表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/165

79:長閑な牧場の次には

 偶然発見してこっそり後をつけていた警察たちがボスまで倒してくれて、更に好都合なことにそのまま現実へと帰還してしまったのでありがたくその先を頂戴する事にする。

 灌木地帯の中の広間に佇む進むの転移象形に魔力を流し込めば受信ゴーグルの映像が白い光に塗り潰されて……。


「なるほど、これは事前準備が必要になるな」


 思わず独り言が漏れる程度には納得のいく光景が広がっていた。

 入口広場は両側を高い崖で囲まれた谷底だ。

 眺める先には粗末な木組みの矢避け柵が設けられている。

 そして、その先には石造りの重厚な砦が谷を塞ぐ形で聳え立っていた。


 どうやら牧場で遊ばせた後は戦場で死合わせる腹積もりらしい。




 ……まぁ、人間だったら砦攻略レベルの事前準備が必要なんだろうな。

 人間だったら。


 俺は眼下で矢狭間の先をひたすら睨み続ける弓兵ゴブリンを尻目に高く天井まで伸びた隙間から砦の中へと身体を滑り込ませた。

 天井を這う碧みがかった銀色のボディ、メタルスライムゴーレムだ。


 ひとまず入口広場周囲に人影がなく、砦からも戦闘音がしない時点で現在お隣ダンジョンの第3階層に進出している探索者はいないと判断していいだろう。他に探索できる所がある訳でもなし。

 ならばカモフラージュのミニボアゴーレムである必要もない訳で、製作諸々で一週間かけたミニボアゴーレムも早々にお役御免になり、カモフラージュの皮と基本骨格を脱いで転送ボックスに送ればメタルスライムゴーレムの出番だ。


 ミニボアの基本構造の内側に収まって通信石の格納スペース兼ドロップアイテムの転送装置になっていたメタルスライムゴーレムはフリーになれば茶碗サイズと非常に小さい。

 そそり立っている崖伝いに橙色空間魔力を飛ばして雑に砦の足元へと転移し、そこから銀糸で支えて第1階層では外殻を纏っていた親機を矢狭間直上の壁へと吸着させれば特に攻撃を受ける事もなく砦内部へと進入出来た。


 砦型フィールドだけあって人型モンスターが詰めているようだな。

 矢狭間の内側では射手台と一段下げた通路が続いていた。ご丁寧な事に各矢狭間には弓持ちゴブリンが詰めていて矢狭間の向こう、矢避けが三々五々散った粗末な仮陣地を静かに眺めている。

 こういうのを見るとやはりダンジョンモンスターは造られた命、イヤな例えを挙げればゲームの敵モブなんだろうなと思う。ガラトベルムの出て来た死に覚えゲーのフィールドで隠密透明化スキルを使ったプレイヤーが棒立ちして見張り続ける敵モブを行き掛けの駄賃とばかりに暗殺していく動画をふと想い出した。


 通路には戦斧を持った重装のオークがブラウンハウンドの親玉……ハウンドたちを引き連れて徘徊しているようだ。犬の散歩かな?

 砦の内側はこんな物か。

 振り返った先、矢狭間の向こうでは一見崖が途切れて広大な平野が広がっている風景が見えるが、案の定いつもの謎の通行制限によってそれ以上先に進めなかった。真っ当に砦攻略をしろという事だな。

 まあ他にしようもない。俺は改めて通路の先……その天井へとメタルスライムゴーレムを進ませた。



―――……。



 砦攻略は結構だが……。うん、メンドイ。

 砦と言ってもダンジョンだからなのだろうか。

 弓狭間から入ったその先は入り組んだ石組みの迷路になっていた。

 小部屋などがそこかしこに設けられていて地味に探索に時間を食う。

 その上で結局めぼしい物もなかった事実から来る徒労感がメンタルダメージを与えてくる。


 もうちょっとこう、何とかならんかな。

 一応念動ドローンも飛ばして探索しているのだが、迷路が入り組み過ぎているので進捗はそこまで捗らない。

 やはりこういった俯瞰視点を得るタイプの探索ツールは駄々広い空間を探索する必要があって初めて真価を発揮する。

 勿論曲がり角の先を索敵など使えない訳ではないのだが、如何せん天井を這うメタルスライムゴーレムにとって敵がいようがいまいが関係ないのでこちらの用途も今は少し影が薄いんだよな。


 小部屋迷路はハウンドたちの巣窟になっているようだ。

 小部屋の中には稀によくハウンドが待機していた。遭遇傾向を考えるとこいつらも小隊を組んでいるっぽいな。

 いざ戦闘になったら恐らく迷路のそこかしこから小隊単位で集まって来るのだろう。

 この階層は前の牧場階層と比べれば遥かに殺意が高いようだ。

 しかし一向に代わり映えがせんな。

 これは一端退いて矢狭間からじゃなくて正面門やもっと上から入った方が良かったか?


「んー。手伝う? げんた」


 撤退を考え始めた頃、ふと受信ゴーグル越しに声が掛かった。

 ゴーグルを上げて見ればアウレーネが首を傾げて覗き込んでいる。

 彼女の日課となっている刈ったアシの魔力強化やブドウなど果物の収獲をしながらも俺の探索に意識を傾けていたらしい。

 まあ宿主だからね。俺が意識すればアウレーネの感情くらいは何となく掴めるように、彼女も俺が行き詰まっていることを察したのだろう。


「けれど今向こうにはヤドリギはないぞ?」


 問題はこれだ。

 アウレーネやオルディーナが単独で階層間を行動するには分体となる支配済みのヤドリギが必要だ。

 俺が普段攻略に使っているメタルゴーレムの胸郭背部に生えているのと同じようにな。

 いや、宿樹精式の通信方法じゃなくて俺やユキヒメ同様に通信石を介すればいいだけか。第6階層の探索同様に共有すればいいだけの話だしな。


「私にいい考えがある」


 ふんすとでもいいそうなドヤ顔、久しぶりに見たな。

 それ言いたいだけちゃうんかと内心思いながらも話を聞いてみればアウレーネも俺とオルディーナの話を聞いて混成魔法を会得したらしい。

 そうして作り出したのが今目の前に生えている淡く点滅する透明なコア質のヤドリギだ。

 燻ぶりナマズ戦の時に作り出していたコア質のヤドリギに同調能力を付加させたらしい。

 その性能は俺も良く知っている。要するに星コアないし同調コアだからな。

 アウレーネの話ではヤドリギ状に作り出したそれは自身の分体としても機能するらしく、ここ一週間静かにしていたのはそれの実験をしていたかららしい。

 俺がクラフトや探索から帰って来た時には大体魔力回復薬を舐めていたのでそのような印象は全くなかったが、細かいツッコミは後回しだ。

 早速通信石を介してお隣ダンジョン側に同調コア質のヤドリギを作り出して貰う。


『おーこれはこれで新鮮』


 受信ゴーグルの映像の中で透明なヤドリギから半透明の少女、アウレーネの霊体がふわりと現れて辺りを見回す。

 俺に宿っている関係上いつも大体傍か人型メタルゴーレムの傍にいたからな。

 現在メタルスライムゴーレムを操っているので、茶碗サイズのそれと比べればアウレーネの方が遥かに大きい。

 興味深いのは分かったからそう近寄って繁々と見つめられても困る。


「……じゃあ探索、頼めるか?」


 受信ゴーグル一杯に広がったアウレーネの顔にそう思念を送れば『任せてー』といつものように返ってきた。


 光の尾を曳引く種弾が四方八方に散っていく。

 壁に着弾した種弾はコア質のヤドリギを芽吹かせて更に幾つかの方向へ種を飛ばして行った。

 ばら撒いた種弾も全くの出鱈目に飛ばした訳ではないそうだ。

 あちら側へ分体を送ったアウレーネは既にある目星を感じ取っていた。

 俺がゴーレムを遠隔操作している関係上どうしようもないが、どうやらあの小部屋迷路内は弱く風が流れているらしい。

 視覚と聴覚は実装できても流石にゴーレムに触角は実装出来なかったからな。精々天井に密着したかどうかを念動の挙動で察するくらいなので風の流れを読むのは荷が勝ち過ぎる。

 目星を教わったがそのままアウレーネに一任することにした。





『お、見つけたよー?』


 暫くしてアウレーネが目を開いた。

 いわく風の流れて行く方向に従って飛ばした先、通路が大きく広がった向こうでは石造りの天井が途切れ、中庭のような広場になっていたらしい。

 かと言ってボス戦フィールドという訳でもなく、背の高い人型モンスターが斧を担いで歩き回っていたらしい。

 重装オークの群れかな。


 砦の上を行けば迷路自体をスルー出来たのではという疑問は吞み込んでアウレーネを労う。

 報酬の増額を要求されたので今度近所のスーパーで買い出しする時に酒を選ばせることにした。

 うん、ここ最近ダンジョンに掛かり切りだから正直家計収支が大幅な黒字になっているんだよね。

 未だに繋ぎのハズのノートパソコンが現役でゲーミングパソコンの後継を購入する検討段階にすら立っていない。

 ゲームをしない以上電気代も掛からず、月の電気料金が四半減以下になっていた際は軽く驚いた。

 当初の想定とは少々異なるが、今となってはスーパーに売っている価格帯程度の品を用立てるくらいはどうと言う事もない。

 そんな事よりダンジョン探索の方が重要だな。


『やった! じゃ先行くねー』


 そう伝えればアウレーネは空中で小躍りしながらそう手を振って、ふっとその場から搔き消えた。

 ……うん? これ俺はどうすればいいんだ?

 見渡す先には入り組んだ通路と壁に生える透明なヤドリギ。

 どうやらヤドリギを目印に勝手に追ってこいということらしい。


 まあ構わんがね。

 俺は銀糸を操って第1階層では内殻を纏っていた子機を足掛かりに親機を天井に沿ってヤドリギの生えている方へ進めた。




 ひゅるりと光の尾を曳いてヤドリギの種弾が壁際を這うように飛んで行く。

 櫓を抜け、木杭を越え、中庭を進んで行った種弾はその向こうへと越えようとして―――。


『むーやっぱりダメかー……』

「あー……とりあえずこれナニゴトなん?」


 先ほどから大きな爆発音がしていたのでナニゴトかと近付いて見ればアウレーネが撃ち出した種弾が中庭の向こう、石壁に空いた小窓から飛び出してきた火球に撃ち落されていた。

 そんな些末事はいいとして問題は彼女が霊体を出現させているコア質のヤドリギの下に集っているブタ頭やウシ頭の群れだ。


 中庭に巣食っている背の高い人型モンスターと聞いてオークや上位のゴブリンを想像していたが、それだけでなく恐らくミノタウロスをモチーフにしたっぽい牛頭の人型モンスターもいた。

 アウレーネに話を聞いてみると種弾が火球に撃ち落された後、中庭の方々から集まって来たらしい。

 今までは種弾を飛ばそうが気付かれていなかったが、流石に爆発が起こればその限りではないらしい。何度かやり合ううちに位置がバレてこうして下に集まって来たそうな。

 話している間に櫓の上から弓まで飛んできた。

 コア質のヤドリギが幾らか削られたものの、すぐに魔力で修復される。


 何というかアウレーネも強くなったな。メンタル的に。

 初めの頃に何かにつけてぴーぴー言ってた姿は最早記憶に遠い。

 彼女も成長しているという事なのだろう。

 感慨に浸っていたら俺のメタルスライムゴーレムの方にも矢が飛んできた。

 とはいえ、重金属の粘土体だ。おまけに素材の碧白銀は緑色斥力魔力の構造も持っている。

 碌に刺さりもせずに表面を滑って壁に弾かれた矢を見て警戒するのも労力が惜しい。

 その点はアウレーネも同じ見解に達したようだった。


「それでどうする?」


 とりあえず、眺めていてもしょうがないのでアウレーネに考えを聞いてみる。

 どうやら魔法兵ゴブリンが出て来ると索敵も一筋縄では行かず、更にはそれに起因して他の敵に捕捉されてしまうケースが出てくるようだ。

 所詮低階層なので力でゴリ押しすればどうとでもなるが、それはそれで味気ない。

 それにアウレーネが思案している様子なので任せてみたいという気持ちもあった。


 ややあって顔を上げたアウレーネはこちらを振り向くと一つ頷いた。


『こんな時はー。そう、数うてば当たるってやつー』


 そう言うとアウレーネは幾つもの種弾を生成して向こう側の石壁へと放った。

 幾つかは火球に撃ち落されたり爆発に巻き込まれているものの、敵の制圧力もそこまで大きくはないようだ。

 詳しく言えば6発の火球がそれぞれある程度の種弾を迎え撃ったのが限界で、殆どの種弾は無事に向こう側の壁へと着弾した。


 色々と粗も多いが、この方法は敵の戦力を測る上でも有効だったな。

 魔法兵ゴブリンは幾つか並んだ小窓の内の少なくとも6か所に配置されていて、魔力投射に反応して火球を放ってくるようだ。


 ならば俺はこっちの方法でやってみようか。

 俺はアウレーネが向こう側の壁に着弾した種から芽吹いたヤドリギの一つに霊体を移すのを見て、その近辺へと的を絞る。

 まず初めに撃つのは橙色空間魔力を緑色斥力魔力で雑に包んだ魔力球。最早俺の十八番になりつつある赤肉メロンだ。

 当然それに向けて小窓から火球が撃ち込まれ、爆発を起こす。

 ……が、特に被害もなく赤肉メロンが健在な事に少々残念な気持ちになりながらも初弾に続けて挿し込んでいた本命の空間コアも無事に向こう側の壁面へとたどり着いた。

 魔法兵ゴブリンは連射力もそこまで高くはないからな。

 処理能力を越える弾数で制圧するのも手だが、次弾を撃てない間隔でデコイと本命を撃つという手もアリだ。


 空間コア越しに念動ドローンを作成して周囲を見回せば、壁面に空いた小窓の上には具合のいい庇が付いているようだ。

 その上に空間コアを飛ばして橙色空間魔力を展開すれば。


「到着っと」

『そういうやり方もあったのねー』

「アウレーネのやり方も敵戦力を測る上では大事だけどな」


 俺のやり方が正解という訳でもない。

 どちらにも良し悪しがあるしもっと言えば目的が達成できるならどんな方法でも正解だろう。

 庇の上へとメタルスライムゴーレムを転移させ、再び周囲を確認する。

 下の鈍重連中は火球の爆発に反応して探知出来ていただけで、魔法兵ゴブリンがロストしてしまえばそれ以上探すことが出来ないようだ。

 アウレーネが元の場所で宿っていたコア質のヤドリギから魔力を抜いて消失させれば、暫く困惑したように辺りを見回し、ややあって方々に散って解散していった。


 ダンジョンモンスターは敵をロストするとこういう挙動を取るんだな。

 普通の攻略では殆ど見敵必殺で探索していくからこういった挙動が見られるのもまた面白い。

 自宅ダンジョンの第7階層で微妙に詰まっていたから気晴らしに進めたお隣ダンジョン探索だが、存外充実している。

 行き詰まる詰まらない関係なしに定期的に外のダンジョン探索を行ってもいいかもしれないな。


 ひとまずはダンジョン管理組織も警察もおいそれとは踏み入れられない階層まで進めておこう。

 つまりはこの階を攻略しておけばそれ以上は比較的自由に探索できるようになるはずだ。

 先ほどの第2階層では警察たちはボス周回をしているようだった。

 第3階層が砦マップである事と併せて考えれば難所を前に準備しているという所だろう。


 確かにこの砦は人間が攻略しようと思えば一苦労だ。

 乗っけから敵が弓矢で攻撃してくる上にその後は閉所を素早く小隊を組んで襲ってくる猟犬、それを越えたら広い空間で重装のモンスターの群れが戦闘音に反応して詰めかけてくるという様々な障害対策を課してくるマップだ。

 この障害の多さが俺にとっては次の階層をのんびり攻略するための猶予期間になる訳だな。

 そう考えれば少し前のクソ迷路もまあ許せる……かもしれないな。


 まああの迷路はもう終わった話だ。気を取り直して次に進もう。


 進んだ先の石壁に空いた小窓には魔法兵ゴブリンが詰めていて火球を放ってくる小窓とそうでない小窓があった。

 進入するならば魔法兵ゴブリンがいない小窓の方がいいだろう。

 それからもう一つ砦の上を行くという手段もあったが、これはご丁寧に例の通行不可領域になっていたので断念せざるを得なかった。

 小部屋迷路もこれから先も横着せずに攻略してけというメッセージだろう。


 制限されているのなら仕方がない。

 俺とアウレーネは一つ頷いて小窓の中へと侵入した。

拙作をお読みいただきありがとうございます。


記法を一部変更したので読み辛いかもしれませんがご了承ください。

*変更点:『』白抜き括弧を通信越し会話に変更しました。

既投稿分も余裕があれば更新して行けたらと考えています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ