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80:迷宮に続く迷宮

 砦の階層の中庭を越えた先、小窓の向こう側は小部屋になっていた。

 恐らく2段ベッドを模倣しようとしたのだろう半端な広さの石棚が両側に据え付けられているが当然生活感は皆無だ。

 特にこれと言って見所もない部屋を抜ければ幅の広い廊下が横に走っていた。

 そっと見回せばハウンドたちを引き連れた重装オークが徘徊していたので例によって天井を進むことにする。


 廊下の両側に並んだ扉のうち中庭側の扉は魔法兵ゴブリンが居たりいなかったりする先ほどの小部屋と同じ作りなのだろう。

 今更魔法兵ゴブリンに用はないのでスルーするが、奥側の扉は確認しておいた方がいいだろう。


 重装オークの動きに気を付けながら銀糸を操って奥側の扉を開いてみる。

 奥側の扉の先は小部屋ではなく、幅広の通路が伸びた先で折れ曲がっていた。

 嫌な予感がして隣の扉を確認してみればその先は奥行きの違う通路がその先で別の方向へ折れ曲がっていた。

 恐らく、迷路のお代わりなのだろう。

 それも入口がこの横たわる連絡通路の先に並んだ扉の数だけある迷路だ。


『行かないの?』

「迷路メンドイ。出来るだけ避けて通れんかな」


 そう? と首を傾げられてもな。

 今日は休日とは言え第2階層からぶっ続けで探索している。

 第2階層自体はほぼただ移動していただけなのもあってそう時間も食わなかったが、第3階層ではそれなりに探索して後ついでに前の迷路でかなり手こずったのもあってもうそろそろいい時間だ。

 第2階層では消化不良と言えば消化不良だったので欲を出した結果がこれだ。

 ままならないものだな。


 切りのいい所で切り上げたいが、丁度いい場所がない。

 ここまで来て撤退し、またもう一度迷路を探索し直すのは骨だ。

 流石に複雑に入り組み過ぎていたのでアウレーネが正当ルートを見出してからはマップを作っていない。

 もう一度アウレーネに索敵の種弾を出して貰うのも難だしな。

 とはいえここから撤退する事になれば頼まざるを得んが。


 何かないかと軽く連絡通路の両側に念動ドローンを飛ばしてみるものの、見える範囲では特に目につくものもない。

 単純に廊下一杯に扉が並んでいるだけだった。げんなりしてくるな。

 とはいえ手をこまねいていても進むものも進まない。

 覚悟を決めてやるしかないか。


 となればまずは入口選びだ。

 最悪沢山並んだ入口のうち出口までのルートがあるのは一つとかあり得るからね。

 正当を選べる判断材料がないとはいえ出来るだけぽいモノを選んではおきたい。


「レーネ。何か分かるか?」

「んー……ここは特には」


 まあアウレーネ頼みなんだが。

 俺がメタルスライムゴーレムを介して知覚できるのは視覚と聴覚、あとスライム体を動かす時の反動から物に触れたか触れていないか察せる程度の曖昧な触覚くらいだ。

 コア質のヤドリギを介して霊体を向こう側に出現させれば五感を使えるアウレーネとは比べ物にならない。

 ゴーレム頼りの探索はこういう所に欠点があるな。

 安全を捨てて生身の探索に戻す気はないがここら辺何か解決策が無いか検討してみた方がいいのだろうか。


「……ここ。風が流れてるね」


 考え事をしていたらアウレーネが特徴のある入口を発見したようだ。

 扉を開いて見れば―――。


「かいだん?」

「……三次元迷路とか地獄じゃね?」


 扉の先は少し奥へ進んだ後に階段になって下に降っていた。

 これが当たりの入口であるとは間違っても楽観できない。

 むしろあり得る可能性としてはハズレの入口、もとい出口の可能性だろう。

 降りの階段ということは下階があるということだ。

 あり得る可能性としては上階に落とし穴トラップがあり、入口へと戻される通路の可能性。

 最悪昇ったり降ったりを繰り返してゴールを目指す三次元迷路の可能性もある。


 いずれにせよここは全ての入口を見て回った最後に確認しておく必要のある入り口だな。

 位置を確認してみれば丁度連絡通路の真ん中辺り、向かい側には小部屋ではなく幅広の通路が両開きの扉へと続いていた。

 今回は小部屋の窓から侵入したが、真っ当な探索者はまず最初にここを訪れる事になるのか。

 ……うん。可能性としては、アレだな。

 まあいい、まずは全て見て回ってからだ。


―――……。


 全ての入口を見て回った結果、アウレーネが異常を察知した扉はやはり真ん中の風が流れている扉だけだった。

 意を決して階段を降りた先では―――。


「広いねー」

「で、デカブツと」


 砦全体をぶち抜いたような大広間と所々に点在する太い柱。

 そして、こちらを視認してゆっくりと顔を上げるデカイ口を持ったトカゲだった。

 体高は3メートルほどか。扉と比較して目算5メートル程と高めの天井のハズがトカゲの体格のせいで低く見える。

 水棲ワーム程ではないが十分デカイ敵だろう。


「アースドラゴンって奴ねー」

「へー、アレが」


 その名前は聞覚えがある。

 確か俺が第4階層の飛竜と戦っている時に自衛隊が討伐した奴だろう。

 強さも同じとは限らないがどんなモンスターなのか少し戦ってみたい。

 あちらさんもその気のようだしな。


 流石にそこいらの雑魚とは違うのか、この茶碗サイズのメタルスライムゴーレムと霊体のアウレーネをきちんと視認して敵だと認識しているようだ。

 漸う起き上がったアースドラゴンは爬虫類特有の左右にぶれる這い方をしながらこちらへと突進してきた。

 ぶっちゃけ一端腹の中に収まってそこから攻撃すれば終了しそうな気もするがそれでは行動観察が出来ない。

 銀糸をコイル状にして地面に接し、勢いよく伸ばせば即席のスプリングモドキだ。

 一気に天井付近まで跳ね上がったら、手近の柱に銀糸を巻きつけて固定する。

 アウレーネも早々に天井にコア質のヤドリギを芽吹かせてそちらへと移ったようだ。

 入口に生えていたヤドリギは齧られる直前で光の泡を放って消えた。


 ……うん、でその結果がというとだな。

 勢い余った先頭のアースドラゴンがそのまま壁に激突し、それでも受け身でも取ろうと思ったのか身を捻った結果入り口前で横倒しになってうねっていた。

 あまり頭は良くないようだな。そりゃそうか見るからにトカゲだしな。


 後続のアースドラゴンは少し首を傾げたものの、ややあって天井付近にいる俺たちに気付いたようだ。


 先頭のアースドラゴンも起き上がってこちらに振り返る。

 さてどうするのかと思って眺めていると、柱の根元まで来たアースドラゴンはそのまま前進して顎を柱に擦りつけるようにして顔を上げて来た。

 何というか随分間抜けな方法だな。

 しかし考えてみればしょうがない所もあるのだろう。

 最初に巨大な頭部に目が行ってしまった通りに、アースドラゴンは頭部が発達している。

 言い換えれば後肢の重量バランスが悪い。

 たった数メートルとはいえ上体を自立して上げられるようには出来ていないのだろう。


 それでも健気に牙を届かせようとしてきたので俺も柱に巻き付けていた銀糸を解き、今度は寄って来ていたアースドラゴンの背中にへばり付く。

 行けるかどうか半々だったが上手く行ったようだ。

 巨大な鱗の間の屈曲に上手く碧白銀アマルガムのボディーを密着させる事ができた。


 さて次はどう動くかと思って周囲を見回そうとし―――。


 受信ゴーグルに映る視界が真っ暗になった。

 聴覚自体は生きているが、ぶちぶちと何かが引き千切られるような音やぐぎゅるぐぎゅると妙な肉々しい音が耳朶をざわつかせる。


 これはアレですね。食われましたね。


「げんた大丈夫?」


 耳元でアウレーネの声がする。

 メタルスライムゴーレムが食われたので戻ってきたのだろう。心配かけたな。

 聞けばやはり片方のアースドラゴンの背にへばり付いた所、もう片方のアースドラゴンがその背中にかじりついたらしい。んなアホな。

 ついでに齧りつかれたアースドラゴンは大暴れして反撃し、今ではアースドラゴンとアースドラゴンの怪獣バトルが始まっているそうな。

 アースドラゴンの知能をまだまだ過大評価していたようだな。


 話を聞き終わっても暴れる音は続いていたので戦闘観察はしておきたい。少し考えて工房側で念動ドローンを作り出して迷路下階側へと転送する事にした。

 橙色空間魔力を単純な魔力の状態で展開すれば、アースドラゴンが大暴れしていても破壊されることはなかった。

 ここまでの行動からしてやはり魔力的な攻撃方法を持っていないっぽいからな。

 そのまま橙色空間魔力を同調させれば、工房側から念動ドローンを転送出来る。


 受信ゴーグルの一部に映像が戻ってきた。


 眼下では怪獣大決戦が大詰めを迎えようとしていた。

 背中を大きく損傷したアースドラゴンが太く長い尾でもう片方のアースドラゴンを打ち据えるものの、アースドラゴンの頭部はそれ以上に頑丈なようだ。

 多少弾かれ、当たり所が悪かったのか目をやられはしたものの、動じることなく後背についたアースドラゴンが背中を損傷したアースドラゴンの腕を食い千切った。


 やはりでかいナリしてるだけあって顎の力は強大なようだ。

 丸太サイズの竜鱗腕を食い千切るとか人なら一溜まりもないぞ。


 背中と腕を食い千切られたアースドラゴンも懸命に大口を広げて対抗しようとしていたものの、やはり存分に動ける相手とは分が悪いようで。

 そのままじりじりと損傷個所が増えていき、一度反撃に手を食い千切る事に成功したものの、そのまま光の泡を吐き出して消えて行った。


 手から血を垂れ流すアースドラゴンは暫くじっと静止した後、ふとこちらに気付いたようで上を見上げて来た。

 もうそろそろいいかな。

 十分見物が終わったのでメタルスライムゴーレム側に仕込んでいた発風宝玉に藍色構造魔力を混成させた構造風の刃でアースドラゴンの体内から切り刻む。

 頑丈そうな竜鱗だったとはいえ、身体の内側からの攻撃には無関係だ。

 突然のダメージには流石のアースドラゴンも対処が出来なかったようでもんどりうって倒れ、上手く起き上がる事も出来ずに藻掻いている。


 外皮の硬さも見ておきたいな。

 念動ドローンが飛んでいるだけでも橙色空間魔力があるだけで出来る事は多い。

 魔力を転送して緑色斥力魔力と混成させ、氷杭を作り出す。斥力焔に因んで斥力氷とでも名付けようか。

 斥力氷杭は思いの外あっさりとアースドラゴンの表皮に刺さってアースドラゴンの足掻きを阻害した。

 俺の魔力の強度が高いのかアースドラゴンが弱いのかはたまた混成魔法が強いのか、イマイチよく分からんな。

 まあ効果覿面であればどうでもいいか。


 深々と腹に突き刺さった斥力氷杭はそのまま致命打になったようで、少し足掻いたのちに残った方のアースドラゴンも光の泡を吐いて消えて行った。

 後に残ったのは魔力濃度24のコアと竜鱗の堅皮とかいう灰緑色のトカゲ皮。

 普通であればドラゴンの皮とか喜ばしいのだろうが、先ほどの強度検証の結果の所為かイマイチ素直に喜べんな。

 あと倒した割に転移象形の姿が見当たらない事を考えれば、やはりこのアースドラゴン2体というのはボスというよりは隠しボス、もっと言えばトラップのお仕置きボスといった所なのだろう。

 トラップというのは勿論―――。


『あったよー』

「助かる」


 戦闘が終わったのを見届けたアウレーネが折よく見つけたようだ。

 コア質のヤドリギが生える天井、その一角に指したアウレーネに礼を返して念動ドローンを近付けて見れば確かに半畳程のサイズで四角く区切りが入っている。

 十中八九上階の迷路には落とし穴が仕掛けられていて、その先がここへと続いているのだろう。


 戦闘自体は残念な結果になってしまったが、状況を色々と加味してみればここの仕掛けは中々に殺意が高い。

 迷路の中の半畳サイズの落とし穴なので狙いは恐らく一人、多くても小人数だろう。

 その落とし穴で少なくとも3階くらいの高さから落とした後に鈍重ではあるが人をそのまま丸呑み出来るサイズのアースドラゴンを配置する。

 初見ならばほぼほぼデストラップだな。

 上手く出口の階段まで辿り着ければいいが、落とされた後だ。下手すると足を捻挫ないし骨折しているだろう。

 幾ら鈍重とはいえ足に負傷を抱えた上でアースドラゴンから逃げるのは難しいだろうな。

 それを考えると第2階層で足踏みしているここの警察たちは正しい判断をしていると言える。

 どうかそのままずっと足踏みをしていて欲しいものだな。


 ともあれ、落とし穴の存在はこちらとしては好都合だ。

 それは先ほどの足踏みというだけでなく、もう一つ大きな理由がある。

 天井の四角い区切りにとりわけ極細に成形した銀糸を挿し込めば、ちりちりと石材を擦り削ぐ音が響くものの一応隙間に入り込んでいく。

 先端の感触が変わった点でL字型に屈曲させて銀糸を引っ張れば。


 ガコリと音がして落とし穴、もといショートカットが開通した。

拙作をお読みいただきありがとうございます。

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