02.天川晴の過去
今よりずっと幼い頃、ぼくこと天川晴はヒーローになりたかった。
画面越しに映る架空の世界は色鮮やかで、視聴者に向けられた力強いメッセージは、ちゃんとぼくの胸に届いた。
ぼくはヒーローになる方法を両親に尋ね、実践した。食べ物の好き嫌いをなくし、学校の宿題を忘れずに提出した。転んだ友達を見かけたら手を差し伸べ、学校で困っている同級生がいれば率先して話しかけ、必ず助けた。
正しさには見返りがあった。両親に報告すれば褒められ、機嫌が良ければお菓子を買ってもらえた。友達からは信頼を得て、頼られる存在になった。
欲望と道徳が合致していた。ぼくの心が満たされていた時期で、こんな時間が続けばいいと思っていた。
転機は中学三年生の頃。校舎の階段から怒鳴り声が聞こえてきた。階段をのぼり、屋上の踊り場を覗くと生徒同士が口論していた。
男子三人が、女子一人を囲んでいた。上履きの色は赤。下級生の二年生だった。
事情を知らなくても伝わってくる張り詰めた空気で、男子が女子の胸倉を掴んだ。
ぼくは踊り場に飛び出した。
勇気を出すことは慣れていた。幼い頃からつちかってきた正義感で行動した。それがヒーローとして正しいと、当時のぼくは疑わず信じていた。
結果、ぼくは病院送りにされた。
屋上に連れ出され、下級生の男子たちに暴力を受けた。顔面を殴られ、腹を蹴られ、全身を滅多打ちにされた。
彼らは地元では有名な不良で、教師すら顔を背けるほどの悪人だった。当時のぼくは知らずに関わってしまい、屋上で大の字に倒れることになった。
男子たちが去ってから、誰かがやってきた。涙で視界が歪んでいたが、女子だと何とか判別できた。ボロボロになりながらも、ぼくは平気なフリをしようと頑張ってみた。
身体に違和感があり、視線を下に向ける。制服のズボンに大きなシミができていた。
心が折れる音がしっかり聞こえた。
わき目もふらず屋上から出た。階段をおりようとして足を踏み外して落ちる。廊下を歩いていた別の女子が悲鳴をあげた。
それから記憶は曖昧で、気がつくと病院のベッドにいた。
ぼくは三ヶ月間休み、そのまま中学校を卒業した。高校受験は自宅学習で問題なく合格した。中学二年生の不良生徒たちは一か月の停学処分になった。
「生徒同士の喧嘩がエスカレートして運悪く当たりどころが悪かった、今後こういった事態にならないよう問題を起こした生徒への厳重注意と再発防止に努める」
自宅に来た校長と担任が両親にそう説明し、帰っていった。
いま通っている高校では、静かに息をして生活している。
ぼくは間違いに気づいた。
ヒーローを目指したのは、優しくして賢い人間になりたかった、からじゃない。
強いから憧れたんだ。