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90:極夜宮殿の主

 影巨人ぽい黒アメーバは面白い性質を持っていた。

 目には見えない藍色構造魔力を混成させた構造風の刃が影巨人の腕を斬り落とす。

 斬り落とされた巨人の腕は少しの間悶えるように蠢いていたものの、すぐにその形を崩して黒い不定形、スライムというかアメーバというかな形に変化する。

 スライム状に変化した腕の残骸は元の巨人に纏わりついて、のっぽのシルエットがでっぷりと膨れた。

 元の身体に帰りはしたものの、腕が生えてくることはなく、影巨人は隻腕のままこちらへと駆けてくる。


 元がスライムみたいな粘性体の癖していっちょ前に走ってくる影巨人だが、その実この巨人の姿というのは不可逆的だった。


 距離を詰められる前にもう一度構造風の刃で足を斬り落として間合いを調整する。

 手も届かない、満足に動くことも出来なくなった影巨人はその形を崩して一塊の粘塊として集合した。

 やがて力むように撓みを付けた粘塊から粘塊砲弾とでも言うような小粒の黒粘塊が射出され―――。


「はいはい、ナイッシューナイッシュー」


 予め展開しておいたコア質の受け皿に捕獲され、続く斥力焔に焙られてぐずぐずと溶けて行った。


 小分けにして寄越してくれるの処理しやすくて大変助かります。

 相手からしてみれば侵蝕性の粘塊砲弾で攻撃しているつもりなのだろうが対策済みならばただの戦力の逐次投入とそう変わりない。

 粘塊に戻ると思考力も低下するのか目の前で雑に処理されているにも関わらず、愚直に粘塊砲弾を射出し続けた黒アメーバが程よい大きさにまで減った所で斥力焔を包んだ赤肉メロンで相手を包んで光の泡になって頂いた。


 この黒アメーバは相手の遠距離攻撃によって自身が距離を詰められなくなると、中距離では先ほどのような粘塊砲弾を射出する砲塔に、遠距離では薄く回廊の壁や床に貼り付いて近付くまで待ち構えるトラップ型に変化するようだ。

 俺は曙光の華剣の十分な灯りで見分けが付くからいいが真っ暗な中手探りで探索するとなったらこのトラップ型は厄介だろうな。

 ダンジョンのさり気ない殺意がきらりと光る逸品だね。


 気を付けられるからと言って処理する手間は逐次投下装置くんの方が処理しやすいのは変わりない。

 今後の対処方法も決定した所で極夜宮殿本宮っぽい所もその装いを変え始めた。




 今までも瀟洒に造られてはいたがこちらは一段と派手だ。

 正直ボス戦フィールドじゃないかと疑いたくなるほどの大きな空間はその実、回廊の一部のようで、合流した支回廊の左右に横たわって延々と続いている。

 主回廊にはその両岸とその両内側に計4本の飾り柱の連なりが延々と続いていて、曙光の華剣の光源でも辛うじて見える程度の高さまで見上げる程の天井の先で繋がって梁を形成しているようだった。

 延々と続く広い空間じゃなくて座席でもあれば神殿とか礼拝堂とかそういった類いの装いに見えなくもない。


 そんな儀礼的な意向を感じさせる空間にたむろするのが……狼の群れだ。

 距離を取って念動ドローンを飛ばしているのでこちらにはまだ気付いていないようだが、光が辛うじて届く向こうの主回廊の中ほどで狼の群れが固まって丸まっている。ちょっとかわいい。

 念動ドローンを近付けると大きな三角耳がぴくりと動いてこちらを向いた。

 空中を浮いているので音は立てていないはずだが気付かれたようだ。


 めいめい起き上がって念動ドローンを注視しつつも三角耳をせわしなく動かして周囲を探っている。本体の位置がバレるのも時間の問題だな。

 やり過ごしても良かったが気付かれてしまった以上はしょうがない。


―――オゥーン。


 主回廊に木霊する遠吠えと共に狼狩りが始まった。




 体長2メートル近く。

 体高自体は腰の高さを越える程度でも後肢で立ち上がればそのフィジカルも侮れないことが分かる。


―――ギャンッ!?


 後ろから飛びかかられて思わずよろめいてしまった一方で後ろから困惑したような悲鳴が上がる。

 まあ総金属製ボディーだからね。

 おまけに紺鉄鋼の外部装甲には可動域の邪魔にならない程度にささやかながらスパイクや隠し刃を設計してある。正面からはともかく後ろから飛びかかると思わぬ痛い思いをする事もあるだろう。

 振り返れば右前足を悪い場所に引っ掛けてしまったようだ。足を引いた狼が警戒するように距離を取った。


 狼たちは囲んで背後から襲う作戦だったようだが頓挫したことでその包囲を僅かながら変化させた。

 これは……正八角形?

 俺を取り囲むように背後の方へ回り込んでいた狼たちが散開して恐らく頭上から見れば概ね八角形を描くような等距離等間隔を描いて距離を取る。

 何かを仕掛けてくるようだが……ふむ。


 狼たちが一斉に身体を引いて姿勢を下げる。


―――そして、総毛立つような感触と共に世界が揺れるような感覚がした。


 咆哮だ。

 周囲の狼たち全てから発せられる複雑な咆哮の共鳴が、魔法を警戒して張ったコア質のシールドを越えてメタルゴーレムの内側にまで浸透している。

 斥力咆哮かと思ったがこれは違うな。

 一発で分かる強力な侵蝕性を帯びた魔力、これは黄色同調魔力による同調圧力だろう。

 やっている事は俺が対精霊戦術で用いている同調双氷晶の共鳴の発展拡大版だな。

 8カ所もの発信源で囲めば魔力的には推定格下であっても強力な干渉力を持つらしい。

 すぐには真似できないが参考になるな。


 共鳴狼たちが同調共鳴咆哮を続ける中で、俺は制御が半ば奪われた腕を辛うじて動かして腹腔に送った手札を取り出す。

 コア質のシールドを解除してそれ(・・)を放り投げれば、空中で起爆したイガグリ爆弾が四方八方に棘を吹き飛ばし、続いて噴出した魔力的な酩酊効果を持った霧が周囲の共鳴狼たちに降り掛かった。


 同調共鳴は魔力的な干渉力は強力だが物理現象への干渉力自体はそうでもない。

 魔力制御自体は覚束ないが、魔力で物性が変化した爆弾が爆発した後の爆風を抑えてくれる事はない。

 単純な魔力で形作られた魔法であればむしろ支配権を奪って操る事も出来ただろうが、このイガグリ爆弾は実体を持った物質だからな。


 共鳴咆哮が乱れた周囲ではあちらこちらから血を流した共鳴狼たちがもんどりうって倒れて呻いている。

 共鳴咆哮を妨害する目的で精々棘が突き刺さった程度と思っていたが存外効果が大きい。

 ぶしゅぶしゅと鼻を鳴らしてくしゃみをしている所を見るとついでに入っていた酩酊霧もそれなりに効いたのだろうか。


 ともあれ、この共鳴狼たちは最悪こちらを無力化出来る力量を備えていることが分かった。

 相手の手札を見るために敢えて動かせてみたが、二度目はいいかな。

 同調共鳴への対抗手段の検証に使えるかもしれないが今それをする必要もないだろう。必要になったらその時検討しよう。

 復帰されても困るので周囲に散らばった共鳴狼たちは速やかに介錯して光の泡に還って貰った。


 ドロップは魔力濃度28のコアと鑑定ぽんこつ先生いわく響狼の交響膜なる白い皮膜っぽいもの。

 呼応なる魔力特徴もあの同調共鳴を見れば何となく察しが付く気がする。

 持ち帰って暇になったら調べてみるか。

 響狼の同調共鳴をこちらでも利用出来るようになれば強敵に対する有力な手札になるだろう。




 主回廊は一度吹雪の吹き荒れる広い中庭園を眺めるように迂回した後、この階層では珍しい金属製の彫刻が入った大扉まで続いていた。

 中庭園は流石の俺でも躊躇うほど響狼の巣窟と化していたので銀腕を伸ばして梁の上に避難し、梁伝いに渡ってスルーした。

 スルーしたとは言ってもやけに密度の濃い凍え幽霊たちに何度も集られたりはしたが。


 通ってきた支回廊から見て反対側へ行った主回廊は城の外側をイメージしたのだろう外門のような拵えの壁に繋がっていたのでこちらが最奥で間違いない。

 雪と氷の迷宮だからもっと迷うかと思ったが、主回廊に入ってからほぼ一本道で推定ボス戦フィールドまで続いていたのが早かったな。

 主回廊もそこそこ響狼の群れの巣窟になっていたから支回廊で迂回しつつ進んでいくのが正規ルートだったのだろうか?

 よく分からないが気にしても仕方ない。

 重そうな金属扉は手をかけて引けば凍り付く事もなくゆっくりと開いた。

 守衛先生とスパーリングしていることをご奏上申し上げるためにも、とりあえずはお隣ダンジョンの第4階層ボスの姿でも拝むとするか。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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