96:日独合同探索
思う存分気持ちよく歌い上げた後、スーツ女から怒髪天をグロス単位でお代わりして動画を削除させられた勇者氏だったが。
まー当然そんなことをしてもネットの情報が真っ白になる訳もなく。
今ではミラーやら切り抜きやらが不死鳥の如く林立しては消されて行く有り様になっていた。
ブラウザを落してノートパソコンを畳む。
で、明くる朝だが。
そんな約束はしていない。
そう言ってスルーしても良かった。
実際半ばスルーする気満々だったが、ふとした思い付きが上手く行ってしまったので今回だけは実地試行検証も兼ねて勇者氏の駄々に付き合って探索に同行する事にした。
『では行きます。我々はひとまず第4階層まで踏破しますが、今回そちらのチームも途中からではなく最初から同行する、という事でいいですね?』
『その通りです。クライグさん、それからドイツチームの皆さま。本日はよろしくお願いします』
ダンジョン管理施設の最奥はどこも似たり寄ったりになるのだろうか。
自動改札っぽい所を通り抜ければ小広間といったスペースに浮かぶサイケデリックな虹色の球体。
交通整理のおっさんも来訪者が来訪者だからなのかダンジョン前に仁王立ちせずに小広間の隅に控えて待機している。
小広間には都合10人弱。少々手狭に見える。
ドイツ側の探索チームと日本側の探索チームがそれぞれ一塊になって最終確認をしていた。
ややあって、ドイツチームが先行し、続いて日本チームも各々虹色の球体に手を翳して白い光に包まれて消えて行った。
『……もしもし、聞こえますか?』
「はえーよ」
例によって小広間の天井の隅に羽虫タイプの念動ドローンを貼り付けて様子を眺めていると手元のスピーカーから声が聞こえてくる。
クリーム色の膜が張られた手作りスピーカーは響狼の交響膜を使用した受信スピーカーだ。通信さえ確立できれば音声がそのまま拾えるこの素材は通信子機側の素材をケチるのに便利だった。
先行して消えて行った勇者氏は今このダンジョンの第1階層にいる。
やはり今の実力では通信石を介さずにダンジョンの階層を越えて通信は確立出来なかった。
通信が確立できない以上端末側に魔力を送る事が出来ず、魔力が足りなければ同調コアの同調力もその補修機能を発揮できず通信が途絶する。
要は最初の魔力が足りないからなし崩し的に通信が途絶えるのだ。
ならば外部から魔力を供給してやればいい。
魔力タンクなら渋々同行を承諾した際に小躍りしていたから進んで供給してくれるだろう。
魔力タンク、もとい勇者氏には相互通信用に空間コアに星形の同調コアを癒合させた星コアを作り出して渡しておいた。
そして必要になったら魔力を流せば応じるとは言っておいたのだが、まさか潜った端から話しかけてくるとは思わなかったわ。
『おーこれは凄いですね。欲しいです』
「やらん。さっさと行け」
『残念です。あ、日本チームも来ましたね』
どうやら動作確認のためだったらしい。確かに俺は既に試して機能を確認していたが、勇者氏に渡したのはその後だったからな。
少しずつでかくなっている勇者氏の要求を突っ撥ねれば後続も現着したようで、勇者氏の声音が変わった。
二言三言交わした後、合同探索チームは静かに進み始めた。
……まあ俺は勇者氏の白鎧の内側から周囲の音を聞いているだけなんだけどな。
再び受信スピーカーに通信が来たのは家事も終えて工房に居を移して暫くした頃だった。
『もしもし、聞こえますか?』
「……なんだ?」
『大休憩に入ったので少し話をと』
「周りは?」
『日本の方々は別で休んでます』
うん……ドイツの方々は?
『お聞きしたいのはダンジョンにドロップアイテムを捧げて代わりの恩寵品を得る奉納の祭壇の事についてです』
うん……。つまりはその奉納の祭壇とやらはドイツチームの中で共有していると。
『あなたのダンジョンの奉納の祭壇では……発電の魔導具を得る事が出来るでしょうか?』
……なるほどね。発電の魔導具。ドイツのエネルギーへの関心は想像以上に高かったらしい。
……そして、おそらく勇者氏の自宅ダンジョンは共有されている情報、ということか。
奉納の祭壇とは機能から察するに勇者氏の自宅ダンジョンの納品箱に相当する場所だろう。
ますます身バレなどもっての外になったな。
相手の言いたい事は終わったようで受信スピーカーの向こうではざあざあと……おそらく雨音が響いている。
向こうの階層では天気が優れないようだ。
「さて……、得られたとしてどうするんだ?」
『1機1億円を用意しています。ご要望があればその他にも』
その提案でここに振り込んでと快諾する間抜けがどこにいるのだろうか。
「先ほどから要望ばかりだな。情報交換とはなんだったのか……」
『ッ……、すみません。やー……、それではアルファさんの要望を伺いたいです』
「特にない」
『……え?』
「お前たちが何故人を探していたのか気になってはいたが、それらは今明らかになったからな」
知りたい事、欲しい物と言われても無いんだよな。
強いて言えば俺の邪魔をしないで欲しい。
『では……』
「お前は他人の目的を聞いたら対価として一億円請求されても何も思わないのか?」
『―――いい加減にしろよおまえ』
呆れていたら突然横から突っかかってくる声が。
黙っていたから分からなかったが、勇者氏のチームメンバーも普通に日本語分かるのね。そらそうか、エリート中のエリートを集めているだろうし当然だな。
勇者氏が硬い声で恐らく静止を呼びかけているがメンバー氏は取り合う様子を見せない。
『―――このミッションには人類の未来が掛かっている。ダンジョンの有用性を世界に知らしめて探索者の地位を上げ、権利を守っていく必要があるんだ。……なのにおまえはさっきから碌に答えもせず交渉にすら応じず、はぐらかしてばかりだ。お前の考えは独りよがりで浅すぎる!』
「それが……上からの受け売りか?」
デカいなー。主語が。
ドイツの発電機調達ミッションが人類の未来を左右するらしい。どうでもいいね。
しかし、このお高く留まったご高説にどことなくマネージャーだというスーツ女の臭いを感じるのはやはり子飼いだからなのだろうか。
『―――失礼。先ほどから話し合っているようですが……、何か問題が発生しましたか?』
メンバー氏が再度口を開こうとしたタイミングで丁度よく日本チームが中断を入れて来た。
ありがたい。
理想主義者のご高説、適当にあしらえはしてもあしらい続けたい物ではないからな。
勇者氏が適当に言い繕ってその場は上手く誤魔化せ、そのままなし崩し的に大休憩が終了し、探索再開の運びとなった。
『日本チームはこの雨の中でとっても苦戦しているようですね』
ざあざあと。止む気配も見せない雨音は受信スピーカーを通して延々と耳朶を叩き続けている。
映像も受信できるが如何せん渡した星コアは大事に仕舞われているので外は観察できない。念動ドローンを別途作り出して飛ばす事も出来るがその場で作り出す様子もこちらから転送する様子も見せたいものではないな。今しばらくは大人しくしていよう。
『えぇ、恥ずかしながら。視認性が低下している上に所々ぬかるみになっていて木の根と合わせて足を取られます。それを見計らったかのようにモンスターの襲撃を受けますので注意してください』
『情報ありがとうございます。
我々はこのような偵察が良くない場所ではアングラー……釣り作戦をよく使います。
まず私がライトなどを身に着けて目立つようにして先行します。
釣られて寄ってきた敵や待っていた敵を受け止めるので、その間に後続の皆さんに魔法で攻撃して貰います』
『成程…………。実行できる能力があるならば、……それはとても効果的、でしょうねぇ……』
それ囮作戦って言わない?
日本チーム困惑してるよ?
『今回日本チームの皆さんには彼らと一緒に後続の大口役をやって貰います。私が敵を受け止めたら魔法で攻撃してください。最初は私と敵を間違うかもしれませんが大丈夫です。私のレベルは高いですからね』
既に誤射前提で話を進めている件
『……分かりました。今回はそもそもドイツチームから戦術を学ぶ目的もあります。お手数おかけしますがよろしくお願いします』
多少の混乱はあったものの、それぞれ国の精鋭チームだ。程なくして隊列が整ったようで、勇者氏の掛け声とともに探索が再開された。
『これが話にあったラルンガですか。ヴァルヘイムの串刺しヒトデみたいですね』
そう言われても知らんがな。
見えんからな。
探索が始まって程なく、生贄……もとい生餌役を務める勇者氏には早くもモンスターが集まってきたようだ。
重量物を弾く音に続いて爆発音が散発的に響く。
先ほどの話からすれば後続のチームが各々魔法で攻撃しているのだろう。
見るためには別途念動ドローンが欲しいが魔力を送るにも転移させるにも向こうの空間が把握し辛い……ふむ。
『……さっきは、オスカーが悪い事を言いました』
ぼそりと。爆風に紛れて一段と低い声が響く。
『彼は、焦っているのです。我々は成功し過ぎました。一つ探索すれば重大な発見をして、二つ探索すれば貴重なアイテムを手に入れて、皆沢山褒めてくれました。……そして重大な成果を持ち帰るのが我々にとっての当然になってしまったのです』
言葉は爆音が終わると共に止み、暫くガチャガチャと重い音を響かせた後、足音へと変わる。
……うむ、行けたようだな。よし。
『リンダたちの理念は立派だと思います。でも、焦っている彼女たちは少し周りが見えなくなっていると思うんです』
悩み多そうな声音は雨音に紛れて消えて行った。
……星コアはどうやら勇者氏の鎧の首当ての空洞に置かれていたようだ。脱出も簡単で助かる。
『許してください……』
「どうでもいい」
許しとは経過がどうあれ結果的に相手を受け入れて初めて成立する。
端から受け入れる気が無いからそもそも許す許さないの話ではない。
……それはそうとして星コア表面に形成した転移門を伝って転送した念動ドローンは、消沈しつつも足を止めない勇者氏の意識の間隙を上手く掻い潜って大きい雨粒が打ち据える頭上へと飛び上がった。これで付近の映像も拾えるな。そして―――。
「それより来るぞ」
『え?』
煌々と光るナトリウムランプのカンテラを肩から伸ばした棒の先に吊る下げていれば確かに暗い雨夜の森でもよく目立つ。
それとは別に据えられた高輝度のヘッドライトが純白の兜とミスマッチしている気もするがまあいい。
ナトリウムランプの暖色の灯りは森の木々のその向こう、いや木々そのものが蠢く様子を照らし出した。
『ッ……! トレントですね。ここは待ち伏せが得意な階層でしょうか』
まあ、だろうね。
多少のブレはあれ、ダンジョンのモンスターはフィールドの設計思想と合わせている傾向がある。
こんなに見通しの悪い森であればそら伏撃擬態その他諸々効果覿面だろう。
緑色斥力魔力を展開した勇者氏が伸びて来た木の根を踏み潰し、火炎剣を薙いで打ち下ろされる枝を弾く。
呪醸樹と違ってトレントは根っこも動くんだな。最早ボスの完全上位互換だ。まあボスとはいえ第1階層のそれと比べるのは流石に失礼か。
背後から絡み付いてきた根を斥力魔力の膂力で強引に引き千切って挟撃トレントを大盾から噴き出した氷の礫で打ち据えれば、後続の支援火力が並び立つトレントに着弾し始めた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




