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93:密凸計画

 ホームドアのガードも羽虫にとっては体のいい遮蔽だ。

 ホームドアの外側に貼り付いて時間を潰せばやがて新幹線がホームに入ってきた。


 勇者氏は当然ながら滞在先を公開してくれるほどセキュリティ疎かではなかった。

 まー国の要人だしね。

 それに調べてみたら今回は例外措置として勇者氏の装備一式も国内に持ち込まれているらしい。

 スキルこそ奪う事は出来ないが、装備アイテムであれば奪うことが出来る。

 一躍世界レベルの著名人だ。

 その原動力となっている一要因に魔が差さない輩も居ない事はないだろう。

 夜陰に乗じて会いに行くのは早々に諦めた。


 仕方が無いので勇者氏のスケジュール、つまりは講演予定から追うことにした。

 政府高官同士で会議をする傍らで勇者氏は一般から学者レベルまで相手に講演を行っているようで、今回目指している場所もそこだ。

 幸い週末の一般向け講演会の方は会場が公開されていたので助かった。

 講演予定も会場の場所も抑えた。一番手こずったのはそこまでの行程だ。

 念動ドローンは手軽だし多機能だしコストも優しいが念動の速度しか出せない欠点がある。

 精々が素人が投げたボール程度の速度だしな。

 しかし速度を上げようとスリップ転移なんて使おうものなら橙色の呈色光を纏った羽虫が高速で空を駆ける様がどこぞの監視カメラやら映像に映って大騒ぎになるだろう。

 会場に向かわせるなら乗り物に便乗した方が早い。


 余計な事をしなければ隠密性には優れるので公共交通機関にタダ乗りすることは最初から検討していたのだが、慣れない場所の乗り換えはやはり面倒だ。

 念のためネットの3Ⅾ地図で乗り換え先を確認したがこれが長かった……。

 駅地下って何であんなに複雑なんだろうな。ダンジョンよりもよっぽどダンジョンめいているわ。


 まあ、愚痴はともかく搭乗客の後に続いて虫並みの早さでゆっくりと侵入し、自動ドアが開くタイミングで客車の中へ紛れ込む。

 狙いは荷物棚の上だな。

 一応音は念動ドローンを介してずっと拾い続けている予定だが、万が一アナウンスを聞き逃すという事も無きにしも非ず。

 むしろ大人しく待機しているのは暇なので工房で作業している予定だ。

 気になった時に確認するためにも電光案内が見やすい位置がいいだろう。


 週末の所為か旅行客っぽい乗客が多いな。しかし彼らはどこで降りるか分からん。

 なので少々遠いがスーツ姿で前後席が埋まっている荷物棚に狙いをつけてこっそりと収まる。

 ややあって案内音声が流れ、窓の外の景色が滑るように移動し始めた。




 実地試検は多少の改良を加えてまずまずの成果といった所。

 乗車時間中に暇なので念動ドローンを仲介して映像の修正をする調節コアを作成した。

 工房で動かした時はまあこんなものかと思っていたが、流石に羽虫サイズの身体で受信できる映像では勝手が悪かった。

 ただし念動ドローンのサイズを大きくすることはもっての外なので念動ドローンからの映像を一次受けしてレンズ状に成形したコアで拡大し、改めて受信ゴーグルの画面へと繋ぐ、という方式にした。

 これに関してはこんな物でいいだろう。


 そして驚くべきことだがまだ念動ドローンとの通信は良好だ。

 いや、そうでなければそもそもこの密凸計画自体がご破算だったのだが、今回はその現実での通信強度を確かめる事も兼ねての実地試検だった。そうでなければわざわざ労力を使って会いに行こうとは思わんからな。

 既に新幹線にタダ乗りして工房から、つまり自宅からの距離は今まで歩いたダンジョンの端から端までを繋げても及ばない程度には離れている。

 自宅に置いた通信石からの中継ではあるが、それにしたって結構な通信強度である。

 黄色同調魔力による通信で重要なのは階層を跨ぐかどうか、なのだろうか。

 仮に通信距離に制限が無いのであれば、飛行機にタダ乗りして海外に念動ドローンを送り込み、管理がザルなダンジョンへ潜り込んでみるというのも一興かもしれない。

 夢が広がるな。


 昨日無駄に時間をかけて調べた駅地下の天井付近を一見して羽虫に見えるようにふらふらと移動する。

 こちらに向いた視線は今の所見られないが万が一という事もある。

 地図把握に一日かけた甲斐はあったようで、迷うことなく乗り換える事が出来た。




 乗り換えを終えて動く歩道に沿って天井付近を移動すれば会場はもうすぐそこだ。

 やはり催し物の中ではメインイベントの位置づけのようで大きく貼り出された複合施設の案内は一つの大ホールへと続いていた。

 所要を済ませて滑り込めば件の講演会は映像資料の解説も終わりに近づいて宴もたけなわと言った様子だった。

 ホールの灯りが一斉に点けば質疑応答の時間だ。まさにメインコンテンツと言った様子でそこかしこから人差し指がひらひらと挙げられる。挙手のつもりだろうか。よく分からんな。


 質問傾向としてはダンジョン深部で得られるドロップ関連と複数の国々のダンジョンを利用した勇者氏の各国のダンジョン利用の利便性比較、それから日本のダンジョン事情に抱いた印象などなどか。

 他国への羨望と政府への不満がよく表れた質疑応答である。まあ然もありなん。


 まだまだ翻る人差し指たちに名残惜しまれながらも、勇者氏の講演は定刻通りに終了を告げた。


 さて、これからだな。

 仕込みは先ほど済ませて来た。

 後は勇者氏がどのような反応を返すかだ。




   *   *   *




 空調の効いた控室に戻るとホッとするね。

 大ホールも寒いくらいに冷房が効いてはいたけれど、空気が淀んでいたような、あまり良くない感触でした。

 これが日本の夏は湿度が高いという事ですかね。

 想像ではもっと過ごしやすいイメージだったけど私には日本の夏は合わなそうです。

 憧れてはいたのですが……。


 この後はマネージャーと軽く打ち合わせをした後、我が国のダンジョン関連品の展示会に出席します。

 これを機にシェアを伸ばそうとする企業の熱意には頭が下がりますね。

 私としては上が許可を出した以上協力は惜しみません。

 まだまだ改善点は多数見受けられますが、それを圧しても我が国の製品の良い所をアピールしていきましょう。


 さて、端末には……転送メールは来ていませんね。

 先日はかなり核心的なメッセージを報道陣に向けて送りました。

 彼、あるいは彼女にメッセージが届いているならば必ず私に連絡を送ってくるはずです。

 そのために連絡先を公開したのですから。

 アルゴリズムを組んで私がかつて見たあの手書きルビと似たデータが含まれているメールのみ転送するように設定しましたが、こうも音沙汰が無いときちんと設定できているのか不安になりますね……。

 とはいえ、一次受けのメールボックスに送られては容量オーバーで自動削除されて行く大量のメールを一々検分する時間などまるでないのですが。


 思い通りにいかない反応にやきもきとしているとカツリとテーブルの上で何かが転がりました。


 ……おかしいですね。

 自分で言うのも難ですが、私はそれなりに重要な人物です。

 マネージャーやサポートチーム、それから日本のスタッフも警戒は厳にしているはずです。

 見慣れない不審物を見逃すとは思えないのですが。

 現にテーブルの上にはガラス球……いえ、コアが落ちています。

 日本ではダンジョンの物品は確か厳重に管理されていたはずですのでこんな所に置かれていていいはずがないのですが……。

 日本のスタッフの方に確認してみましょう。下手に触るのも危険です。

 スタッフを呼ぶために受話器を取ろうと立ち上がって―――。


『アルファに会いたい。そう言ったな?』


 コアが黄色く点滅して喋り始めました。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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