第1話「先輩に『魔界攻略動画』を見せられる」
今日は2話、更新しています。
本日はじめてお越しの方は、プロローグからお読みください。
・第1章
高3のゴールデンウィークが終わった。
休みが終わっても、やることは変わらない。
学校に行って授業を受けて、終わったらバイト先へ。着替えたら仕事開始、休憩時間を待ち望みながら接客を続ける。
このバイト先はブラックじゃないけど、それなりに忙しい。
バイト代はそれなり。いいのは食事が出るところと、休憩時間が長いところ。
たぶん、高校を卒業するまで続けることになるんだろうな。
そんなことを考えながら、俺は休憩室でため息をついた。
「働きたくない。いやだ……これ以上働きたくない……」
「おっさんか君は!?」
ぼやいたら、即座に突っ込まれた。
声のした方を見ると、ドアの前で先輩が苦笑いしていた。
「君は高校生でしょうが。ぼやくな。おっさんか?」
「お疲れさまです。みのり先輩」
俺は先輩に頭を下げた。
「先輩も休憩ですか?」
「あたしは退勤時間だよ。帰る前にお茶を飲みに来ただけ」
「お疲れさまでした」
「それに、君のことが気になって」
「……俺のことが?」
「というか、店長に頼まれたんだけど」
先輩は俺の正面に、勢いよく腰を下ろした。
それから、俺をじっと見て、
「先週、君が無断欠勤した理由を、あたしにも確認しろってさ」
「あ、そのことですか」
「そうだよ。ゴールデンウィークの7日間、まったく連絡が取れなかったんですよ。あんなの普通じゃないよ。一体、なにがあったの?」
先輩は俺の前に紙コップのコーヒーを置いた。
彼女の名前は川根みのり。バイト先の先輩だ。
俺がこのバイトをはじめたときから、ずっといる。
年齢は、俺より2歳年上の20歳。
学生だけど、いつも大量のバイトを入れているらしい。
今日もこの後、別のバイトがあるって言ってた。
たくさん仕事をしているせいか、性格はかなり社交的だ。
バイト仲間の相談に乗ってくれる、頼りになる先輩でもあるんだけど……。
……いくら先輩が相手でも、言えないことはあるよな。
「話してごらんよ。桐瀬柳也くん」
先輩は事情聴取するみたいに、真面目な顔で、
「君が休みの間、あたしがバイトのシフトを代わってあげたんだよ。ゴールデンウィークだから、めちゃくちゃ忙しかったんだ。休んだ理由くらい聞く権利があると思うけどなぁ?」
「体調を崩して寝込んでました」
俺は、店長に説明したときと同じセリフを繰り返した。
「前に話したと思いますけど、俺は今年の1月ごろ、この町に引っ越してきたばかりなんですよ」
「ああ、そういえばそうだったね」
「環境が変わったせいで体調を崩したんだと思います。あとは……転校してきたせいで、ずっとを気を張っていたのもあります」
「うん。店長からも、そんな話を聞いたよ」
みのり先輩は腕組みをして、首をかしげながら、
「でも君、責任感は強い人だよね? 3月からバイトを始めて、1日だって休んだこともないし」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。店長が面倒な仕事を言いつけても、結局引き受けちゃうし」
「バイトをクビになったら困るからです」
「だからだよ。そんな君が、欠勤するのに連絡もしないなんて信じられないでしょ? 君なら絶対、電話の一本くらいはよこすよね?」
「ご心配をおかけしてすみませんでした」
俺は頭を下げた。
先輩は「まぁ、いいけど」と言って、手元のスマホに目を向ける。
俺は嘘をついたのが後ろめたくて、先輩が淹れてくれたコーヒーに口をつける。
……バイトの時間、まだ半分も過ぎてないな。
働きたくねぇなぁ。
ゴールデンウィーク、終わっちゃったもんな。
これから夏休みはあるけど……就職活動で忙しいだろうな。
うちには進学する余裕はないし。俺には、就職するしか選択肢はないんだけど。
……現実を目の当たりにしたら、気分が悪くなってきた。
「うぉぉ。今週も記録更新か……すごいな魔術姫」
先輩はコーヒーを飲みながら、スマホを見てる。
俺を尋問したことなんか、忘れたみたいだ。
「ん? 桐瀬くんも見る?」
俺の視線に気づいたのか、先輩はスマホの画面をこっちに向けた。
画面では、金色の髪の少女が動いてる。
杖から炎を飛ばしながら、犬のかたちをした敵と戦っている。
アニメじゃない。実写だ。映画……いや、違うか。
「……なんですか、これ?」
「知らないの? 桐瀬くんって、動画とか見ないひと?」
「見ないです。通信データの消費がすごいですから」
「休憩中はお店のWifiを使っていいって言われてるじゃない?」
「そうでしたっけ?」
「そだよ。君も見ようよ。ぜひ見よう。一緒に応援しよう!」
「先輩はなにを見てるんですか?」
「『正義の魔術姫』の『攻略配信』動画だよ! 魔界の『攻略配信』のことは知ってるよね?」
「……いいえ」
俺は首を横に振った。
そういえば学校でそんな話を聞いたことがある……ような気がする。
でもなぁ。
転校してきたばっかりで、学校やバイトになじむのが精一杯だったからなぁ。
ネットの動画を見るような余裕はなかったんだ。
「そっか。君は、魔界がない町から来たんだっけ」
先輩は納得したように、うなずいた。
「そうだよね。魔界がない町の人には関係ないもんね。あたしは小さいころからこの町にいるから、わからなかったよ」
「いえ、先輩が悪いわけじゃ」
「よぅし、説明しよう!」
「なんでそんなに熱心なんですか」
「同好の士を増やしたいからだよ。いいから見てみて」
先輩は、休憩室の窓を開けた。
俺たちのバイト先は、3階建てのビルの中。
最上階にある休憩室は、それなりに見晴らしがいい。
住宅街の向こうには川があり、そのさらに向こうには──青白く光るエリアが見える。
そういえば、転校してきてすぐのころ、教師から注意されたことがあったな。
川向こうの青白いエリアには近づかないように……って。
よくわからない警告だとは思ってたんだけど。
「あの、青白く光ってるエリアが、魔界だよ」
みのり先輩は俺にスマホを差し出しながら、そう言った。
「10年前に起きた『魔術災害』。そのせいで人間の世界じゃなくなった場所だって、そう言われてる。それを人間の手に取り戻すために行われているのが、『魔界攻略』なんだ」
先輩は素早くスマホを操作する。
現れたのは『魔界と、その対策について』という動画だ。
チャンネル名は『異能監督省・広報』。
先輩はスマホの音量を上げて、魔界の解説動画を流し始める。
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『「魔界おしえて物語」、はーじまるよー!!』
攻略動画リストの最初の方には、必ずこういうものがあるそうだ。
はじめて観る人にも動画の内容がわかるようになってる。
女の人がパペットと会話しながら説明する感じだ。
『ねぇねぇ、お姉さん! 魔界化って知ってる?』
『うーん。10年前に全世界で起こった、魔術的な災害のことだっけ?』
『そう。あの事件のせいで、この世界の一部は別世界のようになっちゃった。つまり魔界化してしまったんだね』
──そうして、説明が始まる。
この世界では、人類の歴史の裏で魔術的な戦いが行われてきた。
西洋魔術、東洋魔術。
カバラにドルイド。神聖魔術。
錬金術に精霊魔術。陰陽術に八卦。
異能者たちは人類の歴史の裏側で、人知れず覇権を争ってきた。
けれど、時代は変わった。
スマホとSNSが発展した世界で、神秘を隠しきるのは不可能だった。
現代ではほとんどの人間がスマホを持ち、日常の一コマを撮影して、SNSに投稿できる。それを数万人が見て、情報を拡散させる。
そんな時代は歴史上一度もなかった。
だから、異能者は自分たちの存在と、能力を隠すのが難しくなった。
ちょうどそのころ、世界中で異常が起こりはじめた。
気候変動が起きたり、魔物と呼ばれる化け物が出現したりした。
それがまた撮影されて、バズった。
異能者たちは、自分たちの存在を隠すのをあきらめた。
彼らは権力者たちと協力して、世界を安定させるための儀式を行う計画を立てた。
その儀式によって、世界の魔力──霊力──地脈といわれるものを整えようとした。
世界最高位の異能者たちが集められた。
8人の異能者は一致団結して、世界に影響を与える儀式を使った。
けれど、儀式は失敗した。
この世界の一部は、異様な世界と化してしまった。
魔界と呼ばれるものが生み出され、異形の生物たちであふれるようになった。
それが10年前に起きた『魔術災害』だった。
魔界は、普通の世界とは違う場所に変化している。
道には魔物があふれ、建物の中はダンジョンのようになっている。
魔界の生き物には通常の武器は効かない。
銃弾も砲弾も、効果が薄い。
魔界を元に戻すには、ダンジョンの最奥にあるコアを回収する必要がある。
それは、異能者にしかできない仕事だった。
『異能者たちは、責任を取りたいと思ったわけだよ。お姉さん!』
動画の中で、マスコットキャラが答える。
『だから彼らは魔界に入って、町を元に戻すために戦っているんだね!』
『でもでも、不思議だなぁ。どうしてその様子をネットで配信してるの?』
『秘密を守ることが不可能になったからだね』
『そっか。スマホとSNSがあるもんね!』
『それに、無理に神秘を隠すそうとすると、みんな心配になるからね』
『だから迷惑をかけないように、すべてを公開するようになったんだね!』
『それが魔界の「攻略配信」だよ』
マスコットキャラが、画面の外側を指さす。
『みんなの応援が力になるからね。たくさん動画を見てもらいたいな』
『視聴者が増えれば、広告費がもらえるもんね!』
『お、お姉さん。それは言わない約束だよ?』
『で、でも、そのおかげで異能者は攻略に専念できるし、装備も整えられるんだよね』
『そ、そうだね。異能者はこの世界のみんなのために、がんばってるんだよ!』
女性とマスコットキャラがお辞儀をする。
『そんなわけで「攻略配信」の様子はネット配信されています!』
『みんな、見てあげて。異能者たちを応援してあげてね!』
『みんなの応援が力になります』
『これは本当だよ! みんな、ちゃんと見てあげて!』
『『それでは、応援よろしくお願いします!!』』
『『「魔界おしえて物語」おしまい!』』
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最後に『異能監督省・広報』という文字が出て、動画は終了したのだった。
そういえば、この町に転校してきたころにも、同じような話を聞いた気がする。
教師から言われたんだっけ。『魔界には近づかないように』って。
……すっかり忘れてた。
俺がこの町に来たのは、家の事情だ。
保護者が近くに住んでいるのと、その人の紹介でアパートが安く借りられるから、引っ越してきた。その後は、学校とバイト先を往復するだけの毎日だった。
だけど、こんな重要なことを忘れるなんて、どうかしてる。
やっぱり……働きすぎのせいかな……。
「こんなふうに、正義の異能者たちは町のために戦ってくれてるんだよ」
そう言って先輩は、ふたたび『正義の魔術姫』の動画を呼びだした。
先週、配信されたものらしい。
金髪の少女が杖に雷光をまとわせながら、化け物を攻撃している。
「この子が私の、最近の推しなんだ。可愛い子ががんばってるのっていいよね! 柳也くんもそう思うよね!? 応援してあげたいよね……!」
それから先輩は、有名配信者のことを教えてくれた。
西洋魔術師、梨亜=蛍火=ノーザンライト。
金色の長い髪を持つ美少女で、地・水・火・風の四大元素を操る。
みのり先輩が、一番推している配信者らしい。
一生懸命戦うところが人気なのだとか。
みのり先輩の二番目の推しは、八重垣織姫。
犬の式神や、鬼の式神を操る東洋魔術師だ。
2名の陰陽師を従えた3人パーティで、魔界の攻略をしているらしい。
つやつやした黒髪がうらやましい。
可愛い子を見てると心が癒される──というのが、みのり先輩の感想だ。
他にも、スーツ姿で魔界を突っ走る通称『ダンディさん』。
ヘルメットを被った筋骨隆々の男性『ご安全アングラー』。
そんな人たちが動画を配信しながら、魔界を攻略しているそうだ。
「…………すごいですね」
異能者たちは世界を救いながら、配信で収益を得ている。
世界と直接関わって、世界を変えながら生活しているんだ。
……なんとか生活するのが精一杯の俺とは、住んでる世界が違うな。
「……どうしたの桐瀬くん。考え込んじゃって」
「なんでもないです。そろそろ仕事に戻りますね」
空になった紙コップを手に、俺は立ち上がる。
「先輩は帰るんですよね?」
「ううん。配達のバイトがあるから、そっちに行くよ」
「がんばりますね」
「桐瀬くんこそ、無理しないようにね。倒れたらなんにもならないんだから」
「わかってます」
「また、魔界『攻略動画』の話をしようね。休憩時間に一緒に応援しよう! かけ声は『りあちゃんがんばれー』だよ!」
「……考えておきます」
「ありがとう。ところで桐瀬くん」
「はい。先輩」
「本当に、一週間もどこ行ってたの? 電話をかけてもでないし、LINEも返事がないなんて、いくらなんでもありえないでしょ? 入院でもしてたの?」
「そんな感じです」
「ゴールデンウィークが終わってから、変わったね」
みのり先輩は、俺をじーっと見て、
「妙に落ち着いて、大人っぽくなった。いや、おっさんっぽくなったのかな? なにがあったの?」
「先輩」
「うん」
「働きたくないですね」
「やっぱり、おっさんっぽくなってない?」
「仕事に戻ります。お疲れさまでした。先輩」
先輩の声を聞きながら、俺は休憩室を出たのだった。
夜の9時頃。
バイトが終わる少し前に、俺は店長に呼ばれた。
バックヤードに行くと、店長はタブレットを手にして、難しい顔をしてた。
「桐瀬くんに頼みがあるんだよ」
「あ、はい。なんでしょうか」
「配達に行ってくれないかな? できれば、自主的に」
店長は俺を見て、苦笑いを浮かべた。
「こんな時間だし、場所も場所だからさ。女の子を行かせるわけにはいかないよね。桐瀬くん、学生だけど、18歳になってるよね。夜の配達もできるよね?」
「俺のシフトはあともうすぐ終わります。配達に出ると、時間内に戻ってこれないかも──」
「無断欠勤を許してあげたよね?」
店長は言った。
「君が休んでる間、シフトを組み直すのすごく大変だったんだけどなぁ。みんなに迷惑かけたのに、自分には迷惑かけるなってのは、理屈に合わないんじゃないかな?」
「……そうですね」
「私はおかしいこと言ってるかな? 君がそう思うなら仕方ないけど」
ちなみに、この店は個人経営のバーガーショップだ。
手作りのハンバーガーが売りで、市内への配達もやってる。
普段は店長が車で行くんだけど、今日は出られないらしい。
配達が終わったら直帰でいいから、行って欲しい──ということだった。
「配達の場所はどこですか?」
「はいこれ」
店長は俺の前にタブレットを出した。
地図アプリが表示されている。配達の場所は、地図が青白くなってるエリアの近くだった。
俺は窓から見た光景を思い出す。
川の向こうには青白く光るエリア──魔界があるんだっけ。
商品を届ける場所は、その近くみたいだ。
……はぁ。
無断欠勤した弱みがあるからな。断れないか。
ゴールデンウィークの間、俺はすべてのバイトを無断欠勤した。
だから他のバイト先は、全部クビになってる。
無断欠勤を許してくれたのはここの店長ぐらいだ。
だから、店長には恩があるんだ。
それに……生活がかかってるからなぁ。ここをクビになるわけにはいかない。
店長も、それがわかってて言ってるんだろうな、きっと。
「わかりました。行ってきます」
「よろしく。あ、タイムカードは、定時で押しておくから」
そう言って、店長はバックヤードに戻っていった。
「……働きたくないなぁ」
そんな言葉を口にしてから、俺は店の外へ。
それから自転車にまたがって、夜の町へとこぎ出したのだった。
次のお話は、今日の夜くらいに更新する予定になっています。