81:迷宮砦の主
真っ当に攻略すれば質の悪いデストラップも悪い事を色々と出来るようになればチョロいショートカットに早変わりする。
迷路の階下の大空間にいたアースドラゴンと名付けられた2頭の大顎トカゲがアホさ加減で半ば自滅してからゆっくりと大空間の天井を調べれば、上の階にはそこそこの頻度で落とし穴が設けられていることが分かった。
その落とし穴も銀糸を差し込んで捻れば反応して開いてくれるガバガバトラップなので天井にへばり付けて銀糸で細工が出来るメタルスライムゴーレムにとってはそこらの扉と変わりない。
幾つか落とし穴を開いて見た所、この砦ダンジョン仕掛けこそ落とし穴や恐らく踏むと何かが作動する爪の先一つ分浮いた仕掛け床などイヤらしいものの、全体的な構成としては至極真っ当で、一貫して入口広場の谷合から谷の奥側へと進む方向がそのまま順路となっているようだ。
つまりはこの階下の大空間の入口から見て反対側、一番最奥にほど近い場所に設けられた落とし穴をこじ開ければ。
『おー着いた』
「だろー?」
開いた穴を昇った先には曲がり角の向こうへと消える通路と、開けた空間へと続く迷路の終端が続いていた。
迷路一つ分丸々ショートカットした先ではシンプルな円形の小広間になっていた。
小広間の奥には通路が続いているものの、その行く手を塞ぐように大きな人型が2体立ち塞がっている。
牛の頭を持った人型、中庭にもいたミノタウロスとでも名付けられてそうなモンスターだな。
こちらのミノタウロスは中庭にもいた戦斧持ちの他に、遊環の着いた錫杖を持ったミノタウロスもいる。
ガタイに目に見える違いはないが、杖と見れば警戒して損はないだろう。
まだ身体自体は迷路にある俺たちの存在に気付いているのかいないのか、牛頭では判別が付かないので推測し辛いが今の所こちらに向かってくる様子はなく、隣り合ったまま屹立している。
気付いていてもいなくてもこちらが先手を取れるのであれば変わりは無いか。
相手が動く気配がしないのでこちらも慎重に照準を合わせて銀糸をコイル状に巻く。
巻いた銀糸を一気に伸ばせば即席のスプリングがメタルスライムゴーレムを跳ね上げ、纏う橙色空間魔力がスリップ転移を繰り返して非常識な速さになって小広間へと飛び込む。
ミノタウロスも気付きはしたようだが、対応するには早さが足りなかった。
スリップ転移で微修正したメタルスライムゴーレムの身体はそのまま錫杖に着弾する。
ガタイ通りに強い握力で弾いただけでは錫杖をもぎ取れなかったので素早く銀糸を出して壁の角に引っ掛ける一方で構造風を刃状に成形して錫杖持ちミノタウロスの腕を切り落とす。
引っかかった銀糸を復元させれば錫杖の強奪は完了だ。
名称:発火の錫杖
魔力濃度:16
魔力特徴:発火
やはり魔導具だったようだな。これは発火宝玉的なものが仕込まれているようだ。
相方の異変に対処しようと戦斧持ちも動き出す。
しかし振り向いたその横顔に無数の針が突き刺さって行動を妨げた。
見ればアウレーネが透明なイガグリを作り出して爆ぜさせていた。
コア質のイガグリと言った所だろうか。
かなり深々と突き刺さっているところを見るにそれなりの強度は持っているようだ。
戦斧持ちが針を抜き取ろうとしたところでコア質の針は光の泡を吐き出して消えた。
入れ替わるようにして傷口に種弾が着弾し―――。
青白いヤドリギが大きく芽吹くと同時にミノタウロスは全身を痙攣させて光の泡に還って行った。
アウレーネも中々ヤルようになって来たな。
ヤドリギ吸収による吸い殺しは元からだがコア質イガグリ爆弾で最初の傷口を付けられるようになったのは大きいだろう。
彼女も着実に成長しているようだ。
さて、鑑定ぽんこつ先生も一仕事をし終えたし、魔導具は自宅のダンジョン素材で自作できるので改めて収集する必要もない。
俺の魔力で支配する前に杖を持っていたミノタウロスの首を構造風の刃で切り裂けば、ミノタウロスが死ぬと同時に杖も光の泡になって消えて行った。
コアやら銀貨やらを拾い、奥へと進みながらぽやぽやと考えを巡らせる。
総合すればここは自宅ダンジョン第3階層の性質と第4階層の強度を足して2で割った感じの階層だろうか。
レベル的には第4階層に近い。
1階層1階層が比較的広いのもあるだろうが第3階層にして既に第4階層分、生身で攻略しようとするならばそれ以上の難度になっているとはお隣ダンジョンは中々高難易度な調整になっているようだな。
この先の第4階層がどのようなフィールドになっているのか。
楽しみなような恐ろしいような。
少なくとも俺は生身で攻略したいとは思わんな。
先の迷路だって致死性のトラップを仕込んでいた。
今後の階層も使ってこないハズがない。
このダンジョンを生身で攻略する一般探索者諸兄たちの健闘を祈ったり祈らなかったりしながら俺は通路の道中に屹立しているミノタウロスたちの首を斬り飛ばして行った。
―――……。
流石にもう迷路の天丼はなかったようだ。
一本道とその両側面に点在する扉。それらを守るミノタウロスが二人一組から1小隊程度になった頃合で、ようやく終点が見えて来た。
どこぞで見たような重そうな両開きの石扉とその奥に広がる大広間。
ゴブリンキングとの違いは玉座の代わりに台座と机、一見して教壇のような物が設置されている事だろうか。
教壇のような物の上には肩章のついた大外套を纏ったミノタウロスがこちらを静かに見ている。
さしずめミノタウロスジェネラルとでも言った所か。
風格は十分なんだがまあ。
「レーネ。やってみるか?」
『えー……』
全力で攻撃したら即終わりそうな気がするんよね。
ゴブリンキングと似たように正面を空けて整列しているミノタウロスは先ほど草刈りでもするかのように処理していった奴らと変わらんし。
なのでアウレーネに戦って貰うというのも提案してみたが乗り気ではない様子。
最初に比べれば随分と戦闘慣れして来たとは言え本質的に戦闘を楽しむタイプではないからな。戦闘狂過ぎても困るからこれでいいのかもしれんけど。
それなら普通に戦えばいいか。
相手がスタンバっているのに合わせてこちらも正面からメタルスライムゴーレムをゆっくりと進ませる。
石扉を越えればミノタウロスジェネラルが教壇の影から旗のついた槍を取り出した。
ミノタウロスジェネラル、長いなミノ将でいいか。それにしてもミノ将の武器は旗槍か。中々独特だな。
ミノ将が旗槍に両手を添え、剣礼を取る。
―――集え、勇士よ。時は来たれり。
コツと旗槍が揺らいで石突が石畳を叩く。
―――列せ、兵士よ。壁を築き道を塞げ。
旗槍の鳴らしに呼応して、両翼の列伍が揃って踵を踏み鳴らす。
―――戦え、戦士よ。力に相対するは力のみ!
雄々しく突き上げられた旗槍が翻り、居並ぶミノタウロスたちが揃えて雄叫びを上げた。
茶碗サイズの銀粘土とガラス細工のようなヤドリギ相手にまあ仰々しいこって。
間違ってはいないが。
黄色同調魔力と細氷を混成させた同調細氷の霧を周囲に展開すれば、両翼の奥から飛んできた火球の弾幕は軒並み魔力を吸われて霧散した。
寄せてくるミノタウロスの戦列は橙色空間魔力と緑色斥力魔力を雑に繋げたシャボン玉、俺の十八番の赤肉メロンを無数に展開して押し比べる。
非実体の高濃度魔力と実体の重量。
いつの間にか人型レベルのサイズであれば釣り合う範疇にまでレベルが上がっていたようだ。
このまま敵を薙ぎ倒してもいいが……。
口角泡を飛ばして赤肉メロンを押し返そうと斧を叩きつけるミノタウロスの戦列の頭上で。
透明なイガグリが炸裂して無数の針が群れの中に突き刺さった。
入口で俺がでんと構えている間にアウレーネはさっさと種弾を天井まで打ち上げて幾つか芽吹かせたコア質のヤドリギの一つに居を移していた。
相手のミノタウロスも気付いてはいるようで火球が幾つか向かっているが、殆どはコア質のイガグリ爆弾で相殺され、幾つか着弾するもぱらりと一部が欠けたヤドリギの枝は次の瞬間すぐに元通りになった。
アウレーネの方も一筋縄ではいかない事を察した錫杖持ち達が揃って火球の弾幕を打ち上げるも―――。
着弾前に光の泡になって消えたコア質のヤドリギの跡地で大爆発が起こる傍ら、離れた所に生えたコア質のヤドリギから無数のイガグリ爆弾が降り注いで錫杖持ちたちをハリネズミにする。
のたうち回る錫杖持ち達を尻目にするりと霊体を出したアウレーネは周囲を見回して首を傾げた。
『減ってない?』
「むしろ増えてるな」
アウレーネのイガグリ爆弾でミノタウロスの隊列の中の一部から光の泡が立ち昇っているのが見えたので、当たり所が悪かった奴は討伐出来ているはずだ。
それなのに大広間全体の牛密度はむしろ増している気がする。
というよりあんな数の錫杖持ちは居なかったはずだ。
いつの間にか隊列を組んでいた錫杖持ちのミノタウロスたちが揃って錫杖を天井に掲げたので流石にフォローしないとマズいだろう。
同調細氷の霧で錫杖持ちの隊列を攪乱すれば放たれる火球は端から魔力を奪われて消滅していく。
いつの間にかも何も隊列を組んでいた錫杖持ちの近くには未だにのたうち回っている錫杖持ち達がいる。
これは最早立て直しが早いとかいうレベルではなくてどこぞから戦力を補充していると見るべきだろう。
怪しいのはあいつ。
さっきから旗槍を振り回して雄叫びを上げているミノ将しかいない。
パッと見では魔力を使っているようには見えないが、はて。
『使ってる。橙色』
「見えんが」
『地面』
どうやら地表ギリギリに魔力を展開しているようでここからは見えなかったようだ。
体高10センチメートルもないし仕方ないね。
半面、天井に貼り付いているアウレーネからは良く見えるようだ。
ミノ将が旗槍を振り上げ雄叫びを上げる度に地面に橙色魔力が展開されて錫杖持ちが這いあがってくるらしい。地獄の獄卒かな?
先ほどからずっと旗槍を振り回してばかりなのから察するに最初からずっと戦力を補充し続けているのだろう。
いつの間にやら斧持ちの数は半数以下に減って錫杖持ちが大半になっている。
流石にここまでの数になると同調細氷の霧で全てを覆い尽くす事は出来ない。
散兵戦術を取られて同調細氷の霧の外に出た錫杖持ちが再び天井へと火球の弾幕を張り始めた。
これ下手すると増援の限度も制限もないっぽいし、一般探索者が悠長に構えていたら詰むな?
『使っていい?』
考えごとをしているとアウレーネから提案が来た。
さて、彼女の提案だがどうすっかな。
「……おーけー。後ろに送るわ。任せた」
『任せてー』
任せることにした。
ついでに先ほどから妨害しかしていないのを察したのか俺への圧力がおざなりになっていたので暇をしていた赤肉メロンで錫杖持ちをぶん殴って邪魔をする。
手控えているのは様子見しているだけであって手が無い訳ではない。
錫杖持ちが襲われたのを見て取って斧持ちがフォローに入り、二人一組で赤肉メロンをいなしつつ弾幕を張る方針に切り替えたようだ。よきよき。
走り込んで細氷の霧の外に出た錫杖持ちが杖を掲げて天井に繁茂するコア質のヤドリギを狙う。
赤肉メロンを寄せて見れば周囲を警戒していた斧持ちが間に割って入って肩を怒らせて威嚇した。
散兵戦術を取る以上足並みが揃わないため弾幕というよりは火球の雨と言った方が適しているだろう。昇り注ぐ火球の雨に天井に繁茂するヤドリギもまた一つ、また一つと光の泡になって消えていき……。
突如響き渡った一際大きな悲鳴に、ミノタウロスの兵士たちは困惑した様子で一様にその手を止めた。
大広間の最奥、教壇のような場所の上段でミノ将が蹲って呻いている。
戦闘が始まってから周りを固めていた兵士たちも困惑した様子で振り返っていた。
ミノ将の大外套の影に隠れて見辛いが、実は先ほど俺たちのダンジョン攻略のいつメン、コブラ型ゴーレムを転送してアウレーネに委譲しておいた。
やっぱ取り巻きつきのボスとなったらコイツでしょ。
流石に増設した星白金弾射出砲塔まで使わせるのはやり過ぎなので今回はオミットして渡したが、呪物しっぽ内蔵の絡繰り毒牙は健在だ。
今回も俺が攪乱している間に裏から回り込んでやってくれたらしい。
都合よく旗槍を取り落としていたので、密かに送り込んでいたメタルスライムゴーレム子機を巻き付かせて黄色同調魔力を展開して支配する。
こっちのミッションも達成だな。
思わぬ伏兵に取り乱したミノ将もすぐに立ち直ったものの、まず旗槍を奪った俺に対処しようとしたのは悪手としか言えない。
何故なら周りで守りを固めていたミノタウロス兵たちはまだ立ち直っていないのだから。
ミノタウロス兵たちが一様にミノ将を見ているのならば一体誰がミノ将を守るというのか。
降り注ぐイガグリ爆弾の炸裂で飛び出した無数のコア質の針の嵐が周囲一帯に吹き荒れて―――。
碌に防ぐことも出来なかった周囲の将兵たちは揃って光の泡を吐き出した。
まー一番スマートな武装を渡さなかったとはいえ大した大盤振る舞いである。
アレで魔力濃度も当然俺と同レベルなのでキッチリと緑色斥力魔力を展開して防御しておかないと俺のメタルスライムゴーレムも危なかった。
碧白銀アマルガムとはいえ万が一中央で保護している通信石に刺さったら一大事だからな。
一応コブラ型ゴーレムの方もコア質を雑に展開して保護していたが、こちらはミノ将自身が盾になってくれたようではみ出した端の方以外はコア質の防御膜も無傷だった。
今回は俺もフォローしたとはいえ、投射火力はほぼほぼアウレーネの手によるものだ。
単独で戦闘するというのはまだ難しいしその気もなさそうだがそれでも彼女も随分と成長している。
それを確認する意味でも偶にはこういった格下階層の探索をするのもいいだろう。
とはいえ彼女には今回探索も含めて結構働かせてしまったからな。
労働報酬にどの程度要求してくるか……まあ何とかなるだろう。
『ねえー』
考え事をしていたら件のアウレーネから声が掛かった。
『どうするの。あれ』
アウレーネが指し示す先にはミノタウロス兵の群れ群れ、……群れ。
そういえばボス倒したからって君ら大人しく解散するタチでもなかったね。
アウレーネも一仕事終えた気になって蛇足感を漂わせていたのでご足労頂いたミノタウロスの隊列の皆様方には残念ながら細氷の霧を太らせた雹の嵐で雑にお還り頂いた。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




