87:吸光世界の投光手段
「ゆうしゃ? って人が日本に来るってー」
「へー」
よく分からんが外では何やらイベントがあるらしい。
まあ関係ないがね。
先日の第7階層探索はそこそこ満足いく結果に終わった。
黄色同調魔力を混成させた細氷の霧は周囲の魔力を吸収して周囲の温度を下げ、お手頃な魔力コストで気が済むまで探索できた。
くっついてきた精霊たちが好き勝手したのはもうしょうがないとして、以前と別の方面へ探索の足を伸ばす事で坑道を模したような洞窟を見つけ、少々の問題はあったもののその場で解決可能な範疇だったので無事にキリのいい所まで探索することが出来た。
坑道内の長く伸びた主道と背骨から伸びる肋骨のように枝分かれた側道。
その側道それぞれに精霊たちを放って露払いをさせ、アウレーネに改めて探索をお願いした所、側道も奥で塞がったり他の側道と繋がったりとまあ中々複雑に入り組んでいる事が分かった。
アウレーネがいなければどこかで投げていただろう。
その複雑に入り組んだ側道でも目立った所は3か所。
宝箱と色違いの謎鉱石柱とそれからもう一つ、溶岩に沈んだ側道だ。
名称:ツルハシ
魔力濃度:36
魔力特徴:なし
宝箱とは言えアウレーネの見立てでも魔力を通す霊木と鉄で出来たツルハシということ以外読み取れなかったただのツルハシなので正直お蔵入り品だ。
坑道という雰囲気以外に得るものが無いフレーバー品という奴だな。
こちらの方はまあいいとして様々な金属をドロップする不壊の謎鉱石柱からは銅や鉄などいつもの金属を入手できた。
そして件の明るい色味を放っている謎鉱石柱からは鮮やかな金色の金属。
名称:オリハルコン
魔力濃度:36
魔力特徴:不透
鑑定ぽんこつ先生いわくこれが本物のオリハルコンらしい。へー。
俺が自作した白輝銅は変質オリハルコンらしいからな。
本物は白ではなく金色に輝くのか。
ただまあそれはそれとして、既に白輝銅を自作できているのでこれもコレクション品入りだな。
一応簡単な物性検証はしてみたが、多少純製品の方が魔力濃度に比して性能が高いということが分かった。
分かったものの、普通の謎鉱石柱からも大量に手に入る銅を加工して作った白輝銅と第7階層まで潜ってやっと見つけた色違い謎鉱石柱を殴って手に入れた純正オリハルコン。
どちらが素材として用い易いかと言えば敢えて言うまでもない。
こちらも残念ながらお蔵入りだが、こちらは宝箱とは違い時間を置けば再度採掘可能になるだろう。
オリハルコンでもいいし、何ならその他の魔力変質した金属でもいい。
たまに確認して復活していないかどうか確認しておきたい。
そして最後。主道の奥、梯子を降りたその先では道が溶岩の向こうに沈んでいた。
単純な行き止まりなのかそれとも溶岩を攻略してこそなのか不明だが、その確認のためには溶岩を攻略する必要がある。
まあ簡単にならアイディアはある。
冷やして固めて掘り進めばいいだけの話だな。
実際に掘り進めるなら先ほどお蔵入りさせたツルハシでも引っ張り出してやるか。
他にも大がかりにはなるが赤熱カエルを頑張って捕獲して溶岩内探索ゴーレムに加工してみたりという手もあるな。
このまま第7階層坑道を進めてもいいのだが、今は他に集中したいものがある。
それはお隣ダンジョンの第4階層だ。
可視光を吸収する性質を持った極寒フィールドという地形に攻略するアイディアが浮かばなかったので保留していたが、第7階層の坑道エリアを探索する内に思いついた事を試してみたい。
視界が開けても受信ゴーグルには闇しか映っていない。
後ろを振り返ればぼんやりと戻るの転移象形が浮かび上がっている。
比較として持ってきた広角ライトを点けてみれば、1メートルそこらで灯りはぼんやりと周囲に溶け込んでしまう。手元の位置で浮かべても辛うじて床が雪と氷で出来ていると分かる、そんな程度まで光は弱められてしまっていた。
検証その1。
俺は腹腔から金色の小片がついた透明な杖を取り出して魔力を流し込む。
緑と白、2色の混成魔力を流し込まれた透明な杖、その先の金色ドラゴンの鱗は混成魔力を吸って鮮やかな金赤色の焔を噴き上げた。
ほわりとくゆる火焔が辺りを照らし、その場所が所々雪化粧を施した透明な氷の壁で囲まれた小部屋だと言うことが初めて分かった。
光が減衰する仕組みはやはり魔力的な干渉が作用していたようだ。
魔力的な干渉であるならば緑色斥力魔力で対抗可能なのではないか。
この推測は当を得ていたようだ。
金鱗が放つ斥力焔はとりわけ他の魔力干渉に対する対抗力が高い。
斥力焔が放つ光にもその力は受け継がれているようで、ぼんやりとした松明の灯りといった雰囲気ではあるが周囲を照らす光源として問題なく運用できそうだ。
これは次も期待できそうだな。
そして検証その2。
俺は腹腔から金色の開いた花弁のような鍔を持った飾り剣、曙光の華剣を取り出して混成魔力を込める。
昇陽とかいうアレな特徴を持った謎剣はその名の通り眩い光を放って輝き始めた。
こちらも問題なく使えるようだ。
斥力焔の魔力によって間接的に生じた光が光源として用いることが出来るなら、曙光の華剣の効果である発光能力による直接的な光も問題なく光源として用いることが出来るようだ。
ただ、追加で調べてみたら斥力との混成魔力を流した時のみ減衰を受けることなく光が到達するようだ。それ以外の単純な白色魔力や混成魔力では光が減衰されてしまっていた。
混成魔力が必要だがこれならば十分探索できるだろう。
俺は曙光の華剣を掲げて小部屋の外へと足を踏み出した。
うん、まあ剣というよりは照明だが死蔵しておくよりはマシだろう。
………どこか遠くで、何かが羽ばたく音がした。
透明な氷の壁で囲まれた小部屋の外はこれまた分厚い透明な氷の飾り壁が続く広い回廊だった。
曙光を照り返してきらりと輝く意匠に白の粉雪のアクセントが眩く映える。
通常であればこれらのデザインを全て可視光吸収環境が覆い尽くしているというのだからダンジョンの設計は訳が分からん。
どこぞのゲームからパクっているのかもしれないが、生憎こういったフィールドに見覚えはなかった。
探索は割とやり易い方だな。
何分壁が透明な氷で出来ているから少し覗けば小部屋の中が容易に窺える。
転移象形がある入口の小部屋付近には特に見所がありそうな部屋は見当たらなかったので回廊をそのまま進む。
回廊の突き当りまで来たとき、ようやっとダンジョンの始まりらしい出だしに遭えた。
鉄よりは僅かに明度のある全身鎧。
その2人1組が回廊の交差する中ほどに直立して槍を立てている。
言うなれば宮殿守衛といった所だろうか。
そのまま近付けば、相手も気付いたようで双方全く同じ挙動で槍を両手に持って構えた。
こりゃどちらかと言えば人型モンスターというよりロボットやゴーレムの類いだろうな。
そんな思案をする間にも2体の全身鎧が揃って距離を詰める。
突き出された槍の穂先を交わして銀腕の先端に据えた紺鉄鋼の鉤爪を槍の柄に絡ませ―――。
絡ませようとしたらスッパリと穂先から先が泣き別れしてしまった。
少々拍子抜けだがそのまま捻った紺鉄鋼の鉤爪を戻すような捻りを加えて突き出せば、重い音が響いて全身鎧の胸甲へ深々と突き刺さる。
あーうん。ここもまたアレですね。
所詮第4階層でしかないっていう。素材の暴力がそのまま性能の差に出てしまっている。
胸甲の破壊がそのまま致命打になったのか全身鎧の片方は光の泡を吐き出して消えて行った。
それでも敵一体倒すまでの時間は相手に十分な時間を与えたようだ。
今度は打ち据えるように振り下ろされた槍を左手に持った曙光の華剣で受け止める。
こっちはそのまま受け止められるのな。
紺鉄鋼の性能に呆れればいいのか曙光の華剣の物理的切なさに涙すればいいのか判断に迷う結果だ。
相手もそこそこの膂力を持っていたようだが、曙光の華剣に追加で混成魔力を流し込めば能力が膂力を底上げして相手を大きく跳ね上げる。
がら空きになった胴鎧の隙間に剣の切っ先を突き入れれば空を切るような感触と共に思いの外すんなりと切っ先が刺し込まれた。
これは鎧が本体だな。
刺した感触からして鎧の中に中身は入っていなかった。
先ほどの画一的な動きといい、この敵はやはりモンスターというよりは球体関節ゴーレムと言った方が近いだろう。
刺し込んだ剣を捻って抜けば下肢への導魔経路が切れでもしたのか姿勢を崩して転倒する。
頭部を刎ねても動いていたのは流石だったが、胸部の内部構造を破壊すればその動きも収まり光の泡を吐き出した。
考えてみればまともに斬り合いするのは随分と久しぶりだな。
取り分けこのメタルゴーレムを使うようになってからは避けたり鋼材の暴力で受けたりはしたものの、まともに斬り結んだ事は皆無と言っていい。
第5階層の黒竜人戦士も不意打ちを入れただけだしな。
それを考えればこの仮称宮殿守衛は隔絶した素材性能差とそれなりの技能とで安全で程よい練習相手になるか。
ここお隣ダンジョンの第3階層と違い人が訪れる可能性がほぼないのも具合がいい。
気兼ねなくメタルゴーレムを使用できる。
ドロップしたコアと銀のインゴットを拾って通路の奥を見遣れば、曙光の華剣の光源を以てしても先が見えないその向こうでがしゃりと重い鎧の音がする。
暫くはここで操作修行をしてみるのもいいかもしれないな。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




