8:混ぜるな危険
期待通り第1階層最奥にはボスが復活していた。今回のヤドリギの茂り具合は3体か。ランダムなんかねこれ。
ともかくサクッと近付いて予備の吸水しっぽをダンクシュート。樹洞の呪液を吸い取ってから、反復横跳びで光弾を回避しながら落ちて来たヤドリギを叩いてボス戦終了。慣れって怖いね。
しかし収獲には期待していた。正確には今回吸い取って黒ずんだ呪物しっぽと呪醸樹の太枝に。
「レーネ、頼めるか?」
「いーよ」
アウレーネが俺の設計図を基に太枝の樹皮を平べったい空洞状に、上部に木部由来の硬くて細いアゴと伸びる鋭い、よく見ると内側に樋の付いた牙。牙から続く樋付きの木べらはアゴの根本で組み合って梃子が効くようにした後、空洞の上半分に潜り込んで層になるように薄く広がる。
空洞の中に先ほど作った呪物しっぽを詰めて閉じれば毒牙機構の完成だ。牙が獲物を捉えると梃子の原理が働いて呪物しっぽを圧迫し、絞り出された呪液が木べらの樋を伝って鋭い牙の先端まで流れ込む……といいな。生物の蛇のような骨格筋の連動を諦めて一体型の絡繰り式にしたので首振りも効かないし牙が収納できずに伸びたままだが下顎の方に鞘を作って誤魔化そう。
余った太枝も設計図通り組み合わせて数珠繋ぎの蛇骨状に成形して貰う。
後は俺がマジッククレイで骨格筋の成形と張り合わせ……は工作精度の問題で完全模倣が出来なかったので妥協模倣。よく見ると表面で微小サイズの両刃の櫛が互い違いに噛み合っているのが見える肉眼サイズ。櫛の嚙み合わせとはいえ接触面の位置関係だけを魔力で変化させるというのは面積を増やした球体関節と変わりない。
3番目のゴーレム構成様式は妥協したとはいえ出力も燃費もいいとこ取りで申し分無かった。
ただ一つ複雑過ぎて作るのが物凄く面倒なことを除けば。
体をくねらせて進む蠕動運動は試作ヘビ型ゴーレムでは案外簡単に再現できた。進行方向から流れて来た収縮の波をそのまま流していけばいいだけだ。
けれど戦闘環境を想定した支柱登りや吊るした物干し竿の登はん訓練が中々苦労させられた。最もこれらは均一素体ゴーレムでも変わらなかっただろうが。
どう動いているのかを参考にするために動画を視聴しようとしてアウレーネと取り合いになったり一緒になって見たりしたのはいい思い出……になるのか? まあいいとしてゴーレム操作も及第点まで仕上げた。
最後に念のため薄く柔らかくしたマジッククレイの余りで全身を被覆して一端は完成。
そのうち骨格筋を被覆するように衝撃吸収ゲルで覆って更にその上に伸縮性のある皮と硬質なうろこ状装甲を張って強度を確保したい。
ともあれ、これで準備は完了。あとは第2階層小樹林に突撃するだけだ。
「げぇ……」
「みず?」
順路を通るだけなら手こずる事もない。サックっと通ってついでに物欲センサーから開放されたマジッククレイも補充して俺たちは小樹林帯に来たはいいのだが……。
一段下がって途切れた向こうは木立の合間を一面の水が湛えていた。
水没林だ。
こんなの木が根腐れ起こして立ち枯れするだろというツッコミはダンジョンファンタジーで解決しているのだろうか。木立は何か問題でも?とばかりに青々と茂っている。
如何にせよこの地形には見覚えがないのがマズい。強いて言えばクソ難易度で定評のある死に覚えゲーで、立ち枯れた水没林で膝下浸水で移動力が削がれた中を枯れ木の間を飛び回って無限に苦無やら手裏剣やらを投げつけてくるクソみたいなニンジャ猿の相手をさせられた事があるくらいだがいや、まさかね……。
撤退、という考えは勿論ある。
何より死に覚えゲーが頭に浮かんだことがより一層その選択を補強する。ゲームなら死んでも復活出来るが、ダンジョンでどうなるか試しに死んでみようとは思えないからな。
「レーネ……行けるか?」
「んー、おっけー」
それでも突撃を選択した。
俺だけじゃなく、アウレーネも手札を揃えてたからだ。
「まほうのたね」
名称はともかくアウレーネが手をかざすと小さな光の粒が無数に生まれて四方八方に飛び散っていく。
光の粒は木々に当たるとそこかしこで小さなヤドリギを芽吹かせた。
俺は胸中を落ち着けてレーネの意識を汲み取ろうとする。
さわりと魔力が揺れる。
根元のグズグズ。樹上の変な匂い。蔦の間からちらほらとする甘い匂い。
匂いを投げてシャクりと潰す……、噛み砕く猿。
「あいつか」
無数の魔力のヤドリギの枝葉が伝えてくる情報は感覚的なものが多く、雑多で曖昧だったがそれでも偵察結果は最高だ。
「今度はあの木とあの木を中心に位置関係と根本が分かりやすいように飛ばせるか」
「おさけ」
「勝ったらな」
「まかせて」
報酬の上積みを約束して再度詳しい偵察に入る。
俺たちは十分な偵察を終えると、水辺用装備、ダイビングシューズとハーフパンツに履き替えて水没林、水没果樹林に踏み入った。
薄暗い、木立のどこかでがさりと揺れる。
がさりがさりと梢の影をするりするりと獣が舞い飛ぶ
上を仰ぐなひょうと―――……。
「弾いて、お返しっと」
掲げたバックラーに弾かれて水面に落ちた柿の実を拾って投げ返す。ステータスの恩恵か存外鋭い速度で投げ返せたそれは、惜しくも白ばんだ泥塗りの猿が掴んでいた枝に当たって砕けた。
喰投猿ノデッポウ。何気にモンスター採用率が高い気がする例の精霊をテイムする育成RPGの3作目に登場した敵モンスターで、ネットではツッコミどころが針の筵になっていたのを覚えている。
有名な昔話と獣の老齢変化である経立と多分名前だけ見て借りてきた怪異とをキメラ合体したこいつは高い対射撃防御と樹上を移動して近距離戦にまで降りて来ない有利環境ガン待ち、その他幾つかの理由で嫌われていた。
その一つ目の理由。
「ギャハハハハハッ!」
喧しい。じゃぶじゃぶと移動が制限されているのを見て取ってか腰を据えて指を指してけたたましい喚き声を上げながら鈴なりに実っている柿を矢鱈に投げつけてくる。それもバックラーで防ぎにくいようにわざと的をバラけさせる小賢しさになお一層恨めしさが引き立つ。
「ッ! レーネ!」
「あれね」
呼びかけに応じてアウレーネが頭上に落ちて来た紫色の房、ブドウの実にヤドリギを生やす。
殆どの粒は萎びていったが取りこぼした幾つかの実が避けた至近で爆ぜた。
「あークソくっさ」
「あまり、良くない……?」
嫌われ要素その2、デバフがウザい。喰投猿は何種類かの果実を投げてくるが、それぞれの果実には特長があり、例えば柿ならば物理威力が高くなっていたりする。そしてブドウの果実は発酵と腐敗がモチーフなのか状態異常の酩酊か腐敗に加え幾つかのデバフ要素を持っている。
今回投げたのは腐敗ブドウだったようで散らばった水面にデロリと浮いて思わずむせ返りそうな悪臭を放っている。
「レーネ覚えてるか?」
「もちろん」
喰投猿の射線を防ぐように木立に回り込む直前、アウレーネが光の種を飛ばして木の根元に放つ。
水面が沸き立ったように暴れて泥の手、ボグハンドがヤドリギを茂らせながら断末魔の痙攣をして光の泡に帰った。
樹上からは果実弾幕の嵐、水面下には待ち伏せのトラップ。それがこの小樹林の概要だ。混ぜるな危険ってレベルじゃねえぞ。
クソ猿はエイム散らしだけでなく弾速偏差も嗜むようで柿と機を合わせて着弾してくるブドウが果てしなくウザい。大半はアウレーネによって無効化出来ているものの、ボグハンドトラップへの対処で僅かに対応が遅れるなどして散らばって水に浮く欠片だけで既に胃から何かが戻ってきそうな混沌とした環境になっている。
「ブハハハハハッ!」
「ッてめこのクソ猿マジぶっ飛ばッぞあ゛あ゛ッ!?」
「ぴッ」
避け損ねて腐ったブドウの粒が頭に落ちる。デロリとした感触がアシ布の手拭いから染みて最高に気持ち悪い。クソ猿はとりあえずブチころがす。
しかし、おかしい。なぜこうも上手く行かないのか。戦闘開始前の予想とは違う長丁場に困惑する。
クソ猿は先ほど陣取っていた木立の一本挟んで向こう側、先ほどと同様樹上にブドウが実った柿の木に移って腰を据え、矢継ぎ早に果実を投擲してきている。射点である猿の位置が変わらないために弾速偏差さえ無ければ油断は出来ないものの防ぐこと自体は出来ている。
「……レーネ、光弾。いけるか?」
「……つむるよ?」
「あぁ、それがいい。出来れば派手な感じで頼む」
「おーけー」
頷いたアウレーネが一度クソ猿を見上げてから手をかざす。一瞬で膨らんだ光の弾が見慣れないチリチリとした瞬く尾を引いて一直線に飛んで行く。曳光弾は数舜前までクソ猿がいた枝の後ろの幹に着弾すると爆発的な勢いでヤドリギの分枝球を咲かせ、辺りに生っていた葉や果実を吹き飛ばした。
「ギャッギャギャッギャギャッ!?」
「いいぞレーネ。いつもの手抜き光弾の中にたまにさっきのを混ぜる感じで合間を見つけて撃ち続けてくれ」
「おーけー」
アウレーネの反撃ハラスメントは効果覿面で先ほどとは打って変わってクソ猿はこちらを警戒するように何発か果実を投げた後すぐに別の枝へと移動している。
出し惜しみして曳光榴弾の中にいつもの光弾を混ぜている分、まだ曳光榴弾の弱点、爆発しても葉や果実を吹き飛ばすくらいが関の山の見かけ倒しという点には気付かれていないようだ。
横手に回り込んだクソ猿が投擲がてら更に跳んで後ろに回る。
ハッと気付いて振り返ったクソ猿の手には棘玉の……イガグリ。
「来たレーネッ! 盾と起爆準備!」
「まっかせて!」
何種類か投げてくる果実の内、クソ猿の取り分けのお気に入りはイガグリだった。……ゲーム内では。
何故かというとクソ猿の投げるイガグリは当たる直前に。
―――ッボン!
爆ぜて辺り一面に棘を撒き散らす強力な範囲攻撃だからだ。
咄嗟にしゃがみ込んで水面下に上半身半ばまで漬かり込んだので大半の棘は水中で威力を落とした。
顔を上げると半透明の野放図に枝分かれする分枝、アウレーネの切り札の一つであるヤドリギの盾の外側の枝に突き刺さって止まっている棘の山。脆くはあるがきちんと攻撃を受け止めている。
ここから反撃だ。なんせ次のイガグリを手に持ったクソ猿の足元には。
「ッホ!? ギャァアアアッ!?」
下手にヤマ張ったせいでずっと待ちぼうけを食らっていたコブラゴーレムがずっと口を開けて潜んでいたのだから。
噛みついたもののクソ猿の振り回しであっさり剥がれたコブラゴーレムは水音を立てて着水する。咬筋力はそこまで上げてないからな。噛みついたままにしてもモンスターの膂力でデリケートで繊細な骨格筋ゴーレムを壊されたら非常に痛い。再生産の労力が。
しかし噛みつきからの呪液の注入は上手く行ったようで、クソ猿にしてみれば親指にも満たないほどの噛み跡がついた足は上手く踏ん張りが効かないのか片足と両手を使って跳ぼうとしている。
だがこいつはもう跳ばさせない。
このクソ猿はプレイヤーからの恨み辛みその他を大人買いしているがゆえに熱意の籠った有志諸兄によって迅速な誅殺方法というのが幾つか考案されていた。そのどれもが根本スタンスは一緒で。
「木から叩き落す! レーネッ!」
「ばくはー!」
踏み切った空中、次の枝に差し掛かろうかというところで。
特大の光るヤドリギが爆発的に枝や幹、木立一体を覆い尽くした。
当然魔力で出来たヤドリギの強度はたかが知れている。しかしだからこそ、跳び渡る事も掴まることも出来ずにクソ猿は。
水しぶきを上げて地面に落ちた。
そのタイミングはバッチリで。
「処刑の時間だクソ猿がァ゛―――!」
特濃呪物しっぽフレイルがクソ猿の頭をぶっ叩いた。ぼふんと。
やけに目が虚ろになって皺枯れたクソ猿が光の泡になって消えていく。
「お、ドロップは元ネタ通りなのか」
クソ猿はストーリーボスではない。奴の特徴も相俟って美味しい場所にいるため目障りではあるが回避してストーリーを進めることも出来る。
けれど迅速誅殺攻略は人気であり、その訳はもちろん果樹林を使えるようになるというのもあるが、それ以上に。
「キラキラしてる?」
喰投猿の埋蔵金。
何故かこいつはサブイベの起点の一つにもなる謎の換金アイテムをドロップするため皆不平を漏らしながらも誅殺に赴いたのだ。
俺は水没した小振りの茶箱、その中に入っている金の延べ棒を拾ってアウレーネに渡す。
名称:金の延べ棒?
魔力:8
特徴:魔力と意志を沢山貯められる。
……魔石の兄弟かな?
拙作をお読みいただきありがとうございます。