預言者の言葉
ユウトは自らの寝室のベッドに横になり、天蓋を見つめていた。
ケント王は息子であるユウトが生まれてまもなく、ユウトの母、妃であるナミエを亡くしていた。
幼いユウトは乳母たちに育てられた。
臣下たちはケント王に新しい妃を取ることを勧めたが、ケントはそれを固辞した。
ケント王自体が高齢であり、ユウトが生まれた時には祖父母もこの世を去っていた。
つまり、今ユウトに残された家族は、王であるケント一人だった。
臣下たちの前で「女性を連れてくる」と言ったのは無茶だった。
彼は今更ながら後悔していた。
「まあ、まずはその預言者の言葉を思い出してみることが大事じゃない?」
それはユウトの声ではない。
ユウトが寝ているベッドの頭側の小さなテーブルに、お茶を飲むための陶器の器が置いてあった。
声は、そこから発せられたものだった。
ユウトは陶器の器に向けて話しかける。
「ノームの世界は男女平等なのか?」
陶器の器から、小さな人の形をした生き物が出てきた。
彼はノームと呼ばれる妖精のような小さい人形の生き物で、名をアシムと言った。
彼はユウトの中指ほどの身長で、体長の半分ほどの長い髪だった。
「さあな。俺が今一人なのと同じで、ノームの間には『社会』呼べるものが存在するわけじゃないからな。だから、ノームにとっては男だ、女だ、と行って役割を分けてる場合じゃないってことだ」
「そうか」
ユウトは頭の後ろで腕を組んだ。
「預言者の言葉か」
「聞かせてみろよ」
陶器の器から出ると、テーブルを走り、飛び、超えて、ユウトのベッドに着地した。
「確かあれは……」
ユウトは思い出しながら、少しずつ語り始めた。
三年前ほど前の話だった。
ゴブリンがルコール地方に現れてはいたが、まだ誰もそれが脅威だと感じてはいなかった。
首都クランクにあるコード城に長い髪の男が現れた。
男は、高齢で顔中シミとシワだらけで目なのかシワなのか、鼻なのかシミなのか、はっきりしないほどだった。
長い髪も、長い眉毛も、すべて白髪で固く、細かくウェーブしていた。
ケント王はその容姿を耳で聞いただけで、相手を理解し、城の中に通させた。
ユウトも、王により同じ部屋に呼ばれた。
「カネゴ。しばらくぶりじゃの。何をしておった」
「私は、もう天命を全うする頃にて、お世話になった方へ挨拶をしておりました。簡単にいうと、様々な廟を巡っておりました」
「そうか…… 面白い話がたくさん聞けそうじゃの」
ケントは笑った。
カネゴが各地を回った土産話をした後、手を合わせると言った。
「ここを去る前、最後に、ケント王。あなたに預言を託しておかねばなりません」
「それは……」
「大変失礼ですが、ケント王というよりは、そちらの若き王へのものかもしれません」
王は玉座の脇にあった杖を手に取り、握りしめた。
だが、怒りは抑え込まれた。
「預言とはなんだ」
カネゴは頭を下げていて、髪が顔を覆って表情がわからない。
そんな状態から、急に低い声を出した。
「北の国、ゴブリンたちへの対応です。今は水晶の女王がいない世です。ゴブリンが南下した時、処理を間違えると国の滅亡につながる重大事になります」
「ゴブリンが動くというのか」
「預言であり、数週間なのか、一年後なのかは、断言できません。しかし、間違いはないでしょう」
ケント王の視線は、北に向けられた。
部屋の中からは城内の壁しか見えないはずだが、何かその奥にあるゴブリンの王の姿を見ているようだった。
「もう一つは、ユウト様の妃に関するものです」
「ようやくその話になったな」
ユウトの枕から滑り降りながら、アシムが言った。
「ゴブリンが南下することは予言でわかっていたんだ。だが王は対策も、決断もしなかった。そして、今日になって、ゴブリンの件を俺に任せてきたんだ」
「預言も、すべて君に預けられたってことだな」
「アシム、君はここまで聞いて寝てしまうのか?」
小さな布をかけて、アシムは枕の脇で体を横にしていた。
「妃の預言は、明日の朝、話してくれ」
ユウトは再び預言者の思い出の中に戻っていた。
カネゴは顔に掛かっていた髪を分け後ろに流すと、顔を出した。
「妃となる者は『スワン』です」
ケントとユウトは顔を見合わせた。
「ユウト、聞けるうちに聞いておけ」
スワンとだけ言われても名前なのかあだ名なのか、それとも人ではなく本当に『白鳥』を妃にするのか、さっぱり分からない。
「聞けと言われてもわかりません」
王も困った様子でカネゴをすがるように見るしかなかった。
「これは『預言』であり、最終的にユウト様がお選びになった方が『スワン』ということなのかもしれません」
「そんな、それでは預言の意味をなさない」
ユウトは呆れた。
「私が考えるにユウト様の中で『スワン』を追い求める、ということが重要かと考えます」
アシムが寝ている中、ユウトは天井に向かって独り言を言った。
「スワンか」
白鳥。
空を飛ぶ鳥としては、大型の鳥だ。
孤高なイメージがあるが、実際は群れて暮らす時期もあり、他の鳥とそう変わらない。
だが、ユウトの国では、優雅に見えるが努力している、とか、気高いイメージがある。
預言として示すのはそういうところだろう。
気品があり、群れない孤高の女性。
そんな女性が、どこにいる?
……さっぱり記憶にない。
ユウトは考えているうちに寝てしまった。