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82:たまにはこんな休日も

 ダンジョン肉、グラム498。

 ぼり過ぎだろと正直思う。

 これはボアのドロップだろうからダンジョン管理機関から仕入れた肉を倍の値段で売っているのか。

 買う奴いるのかと疑問に思ったがいるらしい。

 見ている間にも壮年のおばはんが手に取ってカゴに入れて行った。

 意外に思ったがアウレーネによればこの肉も調査の結果無菌である事が確かめられたそうな。

 ダンジョン肉に限っては生食でさえも可能な無菌肉とあって一部の界隈からは注目されているとな。


 ほーん。味はそう変わらんのにご苦労なこったな。

 俺にとって価値は無くても誰かが欲しがって世の中金が回っていくなら結構な事だ。

 ダンジョンが出来てから得られるドロップを考えて多少金融資産の配分を組み替えたりはしたが、予想外の所でも新たな商機が興っているようだ。

 アンテナを張り直し……面倒だな。金属関連も大分熱くなっているしこのままでいいか。


―――ねー早く。


 珍しくアウレーネが胸中で催促してきた。

 まー約束したからね。

 お隣ダンジョンの第3階層を攻略するにあたってアウレーネには尽力して貰ったので久々に現実の方の酒を解禁する事にした。

 彼女がいなければ正直投げてるレベルの退屈なクソ迷路だったので多少の我が侭も許せる。


 偶には俺の分も買ってみるか。

 アウレーネは蒸留酒関係に意識が傾いているのが窺えるが俺は偶に買ういつもの地酒でいい。

 アテはそうだな……。甘口だから冬場であれば手羽元をじっくり煮込んだスープやら雌株あたりの濃い味と合わせて頂くのが好みだがこう暑いならたくわんやぬか漬け辺りの濃ゆい漬物もいいだろう。

 アウレーネがそこそこなお値段のブランデーに意志が固まったそうなのでこれもカゴに突っ込んでやる。

 これにはナッツやドライフルーツも添えておくか。

 アウレーネに意味があるかは分からんけど無いなら俺がグラノーラの添え物にでもする。


 こんな所か。後は一週間分の生鮮、週初め分の足の早い葉物と週終わり用の足の遅い根付き野菜を。だが根菜類は時期じゃないし暑いしかと言って膾にするのも手間なので生育の甘い若めのスプラウトを混ぜる。

 週終わりには冷蔵庫の中でも多少育って食べ頃になっているだろう。

 今週のミッションもこれで終わりだな。

 レジに預けながら小さく溜息を吐く。




 第3階層は昨日一杯使ってギリギリ攻略できた。なおボス戦は除く。

 また最奥まで向かうのはイヤなので雑魚処理と散らばったドロップの回収もおざなりに教壇の奥に出現した転移象形を進んだ。

 進んだは良かったがその先は暗黒世界だった。


 真っ暗なら広角ライトを転送すればいいとかいう生易しいものではない。

 広角ライトで照らしても周囲1メートル前後しか照らせない、謎の可視光吸収空間が広がる雪と氷に囲まれた極限フィールド。

 それがお隣ダンジョンの第4階層だった。

 何というか、お隣ダンジョンはハードモードが過ぎる。

 第3階層の攻略って一般探索者は苦労しそうだなーと他人行儀に眺めてたら俺ですら苦労する事間違いなしのフィールドを叩きつけられたでござるの巻だ。

 自宅ダンジョンも大概糞バランスだよなと心の底で思っていたらお隣にそれ以上の逸材がいたのは正直驚きだ。


 当然だが俺は今まで視覚を主体にして探索してきたのでこの視覚が奪われるのは非常に痛い。

 対策をしなければまず探索に取り掛かる事すら出来ないだろう。

 しかし対策の取っ掛かりすら掴めない現状、暫く第4階層はお預けだな。

 むしろ混成魔法という手段が出てきた分自宅ダンジョンの第7階層の方がまだ見込みが出てきた方だろう。

 あそこは環境対策のコストで尻込みしていただけだからな。


 その他の方針としては更に他のダンジョンに足を運んでみるという案もある。

 しかし結局まずは第1階層のチュートリアル洞窟を潜るという作業が入るので少し躊躇うな。

 この案はまた別の事情が付随してからでいいだろう。




 思考を彼方に飛ばしている間に精算が終わった。

 アウレーネが待ちかねて先ほどからうずうずとした思考を隠そうともしないのでさっさと帰った方がいいだろう。

 ダンジョンフェアなる幟も気にならない事はないが所詮は他人事だ。

 覗いても好奇心が満たされるだけで購入を検討するに値する品はないだろう。

 俺は一般生活にも根付き始めたダンジョンの気配を尻目にいつものスーパーを後にした。




   *   *   *




「お~面白い味ジャン~」

「この苦いの好き」

「それはクルミですね。ふわりと包む香ばしさがいいと思います」

「私は食べられないけどこの匂いの中で飲むのもいいかもねー」


 工房の休憩スペースは今ちょっと踏み入れ辛い空間になっていた。

 始まりはアウレーネが工房でゆっくりと飲みたいと言い出した事だ。

 確かに自宅は工房に比べると狭いし景観もよろしくない。

 最近はもう自宅は工房に行くまでの玄関口兼物置きになっている所もあるので特に考えもせずそのまま工房へ向かってしまったのが間違いだった。


 工房では折り悪くウヅキやア~シャたちが談笑していて買い物袋を目敏く見つけ、あれよあれよと言う間に女子会が始まってしまった。

 普段工房で幾らでも喋っている手合いなのでそこに差し入れが入ればそりゃ会話も弾むわな。

 しかし俺の地酒と漬物は死守する必要もなく興味を引かれなかったのは何というか、勝ったけど負けた気になるな。彼女らが持って行ったツマミとは相性が悪いから別にいいんだが。


「それ、あなたの……好きな…もの?」

「んー……。好きと言えば好き、なのかね? 慣れているって言うのが一番近いかな。慣れているから落ち着く。落ち着くから繰り返す。繰り返すから慣れる。そうやって気付けば大体これにしているな、呑むときは」

「繰り返す…慣れる……」


 ユキヒメはあの女子会には交わらずにこちらで屯している。

 どちらかといえば買い物袋の中のスプラウトとかに興味がある模様。

 首を傾げたユキヒメが言葉を反芻する様子を横目に成形機で作った徳利から再び地酒を注いで呷る。

 まだ温燗の良さは分からないが同僚のご年配の方々がやたら勧めてくるのはなんなんだろうな。いずれ良さが分かる歳が来るのだろうか。


 精米歩合が低めで雑味のある酒精が舌全体に纏わりつく。

 その中でもふわりと鼻の奥から帰ってくる香りが心地よい。

 飲みやすい酒というのは幾らでもあるし味変で呑む事もあるが、いつものこれというのは中々に安心感がある。


 呑んでいる内に雑味が舌全体をガッチリとガードするような感覚になったのでここいらでガツンとたくわんを投入だ。

 濃いしょっぱさとコリっとした歯ごたえ、それに独特の臭みが雑味のマンネリを吹き飛ばす。

 今日はたくわんでいいな。ぬか漬けはまた今度、ないし酒とは別で食ってもいいだろう。今考えてみれば酒とぬかで方向性が被っている気がせんでもない。


「また……今度…」

「ん?」

「また今度……第6階層…」

「ユキは本当にあそこ好きだな」

「……うん」


 何が琴線に触れたのかはよく分からんが第6階層は第4階層同様定期的に周回する旨味もあるので丁度いいと言えば丁度いい。

 試してみた所、精神回復薬の納品であれば安定して星白金、ないし白金が返礼品で貰うことが出来るようだった。

 なので第6階層で取れる蓮華の甘露は重要資源だ。

 更に言えばボス戦フィールドに山積していた白い灰、戒呪の遺灰を花びら灰代わりに入れても精神回復薬を作ることが出来た。

 泥炭の海といい第6階層は捨てる所が無いレベルで資源の山と言えるだろう。


 特に断る理由もないので再び快諾すればユキヒメはほにゃりと微笑んで蔓を絡ませてきた。

 第6階層探索の際もいつの間にか絡まっているのでこれが彼女の癖なのだろう。茨樹精だし然もありなん。


「またすれ違ってるー」

「そっかそっか~、あの二人も大変だねぇ~」

「地雷原」

「……そうならないようにそれとなく助けましょうか」

「任せてー任せてー」


 一瞬アウレーネの意識がこちらに向いたような気がしたが振り返ってみればごく普通の姦しい女子会だ。

 何ぞアウレーネが輪の中で平坦な力こぶを作って楽しそうにやっているし気のせいだろう。

 再び御猪口を傾ければふわりと纏わりつく雑味と香り。

 思えばここ最近は作っては魔力回復薬を飲みまた作ったり、ひたすら探索をしたりと充実した生活ばかりだったからな。

 たまにはこうやってゆっくりとした穏やかな時間もいいだろう。

 何の気なしに巻き付いた蔓を撫でてみればこてりと首が肩に預けられる。

 賑やかさをひと空気分隔てたこの穏やかさが、何かこう、そっと抱きしめたくなる不思議な気分になった。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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