二人の女性
ユウトは朝、暗いうちに目が覚めた。
ゴブリンの王と一騎打ちとなり、切ったと思った一撃をかわされ、円月刀でバッサリと切られてしまう夢だった。
枕の横を見るが、アシムはいなくなっていた。
人が寝起きして一日が過ぎる間、彼らノームは二十四から二十六日が経過する。つまりその回数だけ寝起きしている。
ユウトにとっては昨夜のことだが、寝ている間にアシムは日が経ってしまっているのだ。
ユウトは一人、城の中の廊下を歩いていると、女性の従者を連れて入ってくる者と出会った。
ユウトより頭一つ、いや二つほど背が高く、鼻と口を覆う木製のマスクをつけていた。
首元までで切られた短い髪に、ユウトと同じように眼鏡をかけている。
トップスとボトムスが分かれているものを身につけていた。
彼女の動きを見ている限り、体を保護するためなのか、硬い素材の服で締め付けるようにして着ているようだ。
ユウトが声をかける。
「なんだ、ハヅキ。こんな時間から」
「……」
声をかけた相手は、無言で通り過ぎて行った。
ユウトは振り返って、言う。
「おい。何か言ったらどうだ」
「私がいつも城の図書室に入っているのは、ご承知なのだと思っておりました」
ユウトは思い出した。
ユウトの寝室の窓から、城の図書室が見える。
朝起きて、外を見ると図書室に彼女の姿があった。
休日以外、毎日だ。蔵書は多いが、個人にそれほど読むものがあるのだろうか。とユウトは思っていた。
「今は何を読んでいる?」
「ドラゴン石に関する書を」
そうだ。彼女だって『女性』だ。それに俺の『許嫁』でもある。
今日の会議に、ハヅキを連れていくのはどうだろう。
ユウトはハヅキを見つめながら考えた。
「まだ何かございますか」
一瞬、目があったがハヅキが視線を逸らしてしまった。
「……会議に出てほしい」
「どのような会議でしょうか」
「国の指針を決める重要な会議だ。異常に意見が偏っているため、女性を参加させることにしたのだ」
ユウトには、グラスの奥の彼女の目が光ったように思えた。
「承知いたしました」
「会議の開始は、後ほど伝える」
体は傾けず、頭だけを小さく前に倒した。
ユウトは思っていた。彼女は、いつもじっとしておとなしい。
だが、女性が『ドラゴン石』について調べるだろうか。
読んでいる書物から考えると、彼女も男まさりな考え方に違いない。
ハヅキと別れ、城の外に出ると、鳩の背に乗ってアシムが近づいてきた。
「王子、妃の預言を教えておくれ」
「スワン、それだけだ」
「なら、俺が寝る前に言えたでしょ? それにしても随分抽象的な預言だ」
白鳥の姿を思い浮かべてみるが、ユウトの中に思い当たる女性はいない。
アシムは鳩の背を降りると、ユウトの手で運ばれ、胸のポケットに入った。
ユウトの服のポケットは、ノームの大きさに合わせたものだ。
「じゃあ、探そう。君もそのつもりでこんなところに来ているんだろう?」
「……」
ハヅキを会議に呼んではいたが、果たしてユウトの狙い通りの発言をするかは怪しい。
妃探しも合わせ、街に出るのは悪くない。
ユウトは頷いた。
ユウトは街を歩いた。
朝の市場には人が大勢いたが、ユウトが妃にしたいと思う年頃のものは出歩いていなかった。
アシムが二度ほど睡眠を取り、目覚めたころだった。
ユウトは街はずれの広場に来ていた。
周りは石の塀で囲まれ、中は綺麗に手入れされた芝で覆われている。
何台か馬車が止まっており、従者が外で待機していた。
一人が、ユウトに近づき、膝をついて頭を下げた。
「なんだ」
「ユウト様、今日はどうなさいましたか」
「いや、特に用はないのだが」
従者は広場に少し目をやると、
「今日は晴れており、気持ちの良い広場ですが、ただ、今日は祭りで披露するダンスの練習があり、お嬢様方が集まっておりますので、少々騒がしいかと」
ポケットで目覚めたアシムが言う。
「女性が集まっているなら、ちょうどいいじゃないか」
アシムの声は小さく、ユウトには聞こえるが、従者には聞こえない。
ユウトは従者に行った。
「少々騒がしくとも構わん。中に入るぞ」
すぐ従者は、広場への入り口を開けに走った。
ユウトがゆっくりと広場に入る。
ほとんどはユウトにとって、臣下たちの妻、あるいは娘だった。
アシムに向かって、その話をボソリと呟く。
「つまり、城の会議に参加しない『家』の娘を探す方が難しい、そう言う意味か?」
「確かに、ここに来ていない妻を連れてくるものがほとんであって、娘であれば意見は異なるかもしれないが、同じ『家』としての意見だ。おそらく意見は同じになってしてしまうだろう」
ユウトはあくまで今日の会議の視点で話していた。
「まぁ、それならこれは会議のためではなく、妃を探すつもりで決めたらどうだ。ほら、あの黄緑の髪飾りをしている『メイ』とか言う娘なんか、俺の好みなんだが」
ユウトは黄緑の髪飾りを探した。
長い髪、背丈はユウトより少し低いぐらいか。
黄緑の髪飾り以外、周りの娘たちとあまり変わり映えしない容姿だ。
「外観だけだと、なんとも」
「まあ、誰でもいい。ユウトが決めることだから」
ユウトはゆっくりと、女性たちの集団に近づいていく。
一人、二人と意識し始めると、いつの間にダンスの練習を止め、ユウトを囲うように集まっていた。
「あ、いや、練習を邪魔するつもりはなかったのだ」
「……」
ユウトは自分が続けて話さねば場が進まない、と感じた。
「ここにいる者は議会に参加する臣下の娘が多いから、聞いている者もいると思うが、今日開催する会議には女性に参加してもらおうとしている」
「国の重要な会議ではないのですか?」
ユウトはその声に頷き、言った。
「その通りだ。ルコール地方を勝手に併合したゴブリンと戦うのか和平を選択するのかだ」
女性たちは小さい声ではあったが、急に周囲と喋り始めた。
「どうだ、参加したい者はいないか」
ボソボソとした声が上がるだけで、ユウトに意見を述べそうな者はいなかった。
「やっぱりゴブリンは退治するべき」
「戦は嫌だけど、父から他にやりようがないと聞きましたわ」
小さく聞こえてくる話も、男にコントロールされているかのように一方的だった。
体を揺らしながら、ボソボソと話している娘たちの姿の中に、ユウトは一人の女性を見つけた。
皆が顔を見せるようにユウトを中心に、扇型に広がっているのに、その女性だけが奥に、隠されるかのように立っていたのだ。
ユウトはその女性と、一瞬だったが目があった気がした。
次の瞬間。
「あの!」
奥に隠されるように立っていた女性が声を上げた。
広場の女性の睨むような視線が、その女性に一斉に注がれた。
髪は長いが、後ろで縛っていた。
ユウトより若く、背も低かった。
身なりは、地方の一般的な服装で亜麻色の服だったが、あちこちが擦り切れ破けていて、彼女の白い肌があちこち見えていた。
「私の家は王に意見が言える位ではないのですが、私はこの国の行く末を憂いております。ゴブリンの暴力で人が死ぬことは耐え難い。それが戦の上だとしてもです」
「戦を『しない』と言うのか? 敵はゴブリンだぞ。話し合いがまとまるとは限らない」
「はい」
ユウトは目を見開いた。
これだ。これが必要だ。
近づいていくと、女性たちは道を開けた。
「名はなんと言う」
「サクラと申します」
「サクラ? 聞かぬ名だ」
周囲の女性が、ボソッと呟く。
「まぁ、汚らしい格好。シロガネ家は取りつぶしておけばよかったのよ」
その声はユウトにも聞こえていた。
ユウトはそのままサクラの手を取った。
「少し付き合ってもらう」
サクラは声も出せなかったが、小さく頷く。
ユウトはそのまま広場から連れ出してしまった。
残された女性たちは呆気に取られたように、二人を見ていた。