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97:アングラー

 トレントの処理を終え、ドロップを回収して探索を再開すれば、森の様子も少しずつ変化を見せ始めた。


 まず太く大きい木々が現れ始めた。

 それに伴いトレントとの大きさに違いが生まれてトレントと目される怪しい木々との判別が付きやすくなったのはまあ、うん。

 トレントの件はミスマッチではあるが森を縫って進む小径も縫うというよりは大木の根を這うようなルートもちらほら増え始めてアップダウンが生まれ、そのついでに見通しが更に悪くなった。


 太い根と根の間に湧いていた爪付きのクモヒトデといった感じのモンスターの群れがようやく射線が通るまで追いついてきた支援火力で吹き飛ばされて光の泡に還っていく。

 モンスターが倒れたら勇者氏自身はドロップアイテムを回収せずに距離を取った。

 まあ生餌だからね。

 光に釣られてお代わりが来ないとも限らないし、そうであるならば生餌は囮として立たせてその間に後続チームでアイテム回収をした方が安全だ。

 雨の垂れ幕の向こう側で三々五々に揺れていた後続役のヘッドライトが一様に起き上がるのを確認してから、勇者氏が前に向き直って静かに口を開いた。


『前にも少し言いましたが、私は魔力変質の事を隠しています』

「だろうな」

『そこは賛成が貰えて良かったです。……アルファさんはスキルと魔力変質の違い、分かりますか?』

「応用性と成長性の違いだな」

『はい。魔力変質は応用性が効きすぎます。私ですら、皆さんの前では明かせない使い方が出来てしまう。魔法はダンジョンの外でも使うことが出来ます。……魔力変質が無条件に広まれば、きっと大変なことになってしまう』


 うん、俺もお隣ダンジョンの第2階層では構造風で暗殺プレイしてたしな。このやり方を広めたらどうなるかなんて考えるまでもない。


「魔力はなるべくダンジョン攻略において使うべきだとは思う。だが魔力変質の存在はこの混乱期の中では悪影響が大きい」

『はい。……でんもちょっとは追い抜かされるのが怖いからというのもありますけどね』


 兜の奥で苦笑しているのだろう。

 真っ直ぐな奴だ。そう思う。

 裏表を付けられないのだろう。こんなんで良く体制側という伏魔殿の中に飛び込んだなと思うが、まあコイツの選んだ道だ。思いはしても口にするのは無粋だろう。


「少なくとも俺たち側からは公表しない。ダンジョン外での使用も衆目の前での使用もそれと分かり辛いようにして極力控える。時間が経てば俺たちのように自力で気が付く奴が現れるだろうが、その頃には魔法使用の法制度や監視体制、魔法に対する対抗策も整っているだろう。……そう期待するしかないな」

『そうですね。それで行きましょう。……あなたと話が出来てよかった。私たち気が合いますよね。トモダチになりませんか?』

「断る」

『残念です』


 残念そうな口ぶりではあるが、その実どこか俺の応えを予想していた節も見える。勇者氏はあっさりと言を引っ込めた。

 俺としてもこれくらいの距離感の方が助かる。トモダチなんてガラではない。

 歩調を速めたナトリウムランプの後を追って、俺も念動ドローンの速度を早めた。




―――早めに異変に気付けて良かった。

―――今にしてあの当時を振り返るとつくづくそう思う。




「なぁ、遅くないか? 後続」

『シッ!――っと。……確かにッ……、そうですね。手早く処理します。問題ないと思いますが耐えてください』


 その言葉にイヤな予感がして念動ドローンを梢の上にまで飛ばす。

 遥か眼下の先で緑色斥力魔力を纏った勇者氏が剣を掲げ、金赤色の火焔を噴き上げる。

 噴き上がった火焔はとぐろを巻くように勇者氏を覆い尽くして、周囲に群がったトレントとクモヒトデの混成群を焼き尽くした。


 先にトレントに襲われ、次にクモヒトデが戦闘に釣られてやってくるまでの間、後続からの支援火力が届かなかった。

 ふと振り返れば先ほどまではちらちらと見えていたヘッドライトの白い灯りもいつの間にか消えて今まで辿ってきた這うような小径が重い雨の幕の向こうに消えている。


「何か嫌な予感がする」

『戻りましょう』


 そう言うと勇者氏はドロップすら放置して橙色の魔力を纏って一足飛びに木の根を駆け登った。

 スリップ転移は結構だがこっちは隠密重視の念動ドローンなんだから全速力は止めれ。

 とはいえ俺も念動で出せる最速で、元来た道の上空を戻り始めた。




   *   *   *




 橙色の灯りがクライグの頭上でからころと揺れている。

 煮え切らない奴だ。そう思う。

 仕方がない。元々彼は本職ではない。

 元はプログラマーだったか。中小企業の冴えない一社員だった。データにはそうあった。

 自宅に出来たダンジョンを独占せずに国に引き渡した誠実さは認めよう。

 けれども発生したダンジョンは当然国が管理すべきであり、クライグは誠実でありこそすれ、その行動は当然の行いであり評価される事ではない。


 けれども事実としてクライグはわが国で一番の評価を受けている。

 ボスは象徴として必要だからだと言って微笑んだ。

 一民間人が国一番の英雄になれるサクセスストーリー。

 掃いて捨てる程ありきたりなそのシナリオは、いっそ嘘くさいほどあっさりと受け入れられた。


 橙色の灯りが大樹の向こうへと消えた。


 分かっている。ここまでは全てボスのシナリオ通りだ。

 けれど殊交渉ごとにおいてクライグは稚拙に過ぎた。


 ムリもない。本職ではないから。

 ボスが詰めて来た約定を現場であやふやにして、相手に押し流されてしまう。

 クライグの弱さ(・・)は現場リーダーとしては不適切に過ぎた。


 クライグが現場で逃してきたであろう成果や我が国の権益を思うと非常にもどかしい。


 木の根の上を削って造られた小径を登り切れば橙色の灯りが大樹の反対側に灯っている。


 クライグは回りくどい。

 それが方針に基づいた戦略であるなら私も認めよう。

 けれどもクライグのそれは優柔不断と気の弱さから来るただの日和見だ。

 こんな人物が国の英雄などという真実を知れば国民は呆れ返るだろう。


「おい、道を反れている」

「あそこにクライグがいるのが見えるだろう。あいつ調子に乗って先行きやがって」


 幸い灯りの元までは少し降った後は根と根の間の平坦な地面が続いている。

 ヘッドライトの向こうを指差せばフランツも肩を竦めて歩き出した。

 後続の日本チームも灯りを指差せば察してくれた。察しのいい奴は嫌いじゃない。


 土砂降りの雨も樹幹を滴って流れ落ちる通り道は決まっている。

 足元に注意して歩けばしっかりとした木の根の足場が全身を支えてくれる。

 クライグは未だに先ほどの場所で立ったままだ。漸く後続を置いて先に進んでいた事に気付いたのか。

 それにしては辺りに小径は見えない。木の根と根の間の存外広い窪地が周囲に広がっているだけだ。


「おいクライグ。何をしている……んだ……?」


 近付いて間近で見た先ほどから呆けたように突っ立っているクライグ……だと思っていた灯りを灯した影。


 初め、それが何なのかまるで理解できなかった。


 おそらく、肉塊なのだろう。青黒い節くれ立った太枝が突き出て先端に火を灯し、ごつごつと突き出し、入り組んだ肌は遠目から見たら人型であっても、近付いて見れば、そう。


―――人の背丈サイズの、組まれた手。


 ふと、生暖かい風が吹き下ろされる。


 見上げてはいけない、のに。


「あ イ で ?」


 見開かれた巨大な双眸の下で乱杭歯がにたりと大口を開けた。


 腹の底から抜け出た絶叫は、降り注ぐ驟雨が、覆い隠した。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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