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9:サーチアンドクラフト

「……見つからないな」

「ねー」


 クソ猿こと喰投猿を倒した後、俺たちは未だ水没果樹林の中を彷徨っていた。

 第3階層への転移象形が見つからないのだ。

 長径100メートル未満程度の楕円形をした水没果樹林は隈なく探し回ってもそう時間は掛からない。

 クソ猿の残した悪臭のこびりつきも曲がった鼻で嗅ぐ限りでは殆ど水に流れた今、さっさと見つけて次の階層を確認したい所だが、外回り内回り2周して、臭いの引いてきた戦闘地点も確認したが、あの特徴的な闇鍋象形は影も形もなかった。


「仕方ない。一端昼飯にして終わったらドローンで空から探してみよう」

「おさけー?」

「お酒は帰ったら」


 水没果樹林であと探していないのと言えば樹冠など木の上層部だ。もし喰投猿の寝床みたいなものがあったとしてそこに設置されていたらまず水場を分け入った後木に登って第3階層に行かなきゃならなくなるな。クソゲー過ぎるだろリアルだけど。

 そう言えばブドウはワインになるんだったか。一応研究用に果物全種少しずつ持ってきているからもし自家製ワインが作れるならクソ猿がいない間に量を確保してもいいかもしれない。


 水没果樹林前の木道に戻って陸上換装と簡単な栄養補給を終えてから空撮ドローンを飛ばし―――。

 俺は泉のほとりに建つ家屋を発見した。




「これ………」

「なに?」


 泉ルートを辿って行った俺の目の前には一軒の家屋が建っていた。

 湿原が切り取られたかのように家屋の周りだけ柔らかで下草の生えた地面が広がり、平屋なのにやたら背の高い屋根が高さを嵩増しして石組みの煙突を被っている。

 俺はこの建物に激しく見覚えがある。

 素材収集とクラフトのゲーム。この湿原のモデルになったであろうフィールドがあったゲームのクラフト工房だ。

 当然こんなに目立つものを見落とすはずがない。

 一体いつ追加されたのかと考えて俺は最初に第2階層へ来た一週間以上前以来階層全体のチェックをしていなかった事に思い至った。

 謎のドイツ語ルビ対応を見て気を引き締めた次がコレである。

 色々沸き立った思いをため息一つに変えて俺は工房のドアを開けた。


「きれー……」

「小洒落た雰囲気が好きそうなゲームだったからな」


 アウレーネのお気に召したのか四角く区切られた棚の何か所かから緩く蔦が垂れ下がり、外からの光を柔らかく受けて優しい色合いを作り出している。

 正面には作業台やら魔溶炉やら製作に必要な環境が一か所に詰まったメイン設備、クラフトベンチが鎮座していた。


「ここら辺のパクり具合はなかなかって……なんッ!?」


 そのまま視線を流して思わず絶句してしまう。


 入口右手には灰白色に薄れた良く見た象形、転移の闇鍋象形が浮いていた。




   *   *   *




 一通り調べてみて分かった事がある。

 第3階層への入り口を開くには何かを納品する必要があるという事だ。

 工房の中の不活化した転移象形。その傍らにはこれまた良く見た木箱が置かれていた。魔物やら魔草やらを育てる農業経営SLGで作物を放り込むと勝手に納品した事にしてくれる謎ボックスだ。試しにオタマ魔石を1つ置いてみたら光と共に消え去った。一瞬転移象形が輝いたような気がしたものの、元の灰白色のままだった。

 ちなみに戻ってこいと念じたらオタマ魔石が戻って来た。今のところは出し入れ自由らしい。


 そしてもう一つ重要な事。

 クラフトベンチの隣にアイテムボックスがあった。

 昏い虹色の光を放つ油膜の張った木製の水槽か何かかと思っていたそれは魔石を投げ入れると油膜の中に取り込み、覗き込むと入れた魔石を映し出した。取り出そうと手を差し込むと手は油膜を透過できなかったが、代わりに魔石が浮き上がってきて取り出すことが出来た。

 もし、このアイテムボックスが完全に物品を保管して、ダンジョンを去ったとしても物が消失しないのであれば、ここに拠点を作れば今まで以上に攻略が捗るだろう。




 ダンジョン内拠点候補兼次階層転移試験施設を発見した俺たちが最初にやる事と言えば。


「落とすぞ!レーネ」

「まかせて!」


 ぷつりと断ち切られた房が重力に従って落ちようとして、光る透明な分枝に柔らかく受け止められ、大玉送りのような曲芸を経て背中の大口を開けたリュックサックの中に納まる。

 ブドウ狩りである。

 大ブドウ狩りである。

 マジッククレイワンドが2メートルしかないのが心許ないが無いものはしょうがない。魔力を込めた精一杯伸ばせるところまで伸ばして木立の中に時折絡みついている蔓、そこから垂れさがるブドウを収獲していく。

 上手く作れば酒になるといえばアウレーネは張り切って手伝いを申し出た。ヤドリギ解析を見ても特徴:込めた魔力の意志で変化する。という感じなので解析の雰囲気的にもあとクソ猿の投げて来たブドウの効果的にもほぼ作れると思っていいだろう。

 自家製ワインで酒代が浮くのは重要だな。

 酒乱の道をばく進しているアウレーネがどこに向かうのかは……まあどうにかなるだろう。流石に命の危険があるダンジョン内では呑んだら危ないということは理解できるだろうしさせる。後はまあなるようになればいいんじゃないかな。


 登山リュック山盛りにブドウを収獲した俺たちは工房に戻り、余りのマジッククレイを壷に変えて魔力を練ってブドウを潰す。


「がんばれー」

「お前もな」


 アウレーネもワイン造り出来ない事もないがブドウを潰すという物理操作と霊体とは相性が悪い。マジッククレイで間接的に潰すことも出来るが、在庫はなるべくワインを入れる壷にしたい。それにマジッククレイを使った場合、マジッククレイを操作するために込める魔力とブドウに込める魔力を並行して操るという小器用な事をしなければならない。面倒な事をして効率の悪い事をするくらいなら俺が全て受け持った方がいい。

 その為アウレーネには別の仕事、工房の庭への植樹作業をお願いした。

 先ほどのブドウ狩りでは一緒に幾つか若枝も採取してきた。

 苔島の一本樹の若枝が根付いたように果樹も根付いてくれればいつかクソ猿が復活しても無視して果樹が安定採取できる。

 アウレーネには支配下のヤドリギを生やして操作可能にした球体関節ゴーレム、アウレーネ人形を操って、庭に挿した若枝への魔力支配とアシ縄の作成、縄を壁伝いに張ってブドウの若枝のガイドランナーの作成をお願いした。張り切っていることだしいいようにやってくれるだろう。


 それはそうとワイン造りだ。

 魔力を込めて潰し込むと舞い上がった甘い香りに僅かだがアルコールの香りが差し込む。この調子でぐいぐい魔力を練り込んで行けばワインが出来るだろう。

 ただし、搾りかすが混ざっているので濾しとる必要がある。網目というと頭に巻いたアシ布手拭いや肩の魔力防御手拭いが思い浮かぶが、どちらも魔力を散らしたり防いでしまう。魔力に頼った醸造で魔力をフィルターしてもいい結果になるとは思えないので別の方法で濾しとる必要があるだろう。やはりマジッククレイが安定か。細かい構築が面倒という点を除けばだが、骨格筋モチーフのゴーレムを作ってる時点で今更か。

 潰し終えたブドウの入ったマジッククレイ壷の内壁に微細格子構造を構築して引き上げる。殆どの内容物が上がってきてしまったので慌ててクレイフィルターを口側の方に回して閉じ、奥の内壁面へと押し付けるように変形させて果汁を搾り取る。深血色の液体が甘くて芳しい、けれどもまだ若い香りを漂わせて壷の中で揺れる。

 そう言えば果皮の有無や投入具合で赤やら白やらロゼやら変わるんだったか。今後によってはそっちの方を試してもいいし、そういえば潰す前のブドウを陰干し発酵だったり凍らせたり樹洞で自然に腐らせたり一手間加える事でも独特のワインが作れると聞いたことがある気がする。やはり一大産業になっているだけあって奥が深いな。いずれ試してみても面白いかもしれない。

 とりあえず現時点で手を加えるとするならば寝かせ具合だろう。

 俺はクラフトベンチに据えられた各種機器の一つ、フラッシュボックスに目を止める。

 クラフトはどうしても時間が掛かるがゲーム的にはちまちま時間がかかり過ぎても面白さというものは色褪せてしまう。そのためクラフトゲームでは高難易度クラフトに取り掛かるような段階で時短システムというのは大抵出てきていた。フラッシュボックスもその一つだ。

 ワイン壷を入れようとして、微妙にサイズが大きくて入らない。さてこういう時はと見まわして多分コレってのが幾つかケースに積まれているのが目に入る。

 スケールクランプ。カニの爪が付いた定規みたいなアレ、ノギスっぽい何かを取り出して爪を広げる。少し使い方に手間取ったが魔力を多めに流すと昏い虹色をしたサイケデリックな光条が2つの爪の先端から壷に放たれて固定される。そのままぐいぐい魔力を押し込んで爪の幅を狭めると壷が比例するように小さくなった。

 ……いやクラフトゲームの中では一瞬で片付いていたにしてはやけに魔力コスト重いな? 今の操作だけで均一素体ゴーレムを歩かせるより魔力を食ったぞ。これバカスカ大構造物作ろうと思ったら死ぬな?

 クラフトゲームの終盤の一場面、色々縮めてベンチで船を作成する。それを仮に再現した時に必要になりそうな魔力量に気が遠くなりつつも、電子レンジにどことなく似た箱フラッシュボックスの中に壷を安置する。

 固定されたスケールクランプを外に出しても壷が縮小化出来ていることを確認して箱のフタを閉じ、右のつまみを捻って取り合えず1……この単位は年か? に合わせる。

 ―――何も起こらない。

 よく見るとつまみの下に丸い窪みがある。指を入れると吸いつくように中央に固定された。1つ思いついて指の代わりにオタマ魔石を置くとピタリと窪みの中央に吸いついた。魔石が小さいから空中に浮いてるけど今更か。

 そう思っている最中にもフラッシュボックスの中が昏い虹色に輝いて、つまみが元に戻っていき……2割りくらい戻した所で止まってオタマ魔石が光の泡になって消えた。

 次は指を吸いつかせて同じように魔力をなが……ぐいぐいと押し込む。チリチリとつまみが元に戻る中、同じ時間均一素体ゴーレムを全力稼働させているかのような魔力を食われて箱の中の虹色の光がようやく収まった。少なくとも自前の魔力を使うよりは多少手間は掛かっても魔石を消費した方が楽だ。

 取り出す前につまみを2の所にまで捻ってオタマ魔石を9個ほど光の泡に返す。……当たり前っちゃ当たり前だけど微妙に余ったりゲーム的な杓子定規さはないんだな。ともかく都合3年寝かせた壷ワインを取り出してスケールクランプを解いた。

 若かった香りが落ち着いている。悪臭は混じってないし多分腐敗はせずにきちんと発酵したようだ。


「おさけ!」

「帰ってから。……解析だけならいいが?」


 完成を目敏く見つけたアウレーネがキラキラと目を輝かせる。流石に攻略中のダンジョンで呑ませる気はない。解析を掛けろと暗に催促するとアウレーネは張り切って両手をかざした。


名称:魔力ワイン

魔力:7

特徴:命と魔力が癒される


「いや特徴はお前の主観だろ?」

「ちがうのー。ほんとだもん」


 え、マジ?

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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