連れ去られた先
ユウトはサクラを連れて歩きながら、話をした。
「君はゴブリンと交渉する、と言う道を選ばせようとしている」
「はい」
「ぜひ、その意見を会議の中で言ってほしい」
サクラはそう言ってまっすぐ見つめてくるユウトの目を見て、頷いた。
サクラの長い髪は、後ろでまとめられていた。
髪をまとめるのに使っているのは、地味ではあったが様々な工夫がなされた組紐だった。
ユウトは足を止め、その組紐に手を伸ばした。
「これは? かなり凝った作りだ」
「シロガネ家に伝わる組紐です」
「なるほど、そういうことか」
再び、サクラの手を取ると、歩き始めた。
先ほどまでは驚いていただけのサクラは、改めて手を握られると少し頬を赤くした。
二人は城に向かって歩いた。
城に入るとそのまま衣装部屋へと向かった。
衣装部屋に着くと、従者が出てきた。
その者はユウトの服を選んだり、髪などを整えてくれていた。
「ユウト様、どうなさいましたか?」
「この娘の化粧と服装をすぐに整えろ。会議に出すのにこの服装ではいかん」
従者は驚いたような顔をしてから、頭を下げる。
「あ、あの、ユウト様。王妃が亡くなってから、女性の服は…… いや、服やアクセサリは、少しはあるのですが、選んだり髪を結ったりする者がおりません」
「知り合いはおらんのか」
頭を下げたまま、首を横に振る。
「アシム、お前誰か知らないか」
ユウトのポケットで寝ていたアシムを起こして相談する。
「一人、知り合いの女性がいるから連れてくる」
サクラを衣装部屋に残したまま、ユウトは鳩部屋に入ってアシムを鳩に乗せる。
「頼んだぞ」
鳩が城の外へと羽ばたいて行った。
ユウトは先に議場に入っていた。
臣下たちが、一人、また一人、と集まってきていた。
見たところ若い臣下も、年配の臣下も『妻』を連れてきているようだった。
妻を亡くした高齢の者が、娘と思われる者と入ってきたが、それは数名だった。
連れてくるものが『妻』だとなると、意見を夫と揃えてくることが考えられる。
妻が独自に考えたとしても、自然と夫と『家』のことを考えてしまう。
そう言う訳で、人数が倍になるわけだが、ゴブリンを討伐すると言う意見が大半だろう。
全員が同じ意見では話し合いにならない。
すぐに戦略や戦術の話になってしまう。
ユウトは人数が集まっているのに、会議を始めなかった。
「ユウト様、そろそろ会議を始めては」
王子が何か言うと思い、議場が静かになる。
ユウトは従者に声を掛けた。
「サクラの準備はまだか? そもそもハヅキはどうした」
「急ぎます」
従者が議場を出ていくと、まるで入れ替わるかのようにハヅキが入ってきた。
グラスを掛け、木製のマスクをつけた背の高い、大きな女性は、議場に集まるものの目を引いた。
ゆっくりとユウトの近くへとやってくる。
そして膝をつき礼をすると傍に立った。
「これはスズミヤ・ハヅキ、現時点では許嫁だ」
ハヅキは議場の全員に向かって頭を下げる。
「では会議を」
「待て」
ユウトが止める。
「もう一人、女性を参加させる」
臣下たちがざわつく。
「もう一人? 参加規定は『家族』ではないのか?」
「王の家族に、女性はいないはずだ。許嫁であるスズミヤの娘は良いとして」
「許嫁の外に女がいる?」
「妃候補とでもいうのか」
広い議場とはいえ、直接王子に聞こえるのに、臣下たちは構わず言葉を発していた。
ユウトは、考えていた。
サクラをなんと言って臣下たちに説明するのかを。
ユウトの真剣な顔を見て、臣下たちは次第に静かになって行った。
静まり切った議場。
自分の呼吸さえもうるさく感じる状態になった。
その時、扉が開いた。
一斉に注目が集まった。
そこに現れたのは、ユウトが広場で見た、ボロボロの亜麻色の服をきた女性ではなかった。
議場にいる誰より輝く白と青のドレスを纏って、長い髪は美しい組紐で編まれていた。
薄汚れていた顔も、綺麗に整えられ、目元や頬に化粧を施している。
「サクラ」
ユウトはそう言うと、すぐにその女性に近づき、手を取っていた。
近くで、はっきりと彼女の姿を見たものから、「美しい」と、ため息のような声が漏れる。
二人は皆の前に着くと、ユウトが口を開いた。
「妃候補の『シロガネ・サクラ』だ」
再び議場に、ため息のような声が漏れる。
サクラの驚きと戸惑いが混じった顔が、ユウトに向けられた。
そのサクラに、ユウトはただ無言で頷いた。
しかし、意地悪な臣下たちは言う。
「妃候補? 許嫁がいるのに?」
「ハヅキ様の立場はズタズタですな」
「そんなことよりシロガネ家は確か、取り潰しになったのでは?」
ユウトは議場に睨みをきかせた。
その表情を見て静かになった議場で、ユウトは大きな声を張り上げる。
「では、会議を始める」