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私の坩堝  作者: 芳田
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垂れ流し5

21歳〜22歳?

彼女は下品なくらいにゲラゲラと笑って、転げ回った。



そう、本当に漠然としたものなんだよ。事を急いているわけでもなく、義務感もなく、かといってそうしないことはまるで考えられない。絶望なんかしていないさ。僕は凡人の毛ほども努力というものができないからね。そんなこともせずに何が諦めだ。……とは言いつつ、その頑張れないという短所にこそ、この希死念慮の根源があるんじゃないかと考える時がある。だって、普通に考えたらこんな僕に生きている理由なんかないじゃないか。

いやいや、僕は生きていたいとも。世界とは言わず、せめて周りに利益を与えられる人間ならよかった。でも僕はそういう人間じゃない。大人にもなりきれず、空想に耽って時間を潰すクズだ。そんなのはいらない。役立たずなんて、穀潰しなんて、誰にも必要とされない。

そういう事も何にも気にしないで生きられる人間でありたかった。『それでも僕は僕だから』なんて恥じらいもなく言える様な前向きな人間なら良かった。でも僕はそうじゃなかっただけ。それだけなんだよ。そう、本当に、ただそれだけの話だったのに、どうして、こんなに。

湿っぽい話はよそうか。そこまでのことでもないけれど。明るい話があるわけでもないけれど。

空の青さに感動して、雲の高低に季節を感じて、星の煌めきに浪漫を感じるだけじゃあ、もう、誰も生きられない世の中だ。そこから発展させる甲斐性とか、もしくは想像力や執筆力なんかがあれば少しは違ったかもしれないのにね。

怠惰な人生が僕の道を狭めたとは言いたくない。僕が怠惰であったことは認めるが、それでも君たちにもそうだと言ってほしくはない。こんな人間の何かを分かった様に意見するなら僕だけ省いてやってくれ。

これでも必死に生きてたんだよ。きっとね。出来たことも出来なかったことも、手すら出せないこともあったけど、それがつまり僕だと思うんです。

矛盾だと言うならよそに行けってば、人間なんてそんなものだろう。こうやって主語を大きくして自衛を図る虚しい人なんだと思って去ってくれ。

それが僕だと思っても、そうとも言い切れない僕も確かにいるのだ。なんて面倒、なんて精神の無駄遣い。



美味しいものを食べました。この世にごまんとある美味しいものの中から今日は一つ。

だからなに?



もっと頑張れってば、もう少し頑張れば未来が明るくなるってのに。

未来の明るさよりも今この一瞬の怠惰を選んでしまうような人間でした。



切り取った君への感情。海辺に投げ捨ててやったのさ。知らない世界に流されて、誰かの運命になってしまえ。



切ない夜の煌めき。



騒々しくて、くそったれで、でも瞬きのような世界がお前を待ってる。そこでまた会おうじゃないか。私を知る君と、君を知らない私で。



清廉潔白な人間性を主張しながら、時に仄暗い笑みを零す、お前。

路地裏の軽薄そうな方々を横目で見て口では嫌いながら本当は少し憧れております。私の生き方のほうが上等だと、それはたしかに信じていれど、あの明日をも投げ捨てる自暴自棄な生き方があまりにも眩しい。

限度なく酒を飲んでみたい、口より先に手を出したい、人生の脇道を歩きたい。きっと私の知らない快感と絶望があるのだわ。



部室の奥底にしまわれた電話機を見つけた。何気なしにダイヤルを回す。ジーー、ジーーー、ジッ。どこにも通じないってわかっているけれど。受話器を耳に当てる。何も聞こえない。聞こえない。けれど。

「もしもし?」

問いかける。答えはない。知っているとも。ただ、これはそういう儀式なのだ。

「なんとなく、かけてみたの。元気?」

…………。

「私?元気に決まってるじゃない。風邪だって、もう何年も引いてないんだから。」

指先に受話器のコードを絡ませながら、窓の外に視線をやりながら。聞こえない声と街路樹の葉が擦れる音に頷く。返事を、する。

「あのね、」



人はなんで生きたいかという使い古された問いはもはや口にすることすら憚られて、賢くもないから胸に秘めている。それでも時折考えているわけで、でもやはり答えは出ない。



夢はいつか潰えるし、全ては終わりに向かっていくんだろうさ。でも、でもね、私たちはそれでもって否定していかなくちゃいけない。終わるからって意味のないものはないって、ここにいることには確かな理由があるんだって。張りさけるほどの声で伝えなくちゃいけないんだ。今の君ならわかるだろう?

(そう言いながら今にも泣き出しそうな、皺くちゃな笑顔を浮かべた君は、たしかに。)



暗い劇場でスポットライトを浴びて、俗な言葉をよくわからない文章力と演技力を持って高尚な芸術へと、あるいはより下世話な私に寄り添う言葉へと変えた。私は、その有様を容易に想像することができて、そしてそれがたまらなく悔しかった。



才能がないことを知っている。努力する才能さえない。凡人以下の私にはあのライトを願うことさえ許されなかった。だけど、だけれども、頭で理解してても感情は抑えられないのだ。生で素晴らしい演技を見た時、私は本当にそれに感動すると同時に悔しくてたまらない。相手を憎んでいるわけではない。あそこに立つ道を選ぶ勇気がなかった自分が憎いのだ。



馬鹿馬鹿しい。お前は思うがままに言葉を紡ぐなり騒ぐなりしていればいいのだ。何かを考え脚を止まらせるなどお前には似合わない。それは気取りだ。思考停止だ。



はやいほど多くのものを取りこぼす。その抜き去った何かを知らないままひた走る。傍目から見れば私は秒速八メートルだろうが私にとってこの瞬間は永遠にも等しい。着いて息も絶え絶えで振り返ったとき、自分の進んだ道の短さと進んだ時計の針の位置に軽い目眩を覚えるのだ。



「地球を愛しています。私は私の恋愛感情に従って地球を独占します。あらゆる手段を用いて、あらゆる犠牲を厭わず。」



僕は僕の悪意でもって君たちの前に立ちはだかる。



消えちまえ、この思い、全部。



ボタンは掛け違えていない。道だって大きく踏み外していない。でも私に足りなかったのは正しさを実行する意志の力だった。



カシリと歯を鳴らす。無意識だ。もはや何も。ただ重なり合う私。それは同時存在ではなく。いつのまにかでてきた笑いは本物だ。私だけは知っている。私のことだから。



夏の幽霊

蝉たちがじゅわじゅわと大合唱する、まさしく夏。

照りつける陽光が容赦なく君の肌を焼く季節。

大嫌いで大好きだった八月への憧憬。

塩素の香りに夢を見せられる。

あまりに長かった夏休みの何一つを思い出せなくても、あの日々は確かだったと言えるのはなぜだろう。

脇を走り抜ける子らは私であって、私は彼らであれば。

消えてしまいそうな陽炎。

なぜ夏に呼ばれるかと言えば、それがまさしく生死の季節と言えるからだとしたら。

本能は警鐘を鳴らし感性が耽溺する摂氏三十三度の河川敷。

蝉が一匹落ちて、鳴くのをやめた。



括り付けられたままのブランコをただ見上げる子らの無力さに罪はない。



辛いなあ、なんて思いながら、涙を目に湛えながらパスタを湯掻く私の浅ましさたるや。食欲には貪欲なのね、なんて笑う声が聴こえてヘッドホンの音量を上げる。五月蝿い、うるさい!人間たり得ない私を人間たり得ない私が笑うな!



あまりに世界がつまらないわけではなく、つまらないのは私だけである。誰しもが心の奥底でそう思ってしまっているのだから、この閉じた世界はつまらないと割り切っても許されるのさ。



『非道いこともあるが悪くないことだってある。だから、まあ、この世界だって捨てたもんじゃないよ』

なんて、笑う貴方に、私も笑いかえすことしかできなかった

(違うんだ、違うんだよ、我が友。この世の表皮を埋めつくすものはまさしく非道、それだけなのだ。だのに、君は、そこに見つけたたった一欠片の親切を、信仰しているだけなんだ。それこそが神様の狙いなんだよ。なんとなく捨てがたい宝物を誰の手にも持たせて無意味に生きながらえさせようとしているのさ。目を覚ましてくれ、君よ、友よ。この世の道理はその親切ではなく極悪非道だけなのだ!)

(……ああ、でも、そうだとしたら、僕は君を手にかけなくちゃあいけないのだね。なんの理由もないけれど、手にかけてはいけない理由もないのだから。それでも僕は拳を振り上げることも、君を睨み付けることもできなくて。だから、僕の宝物は君なのだろう。非道の世界の宝物。汚泥の中の光明。僕は。僕は君を、愛している。)



「キレイ…!キラキラしているわ!ママ!」

「えぇ、そうね。あれが私たちの住んでいる星よ。」

「わたしたちの、ほし?」

なんてうつくしいのかしら。なんてそうだいなのかしら。あんなところにわたしはすんでいるのね。ママもパパも、ジョーもベスも。なんて、ぜいたく。なんて、きせき。


でももったいないわ。人間に、動物に、こんなキレイな星はもったいない。生きている限り、活動する限り、一分一秒、コンマ一秒だってこの星は汚されている。

――そんなのは許せない

あの日の美しさを永遠に保たねば。愛しい思い出を本当に過去にしてしまうわけにはいかない。

愛している。えぇ、そう、私は愛しているのよ。気狂いでもなく、やっつけでもなく。

私はこの星を愛している。だからやってやるわ。やるしかないのよ。それしかもう道が見当たらない。

地球を、独占する。



何かをしたことを恥じているのではなく、何もしてこなかったことを恥じているのだ。時間もあった、能力も体力もあった。足りなかったのは気力だけ。一番大事でどうしようもないものだけが欠けていた自分があまりに惨めです。必死に生きている人に申し訳ない。これから死にゆく人に面目が立たない。これまでお世話になった人に何と言い訳ができようか。否。何もできない。それが辛く、恥と言って憚らないこともちゃんちゃらおかしい話だ。笑い話にだってなりゃしない。

語る価値もない凡俗の書き散らし



何も見えてないよ。盲いたメシアなんて笑い話にもなんないよってさ。

概念統一、人間おんなじ言葉を持ってるなら多少なりとも気持ちを分かり合えるはずなのにそういう器官は削ぎ落とされてしまったのさ。

時計の針の音は随分前に静音化されて時間はいっそ空気に溶けていった。確かな砂時計をひっくり返し続けてカップラーメンはすっかりのびきった。



悪辣と知って悪辣を為す人々を私は愛している。言い訳もせず、断行できるその意思の強さがあまりにも眩しく映るのだ。



夜の闇が私の心を蝕んでくる。



なんて綺麗な恋。美しい恋。



明日なんて来なければいい、そういった君は、とっくの昔にそれが訪れていないことに気づいていた。

今日の次に来るのはまた別の今日で、私たちは一歩も前に進めてなどいなかった。



甘さとは幸せの味らしい。

そう言って、なんのてらいもなく顔を綻ばせた彼は、今までのどんな時よりも彼自身を見せてくれたのだと。



愛する女の記憶をズタズタに切り裂かれてこの世への希望をなくし、自分をなくし、生きる屍となるのか。

ただ一つの幸福を知ってしまったがために、それをもう一度取り戻すために永遠とも言える時間を彷徨うのか。

どちらも救いがない。



美しい響きなんて忘れてしまったし、伝えたい言葉も失ってしまった。日々の退化をその消失を持って知る。愚かさ。



何か一つなしえても次の壁が目前に迫っている。わたしの心の休まる時なんてのは、永劫、訪れることはなく、焼き切れたブレーキ



胸に浮かんだまっさらの優しい砂が黒ずんだトゲになりそのまま刺さる。その繰り返し。白い紙を鉛筆で塗りつぶし続けるような、そんな不快感。



暗雲立ち籠める三月の冷えた雨のぶつかる音は格別に陰鬱だ。

素敵さとは甚だ不愉快な理解できない感性の上位互換ですから、つまりは負け惜しみです。

いつからか深爪はそれではなくなりました。

突き詰めると何もかもが風の前の塵だけれどもさ。



俺の言葉が誰かに報いることはないし、誰かのためにあることもないよ。



許してほしい。君を愛すること、私が自由に生きること。



時は満ちる。時は来る。流れ流れて見果てぬ夢さえ観測して、我々は征く。星の彼方、地上の星、イスカンダルの音色、揺らめく珊瑚礁。揺れろ。貴様のそれは美しい。悟りではない。あなたの目の輝きは悟りではない、人間ではない視野のもの。君はその眼でなにを見る。



なんのことはない。ただ躓いただけだった。ふと、緊張の糸が緩んだ時、慎重に避けていたはずの小石が私の歩みを妨げたから、死にたくなった。

こういう人間なのだ。私は選ばれない。選ばれる努力もしない。明日を思う心を失った、呼吸をする歯車。

脳裏を横切る、ただ一度の表彰式は、あまりに惨めで悔しかった。佳作如きで舞い踊る私の後ろにいるのは金賞の名も知らぬ後輩。

私はそういう人間だ。

背を丸めて、過去のどうでもいい恥と今やるべきことの差もわからず思索する無益な生き物が私だ。



何かを考えていたような気がするが、僕の記憶はおぼろげで薄情で薄っぺらで。



そういう話をしたかった。私はあまりに何もかもを忘れていた。友人の顔が思い出せません。恩師の名前も思い出せません。何をして生きてきたのかもわかりません。ただ、今だけが確かで、今以外はあり得ないのです。

過去は過ぎ去り消えるものであり、未来は今になるまでわからないものでありますから。

存在とは記憶です。物体の有無ではなく、人々の認識によって存在は成立するのです。なれば私は。私にとって存在しないものは、あまりにも、あまりにも。



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