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84:再び第7階層へ

 検証の結果、空間氷は面白い効果を持っていることが分かった。

 橙色空間魔力は転移現象が目立つが今回悪さをするのはもう一つの現象、空間固定現象だ。

 橙色空間魔力に素の白色魔力を流し込むと青色変質魔力の様な半実体化というか空間が固化し、翼膜の空気を固化する事で飛竜などはその巨体を空へと持ち上げていた。

 この空間固定現象が魔力で実体化させた氷と橙色空間魔力との混成魔法にどのような作用をするかと言えば。


「ひんやりするー」

「また今度カキ氷セットでも買ってくるか」


 成形機に器に入れた球状の氷をセットして粒度を決めて粉砕。

 出来た粉末氷に魔養ドリンクをかければなんちゃってカキ氷の出来上がりだ。


 空間氷で空間固定現象を発生させると周囲の空間を固定する際にどうやら温度まで氷点下の温度に持って行くようだ。

 これを応用して水中で空間固定現象を起こせば即席の氷の完成だ。

 超機能恒温機や成形機を使えば同じことが出来ると言われたら終わりだが、まあ暇潰しにはいいかもしれない。


 面白いとは思ったが、実用性は難しい所だな。

 瞬間的に冷却する能力は優れている。

 しかし空間を固定する以上動きたいならば折角作ったそれを押し退けなければならないし、持続性は低い。

 自身を冷やすというより投げつけて相手を冷やす方が向いてそうだ。


 特徴としては面白いので心に留めておいて第7階層の攻略で使えそうであれば使ってもいいだろう。


―――……。


 存分に涼んで英気を養えば第7階層の探索だ。

 結局対高温環境対策としては同調氷……氷魔法に黄色同調魔力を混成させた魔法を採用した。

 緑色斥力魔力を混成させた斥力氷は悪くはないんだが纏わりつくのがイヤとアウレーネから苦情が来た。

 アウレーネも自己として認識されるとはいえ、完全に自身の支配下ではない魔力を身に纏ったままというのがイヤらしい。

 それに俺としても薄い氷の膜を纏っているよりは厚い氷の霧の中に潜む方が何となく安心できるので否やはなかった。


『なぁ、それ邪魔なんだけど。どうにかならないのか?』

『俺は普通。風は好きだぞ』


 俺とアウレーネが良くても同行者がいいとは限らない。

 第7階層に向かうという話をどこから聞きつけたのか黄昏世界の面々に伝わって、今回もまた喧しいのが付いてくることになった。


 ア~シャたちが渾名したマゾ君とドエムちゃんは相変わらずまだモンスターは先だというのにフライングして出て来ては暇を持て余して不平垂れている。

 ドエムちゃんには火の属性でも入っているのか火柱を操るし、この高温環境の中でも頗る元気なので俺の同調細氷の霧は不評なようだ。そう思うならもう少し離れてはどうだろうか。

 マゾ君は恐らく風と土辺りだろう。所々で礫がまだら模様を描く風で出来た竜は逆に熱さが苦手なようで細氷の霧の辺縁まで近付いて境界面で巻き起こる風に乗ってくるくると舞っている。君が引っ付いているから同調出力を上げられないんだけどこいつどうしてくれようか。


 黄昏世界の脳筋どもはどうしてこう喧しいのか。

 げんなりしつつも緩やかな下り坂を降りて行けば、以前と同じ溶岩湖の畔まで辿り着く。

 相変わらず懲りずに喧しくしていた結果、またも不意打ちを食らいかけるという阿呆なハプニングがあったものの、赤熱ガエルは以前にも倒した事のあるモンスターだ。

 頭では忘れていても身体は覚えていたようで、赤熱した舌や噴き出す火炎弾を悉く躱して危なげなく光の泡に還していった。


 以前はこの後溶岩湖に注ぎ込む溶岩河を目指そうとして畔をひたすら歩き、溶岩湖から顔を出してくるカエルたちとの戦闘と精霊たちの交代を繰り返していたら碌に進めない内に俺の方の魔力がへばってしまった。

 今回は細氷の霧の低コスト化をしてきたとは言え、また同じことをしても同じ結果になる可能性が高い。そのため今度は畔を反対回り、一端入り口側の崖下へと向かう方向で畔を進んでいきたい。




 赤熱ガエルは溶岩湖の上流を主な生息地としているようだ。

 以前とは打って変わって穏やかな極限環境を眺めながら数分も行けば、既に崖は見上げる高さになった。


「灯台下暗しって奴か」

「次からは早いって考えればいいと思うー」


 その崖の根本、溶岩湖からは少し上がった位置に岩の凹凸に紛れるようにしてひっそりと洞窟が佇んでいた。


 目敏く察知したアウレーネは細氷の霧で冷やしているとはいえこの極限環境に霊体を出したくないそうでコア質のヤドリギだけ生やして工房で待機している。

 まあ索敵してくれる分にはやり方は自由だ。

 先に見つけた以上俺より索敵能力は優れているので実力的にも申し分ないし、そもそも俺自体メタルゴーレムを介して工房で涼んでいる訳だしな。


 腰の高さほどの段差を飛び越えて穴の中へと潜り込めば赤熱する溶岩も遠退いて薄暗い。

 アウレーネのヤドリギや俺が温度操作に使っている細氷の霧も黄色同調魔力を混成させているのできらきらと瞬いているものの、十分な明るさではない。

 橙色空間魔力を緑色斥力魔力で覆った赤肉メロン状の魔力球に工房から転送した広角ライトを入れて探索スタートだ。


 洞窟の中は多少勾配があって緩やかに下っているものの、案外整っていて広い。

 三人並んで歩けるほどの洞窟は灯りさえあればただのトンネルと変わりない。

 これがダンジョンの温情に依る物なのかそれとも別の理由があるのか。まあこの先進んで行けば分かる事もあるかもしれない。


「……来るよ」


 辺りを見回しながら進んでいると最初に察知したのはやはりアウレーネだった。

 コア質のヤドリギから種弾が発射されて洞窟の一角に芽吹く。

 芽吹いたヤドリギを押し飛ばすようにして太い鉤爪が壁から突き出されて来た。


『出番キター?』

『戦闘する? 乱闘する?』


 アウレーネのおかげでこちらの準備も整った。

 腹腔の中に幾つか転がっている星コアの中から魔力圧を高めて主張しているコアに思念を送れば飛び出してきて火の身体を形取る。

 とんがり帽子を被った小鳥サイズのハーピィと言った容貌のこの二人は先ほどの脳筋たちと比べれば記憶力も良かったようで、マゾ君とドエムちゃんが帰った後出番が来たら呼んで欲しいと言って一度帰って行った。


 先の二人のように暇だの熱い寒いだの言われても鬱陶しいだけなので正直助かる。

 こちらが準備を整えている内に相手も横穴から這い出して来たようだ。


 姿かたちはモンスターサイズのオケラといった所だろうか。

 モグラみたいな地中の虫だな。

 ずんぐりとした体型は重量級のフィジカル重視に見えるが―――。


 と、観察していたらメタルゴーレムに衝撃が走って数歩後へ踏鞴を踏んでしまった。

 ガリガリと音がするので見てみれば凶悪そうに見える鋭く並んだ鉤爪で胸郭を掻き分けようとしている。

 生身だったら致命的だっただろうな。

 人型サイズの重金属でさえ軽く吹っ飛ばされた。

 その案外素早く動くフィジカルで衝突されて岩を削る鉤爪で抉られたらグロ注意不可避だろう。


「げんた大丈夫?」

「まーそれはね」


 ただ、削岩爪も流石に紺鉄鋼の塊に敵うはずもなかった。

 それでも健気にガリガリやっている削岩ケラをその場に転がして飛び退れば―――。


『ファイアーボール!』

『ファイアーファイター!』


 そいつはむしろ火を消す方だろ。

 心の中で突っ込みつつ、タイミングを合わせて飛んできた火球が削岩ケラを呑み込む。

 片方がずんぐりとした頭を火球で包み込んでいる反対でもう片方が曲剣の形を取った炎で削岩ケラの太い後肢を溶断した。


 アホに見えて案外戦略的に動いているな。伊達に戦闘狂していないという事だろう。

 削岩ケラも怯みから立ち直って火球の囲みから抜け出そうと残った後肢で跳ねるものの―――。


「スマンがこっちは通行止めだ」


 まーケラの前方には俺がスタンバってるからね。

 残った後肢と反対側に少しズレて構えれば、今度はそこそこの衝撃と共に手の内にはバレーボールサイズのケラの頭が。案外グロい顔してんなこいつ。


『追撃行くよー!』

『連撃!連斬!』


 掛け声が来たのでふわりと放ってやれば、火球が爆発して削岩ケラの身体を更に持ち上げ。

 もう片方のとんがり帽子が素早く近づいて縦横無尽に炎の曲剣を振るう。

 足や羽に傷が増えていく中の一つが急所に入ったようだ。

 空中でぶるりと震えた削岩ケラは力なく地面にへばり付くと光の泡を吐いて消えて行った。


『やったねッ。大勝利だよー!』

『いいね。イイネッ!』


 二人のとんがり帽子がくるくると宙を舞って何とも賑やかだ。

 前回の探索では赤熱ガエルに火魔法で挑むという相性の悪い戦闘で少々苦戦していたが、今回はスペックを十分に発揮できていたようだ。


 翼を振って形が崩れて戻っていく二人に手を振り返してドロップを拾う。

 手に入ったのは残念ながら魔力濃度35のコアだった。

 うーん、実力的にも精霊たちに遊ばせた方がマシというのは何というか、もどかしいな。

 まあ第6階層の盲目鮫と同様にもう少し奥へ行けばレベルの高い敵も出てくるだろう。

 それまでは息抜きという事で気楽に探索するか。

 広角ライトを先へ送れば柔らかな光が岩肌を照らす。

 歩き易い洞窟はお気楽探検には最適だろう。


―――……。


 やけに洞窟の岩肌が整っていた理由はその後3回の削岩ケラ戦を経て判明した。


「線路?」

「トロッコだろうな」


 なだらかに降って行った洞窟はさらに太い洞窟と合流して幾つかの支流を交えながら今度は水平に伸びているようだ。

 そして足元には平行に伸びる2本の鉄条、線路が走っている。

 恐らくここは洞窟というより坑道をモチーフにして設計されたのだろう。

 歩きやすい訳である。


―――フォオーーーオ………。


 どこかで汽笛の鳴るような音がした。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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