75:溶岩湖の畔にて
「なあまだ見つからないのか。待ちくたびれたんだけど?」
「あちーな。暇すぎる。モチヌシ一戦やろうぜ」
『……自由過ぎるだろ』
煮え滾る溶岩湖の畔で早くも俺は挫けそうになっていた。
量産型通信子機、星コア子機の試みは上手く行って、時間は食われたものの黄昏世界に住む精霊たち各員に星コア子機は行き渡った。
すると当然次はその実用になるわけで、俺は工房に現れては喧しく騒ぐ奴らの勢いに負けて第7階層へメタルゴーレムを送っていた。
わざわざこの環境自体が牙を剥いてくる階層をチョイスしたのは一応意趣返しのつもりだったのだが、めげる事も勘酌する事もなくこうして元気に不満を並べ立てている。無敵か。
探索を始めてものの数分、まだ入口がすぐ後ろに見える位置で待ちくたびれたと抜かし始めたのは夜喋精っぽい何かだ。
見た目は赤髪の軽鎧を纏った土人形。
ナリとしては俺の腹くらいまでの背丈のハズなのにその倍の長さの大剣を軽々と担いだ女傑といった豪の者といった風体の精霊だ。
まあ大剣諸共魔力で動かしているらしいので重さを感じるはずもないのだが。
ア~シャの紹介では自称四天王の一人ドエムちゃんらしい。
渾名からして散々に言われていたものの、戦闘狂なだけはあるようで黄昏世界の住人たちの中でも一応顔は効くようだ。
今回の探索同行でもいの一番を勝ち取るくらいには力はあるとのことだ。
残るもう片方、先ほどから視界をうろちょろと飛び回って鬱陶しい所々礫が混じった緑色の小さなドラゴン、風鳴精モドキといった容貌の奴はもう一人の自称四天王、通称マゾ君だ。
これでも実力はあるらしい。
流石に金色ドラゴン戦を経て随分とレベルが上がったらしいア~シャとシスティ相手には分が悪かったが。
二人とも好戦的ではないが制圧力や魔力支配に限ってみれば自身の属性とも噛み合ってそれなりの技能を持つ。
暴れようとするこいつらをア~シャとシスティがそれぞれ水球に閉じ込めて制圧する様は印象的だった。
アレに倣うならいざという時用に即応出来る準備はしておいてもいいかもしれない。
俺の意識に反応して溢れては揮発していく細氷の霧がざわりと揺らいだ。
結局第7階層対策はゴリ押し手法、つまりは細氷を生成し続けて周囲を冷やしながら進むことにした。
他にいいアイディアもないからな。
熱さに適応がありそうな素材と言えば金色ドラゴンの骨や鱗などが思い浮かぶが、結局のところアレでどうゴーレムを作るのかという問題にぶち当たる。
耐熱性の外部装甲としてなら最適なのだろうが、結局今の問題はアマルガム製の柔らかい稼働部位の耐熱性だ。
無理に使うとするならば粉末にして同じ熱耐性のある適当な接ぎ材で粘土質を作成する感じになるだろうか。
その案は流石に気が引けるというか勿体ないので棄却だな。
他の案としては球体関節ゴーレムがあるだろうか。
とはいえ、あれも結局関節部分の可動域の滑らかさが重要な動力だ。
水銀の含有量をなるべく抑える事は出来るだろうがゼロには出来ない。
被覆して内包、密封と考え出すとそれは最早ゴーレムというよりロボットの設計になってくるしな。
耐熱性のロボットの設計と考えるなら碧白銀辺りの融点近くまでは稼働する事も出来るだろうが、流石に荷が勝ち過ぎる。
設計した通りに成形してくれる成形機の恩恵を使っても一か月でという訳にはいかないだろう。
そうやって幾つかアイディアは浮かんだものの結局はお蔵入りとなった。
欲を言えばもう少し工房で考えあぐねたりお隣のダンジョンや何かで気分転換をしたりしたかったが、引っ張り出されたからには仕方がない。ひとまずは周囲に張り巡らせた細氷の霧で応急策だな。
第7階層入口は大空洞の上棚といった雰囲気に位置する場所だったようで、溶岩が満ちた湖を望む小高い崖になっていた。
第4階層とは違って勾配はそれ程大きくはなく、歩いて行ける程度の斜面がなだらかに溶岩湖を取り巻く岸壁を伝って伸びている。
今の所周囲に敵影は見えない。
本当はアウレーネの索敵弾が欲しかったところだが、流石にこのような環境でヤドリギを露出させるのは躊躇われる。
ここら辺も少し検討が必要だな。
なので索敵力がむしろ低下している分気を付けて進む必要があるのだが、そこをまるで理解しない奴が約2名。
まあガチで破壊されても惜しくない消耗品だから個々の自由にしてくれていいのだがね。
ゆっくりと傾斜を下って少しずつ溶岩湖へと近付いていく中であちらこちらを飛び回る精霊たちの喧騒が岸壁に反響して大空洞に響き渡って行った。
まあ当然、そんなことをすれば当然の結果を生むわけで。
「ぎゃッ!? こいつぅ!」
「強いぞ! ここのボスか? ボスだな!」
変化は岸壁から降って溶岩湖の畔といった場所に差し掛かった辺りで起こった。
まあ予想した中では安直な方、溶岩湖に潜んだモンスターからの奇襲だな。
数メートル先の横合いから突如として噴き出した火球が通称ドエムちゃんに着弾してその小柄な体を吹き飛ばした。
被弾しても元気に反撃移れるのは素直に凄いと思う。
―――ぐーぷ。ぐぅーぷ。
低く響く鳴き声はウシガエルっぽい。
溶岩湖からぐぱりと顔を上げたのは響いてきた鳴き声から想像した通り、大きなカエルのモンスターだった。
ぬらぬらとテカる灰赤色体表には所々亀裂が走ったように赤熱している。
マグマを泳ぐ両生類ってか?
大きさは体高がドエムちゃんより少し高いくらいか。モンスターとしてはそこそこ程度の大きさ。
観察している間にも血気盛んな約2名は気炎を上げて赤熱ガエルに飛びかかって行った。
通称マゾ君が小さな顎から礫風を噴き出し、赤熱ガエルを打ち据える。
流石に高速で叩きつけられる礫の雨は応えたようで、赤熱ガエルはひっくり返ると泡を食って溶岩へと潜ろうとする。
そこへ通称ドエムちゃんが身長の倍はある大剣を振り上げれば溶岩から火の手が上がって赤熱ガエルを吹き飛ばした。
あいつら言うだけあって戦いだけならそれなりに強いんだな。
メタルゴーレムなら何とでもなるだろうが、正直生身で戦ったらマズいかもしれん。
予期される面倒ごとのあしらい方に思考を逸らしつつも、戦局を眺める。
相手も火炎弾やら赤熱する体躯を使った物理攻撃など面倒な手札を持っているが、流石精霊、物理に囚われない自由な動きでカエルを翻弄して攻撃している。
途中で通称マゾ君が赤熱ガエルが反撃に突き出してきた槍の穂先のような舌で吹き飛ばされたものの、概ね程よい苦戦度合いでそれなりの見ものにはなった。
正直カエルの舌に弾き飛ばされた風鳴精モドキを見た時は食われるハエみたいとは思ったが口には出さないでおいた。
土製の大剣に貫かれて光の泡を吐いて消えていった赤熱ガエルを見送って、その場に落ちたドロップを回収する。
名称:不燃油
魔力濃度:36
魔力特徴:不燃
一抱え程のビンの中に入った透明な液は鑑定ぽんこつ先生の見立てでは燃えない油らしい。
久しぶりに何の捻りもなくシンプルな名称だな。
ビンを開けて少し中の液を溶岩に垂らして見れば、赤熱する湖面にてらてらと光を反射する油膜が出来る。
燃えない所か溶岩の温度でさえも沸点に至らない謎素材らしい。評価が跳ね上がるな。
可能性を感じる素材にほくほくしながら振り返るとそこには舞火精っぽい何かが2人。
「……あれ、自称四天王どこ行った?」
「帰ったよー」「決まり決まり。一戦交代が鉄則鉄則!」
揃いのとんがり帽子を揺らしながら舞火精たちが姦しく宙を舞う。
そんなルール初めて知ったぞ。自由かよ。
とはいえこちらとしても特に不都合があるわけではない。
むしろ次々に交代してくれれば待機組が早く捌けて早期解放に漕ぎ着けるかもしれない。
その考えに至って先のマゾドエムコンビへの不満を呑み込み、俺は新たに顕現した舞火精コンビへと現状と方針を伝える事にした。
拙作をお読みいただきありがとうございます。




