第35話「人質救出作戦を実行する(1)」
──柳也視点──
魔界の奥には、朽ちかけたショッピングモールがある。
内部はすでにダンジョン化している。危険度ランクはC+。
そこまで深い魔界になると、電子機器も狂いはじめる。
電話も、ネットも繋がらない。
ショッピングモールにいる人たちとは、連絡を取る方法がない。
だから、できるだけ早く、人質のもとに到達しなきゃいけないんだ。
「ここをベースキャンプとします」
アルティノは『家電量販店』の駐車場に車を停めた。
ここは1週間前に俺と蛍火が攻略した場所だ。
すでに魔界化は解除されていて、敷地のまわりには柱が建てられている。
『配信者ギルド』が設置した柱だ。
あの柱が作り出す結界が、魔界の侵食を防いでくれている。
外からここまでは、通路も開通している。だから車で来ることができたんだ。
「ここからなら、魔界の外まで電波が通じます。結界を張ってあるので安全です。人質を救出したら、ここまで誘導してください」
「了解しました」
「『魔界ショッピングモール』までは徒歩15分。魔術で強化して走れば10分かかりません」
蛍火が地図を開く。
『魔界ショッピングモール』まで、距離は1キロ弱。
急げば10分前後でたどりつける。すぐに出発したいところだけど──
「『配信者ギルド』からは、八重垣織姫さまのパーティと合流するように指示が出ています」
アルティノは言った。
その話は聞いている。だから俺はブラッド=トキシンに変身してる。
八重垣織姫とはバイト先で会ってるからな。素顔を見せるわけにはいかないんだ。
そんなことを考えていると、車のエンジンの音がした。
やってきたのは黒塗りの大型車だ。大きな音を立てながら、アルティノの車の正面に停まる。
最初に降りてきたのは、浄衣をまとった、陰陽師っぽい男女だった。
女性の方が車のドアを開けると、今度は巫女服姿の少女が降りてくる。
長い髪を緋色の紐でまとめ、腰に小太刀を差している。
「八重垣織姫と申します。本日はよろしくお願いいたします」
少女は俺たちに向かって、一礼した。
「すぐに人々を助けに参りましょう。魔術結社『神那』は『ポラリス』との全面協力をお約束いたします」
「ありがとうございます。では、出発前に役割分担を決めておきましょう」
答えたのは蛍火だった。
「こちらはトキさんが前衛、わたしが後衛となりますが、『神那』は?」
「ボク……いえ、織姫の使い魔たちが前衛を務めます。後衛はこちらの七柄と六曜が──」
「役割分担については、八重垣の当主さまより指示をいただいています」
不意に、長身の男性が声をあげた。
俺のバイト先で『威圧』を使った人物だ。
名前は確か……六曜だったか。
「我ら『神那』は『魔界ショッピングモール』の魔界化コアの回収を担当いたします。『ポラリス』は人質救出をお願いいたします」
六曜はうやうやしく一礼して、告げた。
「これは八重垣の当主さまからの指示です。この提案を『ポラリス』が受け入れるか否かに関わらず、我々はコアの回収に向かうことになっております」
「そんな話は聞いてないよ!? 六曜!! なに言ってるの!!」
八重垣織姫が叫んだ。
けれど、六曜は淡々とした口調で、
「聞けば反対されるでしょう?」
「当然だよ! 戦力を分散してどうするの!? まずは協力して人々を助け出し、それから全員で『魔界化コア』を回収すればいいじゃない!」
「『神那』と『ポラリス』の、どちらがコアを入手するのですか?」
六曜と呼ばれた男性は、冷えた声で答えた。
「C+ランクの魔界化コアです。それをどちらの魔術結社が入手するのですか?」
「そんなの今決めることじゃないでしょ!?」
八重垣織姫は、本気で怒ってる。
彼女にとっては、捕まった人たちが最優先なんだろう。
でも『神那』という組織は、『魔界化コア』の入手を優先している。
確かにコアを回収すれば、『魔界ショッピングモール』の魔界化は消える。
だけど、コアの回収に手こずれば、人々の救出は遅れることになる。
八重垣織姫の言うとおりだ。戦力を分散するべきじゃない。
異世界のおっさんも言ってたたからな。
『異世界人属性を付与した武器は、一気に戦線に投入する。戦力の逐次投入や戦力の分散は下策だ』って。
だから、救出作戦は全員でやった方がいい。
つまり──
「マスターに、提案が、ある」
俺は『ブラッド=トキシン』の口調で、蛍火に話しかけた。
「提案を口にしても、いい?」
「構いませんよ。トキさん」
「では、言う。『魔界化コア』は、いらない。代わりにみんなで、協力するといい」
六曜と八重垣の当主が欲しがっているのは、『魔界化コア』の所有権だ。
だったら、そんなものくれてやればいい。
優先すべきなのは人命だ。蛍火とアルティノならわかってるはず。
「自分は、人を助けたい。得られなかった『魔界化コア』の分は、がんばって働く。マスターに、利益をあげられるようにする。だから──」
「もういいですよ。トキさん」
蛍火はうなずいた。
俺が拍子抜けするくらい、あっさりと。
「わたしもトキさん同じ考えです。『神那』の方──六曜さまとおっしゃいましたね? あなたがどうしても『魔界化コア』を欲しいというなら、どうぞ、お持ちください。人が窮地にある中、つまらないことで時間をかけたくありませんから」
蛍火は目の前にいる男性、六曜をにらんだ。
「レーナに確認です。魔界化コアの所有権を放棄したら『ポラリス』の経営に影響は出ますか?」
「出るはずがありません!」
アルティノは胸を叩いた。
不敵な笑みを浮かべながら、彼女は、
「『ポラリス』の財政は、このレーナ=アルティノがしっかりと管理しております。このクエストで『魔界化コア』が得られなくても問題ありません。欲しいなら、『神那』にさしあげます。それに、梨亜さまのおっしゃるとおり、こんなくだらないことでもめている場合ではありませんからね!」
「うん。レーナ!」
「そういうことです。『魔界化コア』は『神那』に差し上げます、代わりに『ポラリス』は、魔物から得たコアを得るということで、いかがでしょうか?」
「……いいでしょう」
六曜はうなずいた。
彼の後ろで、八重垣織姫は唇をかみしめていた。
肩を震わせて、信じられないものを見るような目で、六曜を見ている。
八重垣織姫の隣にいる女性──七柄は無表情のままだ。
「……無理を聞いていただいたのです。対価が必要でしょう」
しばらくして、八重垣織姫が顔を上げた。
彼女は俺と蛍火、それからアルティノを見回して、
「対価としてボク……いえ、織姫は、今回のクエストでは『ポラリス』の部下となります。この身を尽くして、あなた方の指示に従うことをお約束いたしましょう」
「織姫さま!? なにを言っているのですか!?」
「これは、ボクが決めたことです。六曜には関係ありません」
「ですが、ご当主の命令は──」
「ボクの心と身体は、ボク自身のものだよ。そのボクが、巫女として感じ取っているんだ。今回のクエストは『ポラリス』に従うべきだと」
そう言って八重垣織姫は、地面に膝をついた。
蛍火の手を取ろうとして──止めて、なぜか俺──『ブラッド=トキシン』の、かぎ爪のついた手を取る。
「巫女として術者として、あなた方に従うことをお約束いたします。人々を救うため、このボクと使い魔を、武器として使ってください!」
八重垣織姫は真剣な表情で、そんなことを宣言したのだった。




