドアと決めつけるなんて、晴くんは遅れた価値観をお持ちのようだ」

「先輩、ぼくのこと嫌いですか?」

「リアリティ系は日に日に進化を遂げて面白くなってる。面白いゲームのためなら何でもする所存だよ!」

「前にリアリティ系のフィットネスをやって、三日坊主じゃなかったですか?」

「シラナイシラナイ。シリマセーン」


 ぼくの話を聞かなかったことにして、ほゆ先輩は持参した水筒に口をつけ、水分補給する。


「どうして人気なんですか?」

「リアリティ系のアクションゲームはたくさんあるけど、単純にエクスアーツが一番完成度が高いからかな。配信は三年前から始まって、当時は目立っていなかったけど、凄腕プレイヤーが現れてから徐々に人気が出てきたんだ。eスポーツ業界に進出してからはプレイヤー人数はうなぎ登り。今月も大会が開催されてるし、あとあと! そろそろ新タイトルが出るって噂もあるんだよ!」


 ゲームのことになると先輩の舌が回り、たくさん説明してくれた。


「な、なるほど。eスポーツってことは対戦するんですか?」

「一番の売りだからね! わたしも、オンラインで、戦ってる、よ!」


 ほゆ先輩が肩を回してぐるぐるパンチをする。暴力性ゼロで癒された。


「たしか晴くんはリアリティ系のフィットネスやってるんだよね? スマートレンズは持ってる?」

「朝のランニングのお供にアプリを使ってるので、レンズもありますよ」

「なら、わたしとエクスアーツとやろう! 基本無料だからいますぐ始められるよ! どう? どうかな!?」


 妙に力の入った勧誘をされる。理由はすぐ(さっ)せた。


「遊び相手が欲しかったんですね」

「そのとおり!」


 正直、乗り気ではなかった。朝に姉ちゃんからもおすすめされたが、自分からやろうとは思わない。

 額の傷がうずく。痛むたび、記憶が蘇る。

 過去に怯えているわけじゃない。あんな暴力、大抵の人間がどうにもできない。

 ただ、負けるのが怖い。

 身体を傷つけられたことより、強くなかったとを思い知らされたことに深くショックを受けた。

 強い人間になりかった。

 それが理想のヒーロー像だったから。

 今度何かで負けたら、本当に心が折れてしまうかもしれない。そんな予感がして、恐怖心から勉強を頑張り、勝負事を避けている。

 ぼくにとって弱さは死にたくなるほどの恥で、強さに対して完璧主義や潔癖症に近しい憧れがある。中学時代の暴行事件で学ばされた。

 ぼくは負けたくないんだ。

 絶対に。


「晴くん? どうしたの?」

「あ……」


 ほゆ先輩が心配そうにしていた。ぼくはどんな顔をしていただろうか。

 ダメだ。自分の感傷なんて先輩には関係ないのに、意味もなく不安にさせてしまった。

 

「やりましょう!」

「うわっ!?」


 ぼくは勢いよく立ち上がった。力強く拳をつくり、熱い視線をほゆ先輩に向ける。


「いますぐダウンロードしておきます! ほゆ先輩、いえ師匠! どうかご教示(きょうじ)ください!」

「いきなりやる気だね! よし、任せなさい! まずはここよりもっと身体を動かせる場所に行くよ!」

「はい!」


 ほゆ先輩はぼくの意気込みを()み取り、やる気満々になってくれた。

 いまはゲーム同好会の活動を楽しみ時間。

 自分のくだらない過去など忘れて、楽しもう。

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