94:密凸
ガタイはいいがどこかナードっぽい臭いがする。
講演会が開かれていたホールからここまでの間眺めていた中でひとまず思った第一印象がこれだ。
本人の悪意は薄い方だろう。それが無害かどうかとは全く別の話だが。
それから感知能力はそこまで高くはないようだ。
大ホールに入る前、予め控室に忍び込んで机の上に生成しておいた同調コアに気付いた様子はない。何やらスマホを見つめて溜息を吐いているな。
仕方が無いので念動でわざと音を立てて注意を引いてから、同調コアを介して接触した。
「アルファに会いたい。そう言ったな?」
『……えひと?』
何やら口ごもった後にフリーズした。
このままにらめっこをしていてもしょうがない。再起動してやるか。
「勘違いなら帰るが」
『え、アー。ない……いやいや待って。待ってください!』
「で?」
『あなたは……本当にアルファ、なんですか?』
「知らん」
『ヴぁす?』
「お前が以前、アレにルビを振った人物だと言う事と、お前が攻撃力の魔力変質を会得しているだろうことは知っている。それだけだ」
机の上に念動で進めという文字を空書きしてやれば、勇者氏は深く息を吐いて天井を仰いだ。本体である念動ドローンの方は天井の隅に貼りついているので出来ればそういうのは止めて欲しい。
アルファってのも勇者氏が勝手に言い出した造語だしな。定義が明らかでない以上俺も知らんとしか言えん。ネット界隈では変な所に飛び火して盛り上がっていたが。
長考状態に入っていた勇者氏は幸い一息吐いたら戻ってきた。
『あなたは私より先に転移の紋章が書き換え可能な事に気付いた。合っていますか』
「そうだ」
『アルファさん。お会いしたかったです。よろしければお名前を聞いても』
「残念ながら」
『……そうですか。何かダンジョン探索で不満や不都合はおありですか? 我々ならば最大限のサポートを……』
「悪いが抱き込みが目的なら帰るぞ。要らん」
『……すみません』
ふむ。第一目的は先行探索者の取り込みか。勇者氏は彼個人というよりはその背後の組織、つまりドイツの動向に注意した方がいいだろう。
『……アルファさんとは情報共有がしたくて、ですね。……例えば魔力変質についてはあまり話さない方がいいと思います。今は偶然、私の周りには誰もいないですから広がらないでしょう。ですがこれが公になってしまったら社会が余計に混乱してしまう』
まーだろうね。俺も偶然お付きの人っぽいのが部屋を離れてどこぞへ向かったのを察知したからこそ話題にした訳だし。
『ですので、アルファさん。一度私たちでダンジョンに潜りませんか。ダンジョンであれば監視の目も最低限です。情報交換がしやすい』
「………」
第二目的は情報か。
ただ今この場では何が欲しくて何を手札に持っているのかは予想が付かん。
バックについているであろうドイツ政府の考えとしても……分からんな。もう少し事前調査しておくべきだったか。
で。
この提案に乗るかどうかだが。
リスクが飲み込めるならアリだろう。相手は攻略ダンジョン数では俺の遥か先を進んでいる。得られるものも無くはないだろう。
だが、リスクが大きいな。
現状ダンジョン探索をする時は同一階層と工房とで通信石を一つずつ置く事で通信を繋いでいる。万全を期すのであれば勇者氏と同じ階層に通信石入りのゴーレムを派遣する必要がある。
精霊たちに言わせれば無くても出来るとの事だがあれは繋界核の性質も含めてだろう。行き当たりばったりで成功するとは思えない。
勇者氏の提案に乗るのであれば通信石を彼の所持品に紛れ込ませるか、あるいは俺が既に行った事のあるダンジョンを指定して先に通信石を送り込んでおく必要がある。
前者はともかく後者は身バレリスクが高いな、却下だ。
リスク低減策がイマイチ思いつかない場合は……コレ。先延ばし策だな。
「……さて、衆目の目がない場所で一体何をしようというのやら」
『なッ。違います! そういう意味で……』
「知っている。だが互いの信頼関係はまだ十分に強固とは言えないだろう?」
『クライグ? ヴぁ……?』
言いたいことが言えた辺りでタイミングよくお付きの人っぽいのが入ってきて光る同調コアを見て固まった。
慌てて振り返った勇者氏が推定お付きの人の隙なくスーツを着こなした彫りの深い茶髪の女と高速で何か喋り始めた。
うん、何言ってるか分からん。アルファと言う音は辛うじて拾えたから恐らく俺の紹介かと思われる。
する気はないが盗聴戦略はムリだなこれ。
一頻り喋り倒した後、スーツ女が同調コアに近付いて丁寧なお辞儀をする。
天井の隅から見てるとちょっと面白い。
『失礼いたしましたアルファ様。私の事はリンダとお呼びください』
「アルファと呼ばれている」
『アルファ様の魔法についての知啓、感服いたしました。その知識はこれから先、未来のダンジョン社会を拓く光明となるでしょう。是非その知識を広めていただきたい』
「…………」
うん……。何この女、こっわ。
初対面からいきなりノータイムで無償の情報公開を要求して来たんだけど。
「……クライグ。これは?」
『……リンダは私たちダンジョン調査隊のマネージャーです。……彼女は我が国に持ち込まれる様々な国の要請、要望を調整して私たちの派遣先の決定や大筋での交渉をしています』
つまり勇者氏の飼い主と。
よりドイツの意志決定に近い立場にいる人間か。女狐か真性か。どちらもあり得るが、両方という可能性もあるのが怖いな。
いずれにしても警戒対象だというのが分かったのが今回の収獲か。
「そうか……。では以上だ」
同調コアの魔力を抜けば黄色に点滅するガラス球は光の泡になって消えていく。
後に残ったのは目の前の現象に驚愕した様子の二人と―――。
すぐその後スーツ女にひたすら詰られる勇者氏の姿だった。こっわ。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




