第31話「買い物に出かける(3)」
「レーナ! ギルドに緊急連絡! 魔界事案3号が発生! 緊急事態につき魔術使用の許可を申請してください!!」
蛍火がスマホに向かって叫ぶ。
それからすぐに言葉の意味を教えてくれる。
緊急時──たとえば町中に魔物が現れたときは、人前で魔術を使っても構わない。
ただし『配信者ギルド』に許可を取る必要がある。
本当に緊急時の場合は、魔術を使ったあとで許可を申請することもできる。
ただし、状況をしっかりと『配信者ギルド』に伝える必要があるし、許可が下りないときは罰を受けることがある。
それが、蛍火の説明だった。
数十秒後、俺と蛍火のスマホにメッセージが届く。
レーナ=アルティノからだ。
『状況を確認しました。魔物を撮影し、状況説明と共にギルドに送信済みです。一般人の危機を救うためです。許可はおりるはずです。やっちゃってください!!』
「了解です」
「行きましょう。桐瀬さま!」
蛍火は走りながら魔術を発動する。
簡易的な認識阻害の魔術だ。『認識阻害メイク』ほどじゃないけれど、人の印象に残りにくくなる効果がある。
俺は柱の陰に移動して、収納スキルから取り出した仮面とローブを身に着ける。強化型の鉄パイプを握りしめる。
防犯カメラには変身するところが写るだろうけど、仕方ない。人命優先だ。
『ギギギ…………ガガ』
フードコートに現れたのは、動く彫像だった。
蛍火が説明してくれる。『ガーゴイル』です──と。
魔物は3体。そのうち2体は翼と牙とかぎ爪を持つ化け物だ。
最後の1体だけ、ウサギの着ぐるみのような姿をしている。だけど、グロい。
耳は千切れかけているし、顔からは、外れた目玉がぶら下がっている。
手に持っているのはボロボロの椅子だ。
ウサギ型ガーゴイルは椅子を振り回しながら、奇妙な声で叫んでいる。
「──な、なんだあれは!?」
「──化け物。化け物が出たぞ────っ!!」
「──逃げろ! いや、押すな。邪魔をするんじゃない!!」
フードコートはパニックになってる。
みのり先輩は……いた。他の人たちと一緒に避難しようとしている。
俺は鉄パイプを手に、『ガーゴイル』の前に飛び出す。
後ろで『トキさん! トキさんだ!! 推しが目の前にぃぃぃぃ!!』なんて声がしてるけど、返事をする暇はない。というか早く逃げて、みのり先輩!
『ググググ!! ガガガガアアアアアア────ッ!!』
「ニーデル (どっか行け)!!」
がごっ!!
鉄パイプが、『ガーゴイル』の顎をたたき割る。
異世界のおっさんが言ってた。
人の姿をした相手は、頭を揺らせば動きが鈍る。それは人間でも邪竜族でも変わらない。脳があれば揺れるし、目でものを見ているなら、視界がぶれて行動が阻害される。
その隙に致命傷を与えろ、って。
効果はあったみたいで、『ガーゴイル』がふらつく。
その隙に俺は、奴の両脚を薙ぎ払う。
うつぶせに倒れた『ガーゴイル』の翼に蹴りを叩き込む。
異世界エルサゥア流護身術、『殺翼竜』。
翼を持つ邪竜族から身を守るための技だ。
『グガラァアアアアアアアッ!?』
『ガーゴイル』の翼が砕ける。
ついでに両脚を鉄パイプで砕いて、移動能力を奪う。とどめを刺すのは後だ。
「イーザン (マスター)!」
「了解しました。いきます……『岩礫弾』!!」
蛍火が魔術で生み出した岩石を発射する。
それらが『ガーゴイル』と『ウサギガーゴイル』を取り囲み、一斉に殺到する。
『ギガガガガガガガガガガッ!?』
『るろろろろろぉぉぉっ!?』
通常型の『ガーゴイル』と、ウサギ型が吹っ飛ぶ。よし。
「イーザン! (魔術具を)」
「わかってます。トキさん!!」
蛍火は岩石を数個、床に飛ばす。
地面に置かれた円盤に岩石が命中する。円盤がひしゃげて、飛んでいく。
これで魔法陣は破壊した。『空間入れ替え』の魔術は解除されたはずだ。
…………りりぃん。
「……終わってない」
「え?」
「耳鳴りがします。まだ、どこかの空間が歪んでます」
俺は、蛍火の耳元にささやく。
でも、おかしい。
なんでこんなに簡単に魔物が召喚されてるんだ?
転移も召喚も、難易度が高いって蛍火は言ってたはずだ。なのに──
「おそらく……『ガーゴイル』は召喚されてるんじゃありません。誰かが『ガーゴイル』がいる空間と、この場所の空間を入れ替えているんです」
蛍火はフードコートを見回す。
「たぶん……魔界の中に、このフードコートとそっくりな場所があるんです。その場所にあるものと、ここにあるものを、誰かが魔術で入れ替えているんです。『ガーゴイル』と一緒に、椅子やテーブルが出現しているのはそのせいです。それに、あのウサギのキャラクターは、どこかで見たような気が……」
誰かがフードコートにあるものと、魔界にあるものとを入れ替えてる?
空間ごと入れ替えてるから、魔界にいた化け物がこっちに来てる、ってことか。
だったら……入れ替えた空間に人がいたら……どうなるんだ?
「──皆さん、落ち着いてください」
「──ここに魔物が入れないように結界を張ります!」
「──壁際に集まってください。逃げるより安全です!!」
「「「──私たち、選ばれた異能者に任せてください!!」」」
俺と蛍火の後ろで、声がした。
「イーザン (あれは)!?」
「他にも異能者が!?」
『私も今、フードコートに到着しました。異能者らしき人たちが避難誘導をしているのを確認』
即座に魔術具から、アルティノの声が届く。
『彼らについては「配信者ギルド」に問い合わせ中です。確認がとれ次第、協力して魔物を排除するべきかと』
「よかった。これで心置きなく戦えますね。トキさん!」
「イーザン……?」
違う。
耳鳴りが、さらに強くなってる。
『空間入れ替え』の魔術具は蛍火が破壊した。
なのに、どうして俺は空間の歪みを感じ取ってる?
この歪みはどこから来てる?
耳鳴りの発生源はどこだ?
異能者たちは人を誘導してる。フードコートの隅に、人々が集まりはじめている。
土曜日だから人が多い。親子連れや、鞄を持った学生もいる。
最前列にいるのは……みのり先輩だ。身を乗り出して、俺の方を見てる。
人々の前で、異能者たちがなにかを掲げている。
魔物から人々を守るために、結界を張ろうとしているらしい。
でも、耳鳴りはそっちから聞こえる。
「マスター。確認をお願いします」
「え?」
「あれは本当に、結界用のマジックアイテムなんですか!?」
俺が蛍火に聞いた瞬間──
『配信者ギルドより回答! このショッピングモールに、私たち以外から魔術使用の申請は来ていません!!』
──俺の耳元に、アルティノの声が響く。
『フードコートの隅に人を集めている連中は、「配信者ギルド」に登録している異能者じゃありません! 魔術具をチェックする必要があります!! 彼らを止めてください!!』
「マスター!!」
「確認しました。あれは……結界用の魔術具じゃないです!」
蛍火が杖を手に、走り出す。
「やめなさい! その魔術具は『空間入れ替え』の魔術を発動する魔術具です!!」
蛍火の指先に、光が灯る。
彼女の魔術の発動が遅れたのは、人が密集していたからだ。
魔術具を掲げた連中の側には、大勢の人がいる。
火炎も、氷も、岩石も使えない。
だから蛍火は最小限度に威力を抑えた雷撃で、異能者を止めようとした。
だけど、間に合わなかった。
蛍火の雷撃が届く前に、魔術具が光を放ち──
次の瞬間──避難していた人々は、全員、この場から消え去ったのだった。
週末に更新する予定だったのですが、書き上がってしまったのでアップしました。
次回、第32話は、今週中くらいの更新になると思います。




