サクラの出発
議場の椅子に、ユウトは座り込んだ。
長時間の会議ではなかったが、緊張感による疲労を強く感じていた。
「サクラ?」
呼ぶが、答えはない。
ユウトが知らぬ間にサクラは議場を出て行ったらしい。
ハヅキもいなかったが、ハヅキがこんな感じなのはいつものことだった。
予想通り、まともな対抗意見はハヅキとサクラからしか出なかった。
臣下の妻や娘は、自分の意見を話さない。
だが、今回のサクラやハヅキの言動を見れば、もしかしたら次の会議では自分の意見を言うかもしれない。意見はなくとも、多数決を取る段になって、自らの意思を示すかもしれない。
ユウトは、そんな三日後の変化に期待していた。
今日採決したら完全に戦争一択だったはずだからだ。
「それと……」
議場でサクラのことを『妃候補』と説明してしまった。
それは全くサクラの意思を無視した、勝手な発言だった。
サクラが『妃候補』だとしたら、ハヅキと許嫁の関係であることを破棄しなければならないだろう。
次回、同じ説明で二人を議会に参加させられるだろうか。
「いや、その前に」
ユウトは考えていた。
サクラになんの説明もせず、議場にいる全員の前で、『妃候補』と説明しても良かったのだろうか。
ユウトしかいない議場の扉が開いた。
「ユウト様」
「サクラ、ちょうどいい。話がある」
ドレスに施された細工が、サクラが歩いた後に花が飛ぶような残像を残す。
その様子を見ていると何か、ユウトの記憶をくすぐるものがあった。
「あの、どうなされました?」
「ああ、すまん。サクラ、まずはそこに座ってくれ」
サクラが椅子を整え、ユウトと向き合って座る。
「今日は大変だったろう。君のおかげで、戦争一辺倒だった状況を変えてくれた」
「いいえ、そんなことは」
「それと、いきなり説明もせず『妃候補』などと言ってしまったことを許してくれ。君にも許嫁や恋人がいるのだろう?」
サクラは顔を赤くして、俯いた。
「いいえ、そのようなものはおりません。ただ、私などを妃候補などするのは、ユウト様は迷惑なのではないですか」
「臣下たちの言ったことか。そんなもの気にするな。シロガネ家がどうであれ、お前は違う」
ユウトは更に言葉を続けた。
「サクラ、ゴブリンとの交渉ルートを探るというが、これからどうするのだ」
「今日の内にルコール地方へ出発します。移動に一日取られてしまうので……」
ユウトは厳しい顔になった。
「危険すぎる」
「ルコール地域すべてが危険ではありません」
「だが、サクラまで人質になったらどうする」
サクラの曲げた指が軽く彼女の唇に触れた。
「……王子の後ろ盾があると説明すれば、私を人質には取らないでしょう。そのように説明してもよろしいでしょうか」
「もちろんだ。だが、議会の承認が得られるまで本当の交渉は出来んのだぞ。決裂した場合、君の交渉ルートに立っている人物が危ういことにならんか」
「その点はご心配なく」
ユウトはその言葉にも安心したという表情にはならない。
より厳しい顔つきになっていた。
「俺も行こう」
「えっ?」
「もし邪魔だと言うなら行かないが」
サクラは首を横に振った。
「い、いいえ。ユウト様に来ていただけるなら、心強いです」
「よし、そうと決まったら支度を始めるぞ」
「私は自宅へ戻ります。では、二つほど後、北の見張り塔の下で待ち合わせいたしましょう」
ユウトは力強く頷くと、サクラの手を握りしめた。
サクラは再び頬を赤くして頷いた。